第17話 神の領域 8
ヘルプを見ながら数時間挑戦していたが、ソフトが何も入っていない真っ新なOSが立ち上がった時点で諦めた。
カノンは一度キッチンへ行き、コーヒーを飲みながら善後策を講じる。
だが“専門知識がない自分には修復は不可能だ”というものしか浮かばなかった。
(一回だけ電源を強制終了しただけじゃないか……。それで壊れるってなんだよ……)
残念な事に、カノンは古いシステムに触れた経験がなかった。
そのため、どれだけ脆弱なものかを知らなかったのだ。
彼はリストを見ながら、次の候補地を探す。
今度は最新設備のある場所でなければいけない。
(クローラ帝国のドリンっていう街の地下が近くて新しい拠点があるな。そこに行くしかないか)
長距離移動が可能なスキルを使うには信者が足りない。
そうなると、目的地まで歩いていかねばならない。
何日歩く事になるだろうか。
「なぁ、ドリンっていう街まで何日くらいかかるかわかるか?」
「馬車で一ヶ月くらいじゃないですか」
答えるダグラスは、レトルトの牛丼を貪り食っていた。
彼は食事の楽しみを満喫している。
その喜びようはかなりのものだが、カノンは“今までロクなもの食べてこなかったんだな”としか思わなかった。
(そういえば
ダグラスの喜びようを見て、カノンは妹の事を思い出す。
これならば、引き続き道案内はしてくれそうだ。
問題があるとすれば、いつまたナイフを突きつけられないかどうかという事だろう。
「そこにあるサンクチュアリに行かねばならなくなった。世界を救うために手伝ってくれないか?」
カノンの問いに、ダグラスはすぐに答えなかった。
彼についていけば、間違いなく平穏な暮らしとは無縁になる。
だが、味を感じる事ができる食事を捨てる事になるのは惜しい。
非常に悩ましい問題だった。
(でも、少しくらいはいいか。また違う国にいけばいいだけだし)
食の楽しみは、ダグラスの方針を揺るがすものだった。
元々禁欲的な暮らしをしてきたところに、未知の快楽をぶつけられたのだ。
“自由な生き方をするのも、今の人生の目的だ”と理由付けをして、カノンについていこうと考えた。
「いいですよ。報酬をいただければ」
だが、無条件で引き受けるわけではなかった。
食事だけで、これだけ強く心を揺さぶってくるのだ。
もう少し何かがほしいという欲が出てくる。
ダグラスは米粒一つ残さぬように食べて、最後にお茶で流し込む。
この至福の瞬間を味わうと、ダグラスは“食事付きの契約であれば道中の路銀は出してもいいかもしれない”とまで思い始める。
「報酬ねぇ……」
カノンは、何か渡せそうなものがないか探し始める。
「よし、武器とかでどうだ?」
屋敷の地図から武器庫を見つけたので、武器を報酬に提示する。
「武器ですか!? いやでも、武器を使う仕事はしないようにしているので……」
「それは違うぞ!」
もう暗殺者はやめたから武器はいらないというダグラスを、カノンは真っ向から否定する。
それはダグラスのためではなく、自分のためだった。
「俺をドリンまで連れていくまでの護衛に必要かもしれないだろう? 必要なくなれば、武器は返してくれればいい。その時はまた違うものを渡そう。俺には戦える仲間が必要なんだ。世界を救うために手伝ってくれ」
「そこまで言われるのでしたら……。道中、食事やキャラメルをいただけるのであれば手伝いましょう」
「あぁいいよ。食べ物を変換するくらいの力はあるからな。では契約成立という事で」
「ええ、よろしくお願いします」
カノンが手を差し伸べ、ダグラスが握り返す。
(よし、やった! 高レベルの暗殺者を確保できたぞ!)
最善は機械の修理だが、それはできそうにないので拠点を移動するしかない。
今の状況の中で、カノンにとって次善策が取れた。
ダグラスが手伝いを約束して、すかさず契約成立させる事ができたのもよかった。
もう考え直す暇など与えない。
短い付き合いではあるが、カノンはダグラスの性格を見抜いていた。
暗殺という仕事をしていただけあって、自分の身に影響がない限り、契約を遵守しようとするところがある。
裏稼業の人間はお互いに
経験豊富だという事は、仕事はしっかりこなすという信頼感があるという事を裏付けている。
カノンとしては、ちゃんとダグラスに報酬を与えて、契約の破棄をできないようにすればいいだけであった。
----------
「できれば軽い武器がいいですね」
「わかった探してみよう」
カノンは祭壇のようなものに備え付けられた薄い板に触れる。
すると、その板に光りが宿った。
様々な文字や武器の絵が現れる。
ダグラスは貴重な光景なので、しっかりとカノンの動きを横から見ていた。
「おっ、これなんか良さそうだな」
カノンが武器を選ぶ。
すると祭壇の上が光り、徐々に武器が姿を現す。
「こ、これは……」
ダグラスが引いた。
――現れた武器が、麺棒のような短めの棒だったからだ。
「さすがに武器と言えないのでは?」
「何を言ってるんだ。ビームなサーベルとか、ライトなセーバーとかで人気がありそうなタイプだぞ」
カノンが棒を取ると、棒の横に付いているスイッチをカチリと動かす。
「……あれ? おかしいな?」
動作しない事に不安を感じ、カノンが操作方法を探す。
何事も、最初は説明書を読む事が肝心なのだ。
「あー、はいはい。柄に電池――じゃなかった。素材を入れる必要があるってさ。石があるから、それを使ってみよう」
カノンは虚空から石を取り出し、剣の
すると、石が頭に吸い込まれた。
「これでここのスイッチを……と」
巨大な岩の塊が現れ、カノンは支えきれずにドンッと床に落としてしまった。
ダグラスは足を潰されそうになるも、素早く退き去った。
「危ないじゃないですか!」
「ごめんごめん、どうやらスイッチに強弱があるようだ」
カノンは剣のスイッチをオフに近付ける。
それに連れて、岩の剣は徐々に石の剣と呼べるものに変わっていった。
「ここのスイッチを奥まで押したらさっきの岩みたいなのになって、途中で止めると剣になるって感じかな。炎の竜とかの素材を入れたら、炎の剣ができるらしい」
「それは凄いですね! 剣として使わなくても、岩の塊を出して相手の頭上で落とすだけでも強いと思います。本当にこんなに珍しいものをいただいていいんですか?」
「あぁ、もちろんだ。お前が強くなればなるほど、安全にドリンまで行けるようになるんだからな」
「頑張ります!」
ダグラスは、うやうやしく剣を受け取った。
少し前の態度とは大違いである。
(少し前とは違って、今は素直に信じてくれるようになったな。でも、これは餌付けしたに過ぎない。こういう猜疑心の強い奴を信じさせてこそ、神としての価値が上がるというものだ。これから頑張らないとな)
カノンはそう思いながら、人に信じられ、心から信仰される神になろうと心に誓った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます