第15話 神の領域 6
「あれー、なんでだ……。魔法が使えるようになってるはずなのに」
またしても、カノンが恐ろしい事を呟いて“ヘルプヘルプ”と、空中で指を動かし始める。
やがて、彼の指が止まった。
「そうか再起動したあと接続するのか」
そういうと光る箱に向き直り、カチカチと音を鳴らしだした。
しかし、彼は首をかしげる。
「んー……。あぁ、そうか。中央に接続し直すには、本体の再起動も必要なのか」
カノンがまたカチカチと何かを動かすと、光る箱の画面が切り替わった。
その画面に書かれた文字を見て、ダグラスは心臓が止まりそうになった。
(W・・・・・・を終了しています!?)
カノンの腕で全部は読めなかったが、恐ろしい考えが頭に浮かぶ。
かつて古代言語を学んだ時、簡単な単語も覚えた。
その中に、今回関係ありそうな単語がある。
――
(死こそが救済だとか言って、住民を虐殺した司祭もいたと聞く。もしも、こいつがその類の狂人だったら?)
――世界を終了しています。
神の道具にそう書かれているとすれば、すぐに止めないといけない。
考えるよりも先に体が動いていた。
ナイフを抜き、カノンの背後から首元に突きつける。
「それをやめろ!」
「えっ、うぇぇぇ。なに!? どうした!?」
「世界を終了させるなと言っているんだ!」
「お前が何を言っているんだよ!? 世界を終わらせてどうすんだよ!」
カノンがうろたえている。
彼の反応に嘘はなさそうだった。
逃げ出さないように警戒しながら、視線を光る箱に向ける。
(文字が違うように見えるな……)
「なにを勘違いしているのかわからないけどな、世界を終わらせてなんていないぞ! これは世界を動かす機械を一度終わらせてるだけだ。休ませるようなもんなんだよ! だいたい、終わらせるならさっき終わらせてるって!」
カノンは事情を説明するが、ダグラスには判断できない事だった。
ダグラスはナイフを突きつけたまま、体が固まる。
「お前の勝手な判断で行動するな! 俺を殺したりしてみろ。そのほうが世界の損失だぞ」
カノンも神になる前に死ぬなど真っ平ごめんである。
必死に説得しようとする。
「まずは一服しよう、な。キッチンも近くだし、飲み物でも飲んで落ち着けば考えも変わるさ」
ダグラスは判断に困った。
ここでカノンを見逃せば、世界が終わるかもしれない。
だが、人を救いたいという言葉を、完全な嘘だと判断できるほど断定できる材料もなかった。
「だいたいさぁ、俺は新世界の神になりたいんだよ。世界を終わらせたら意味がないだろう? 自分一人だけの世界とか寂しいじゃないか。世界を終わらせるはずがない」
「……確かに、最初からそう話していましたね」
ダグラスはナイフを下げた。
カノンは最初から、この世界の神になると話していた。
誰もいない世界に価値があると認めるかどうかは、本人次第ではある。
しかし、望んで破滅願望を持つ者の存在のほうが稀有というもの。
普通であれば、世界を破壊したりしないはずだ。
(あっ、そういえば普通の人じゃなかった)
目の前にいるのは、頭のおかしな男である。
しかも、世界を動かすほど大きな力を扱う事ができる。
危険極まりない相手だった。
カノンが立ち上がり、ダグラスの肩にポンと手を置く。
「これに関しては信じてくれていい。世界が関わる事で嘘なんて言わない」
真剣な顔でそう語るカノンの表情は、嘘の欠片も見当たらなかった。
だが、ダグラスは初めて会った時の事を忘れてはいない。
(
世界に関する事は信用できそうだが、一人の人間としては信用できる相手ではなさそうだった。
しかし、ダグラスも自分が動揺していると気付いている。
落ち着くための時間が必要だと思っていた。
大人しくカノンと共にキッチンへ向かう。
「何飲む?」
カノンが気軽に尋ねてくる。
「水をください」
ダグラスは水を求めた。
彼を信用していないというのもあるが、味にこだわらないので水が無難だ。
“美味しいか?”と聞かれても、ダグラスには答えられないからだ。
「じゃあ、俺はコーラにでも――」
カノンがキッチンにある縦長の白い箱を開ける。
だが、中は空っぽだった。
カノンは首をひねる。
「あぁ、これも操作しないといけないのか」
扉を閉めると、箱の表面を指でなぞる。
すると、色とりどりの絵が出てきた。
カノンが箱の表面で指を躍らせてから開くと、中に二本のビンがあった。
“これが神の道具の力なのか”と、ダグラスは視線が釘付けとなっていた。
「ほら」
カノンが水を差し出す。
ダグラスは素直に受け取る。
ビンには、どこかの地名と、そこで汲んだ水だと表記されていた。
それと同時に、受け取ったものがビンではない事に気付いた。
「ビンが柔らかい……」
「それはペットボトルっていうんだ。落としても割れない、ビンとは似て非なるものだと思っておけばいい」
「落としても割れない……。そんなビンがあるんですね」
不思議な素材があるものだ。
そう思いながら、蓋を開けるためにナイフを取り出す。
「おいおい、なにやってるんだ!」
「カノンさんを狙っているわけではないですよ」
「蓋の開け方もわからないのか……。こうやるんだ」
カノンはペットボトルの蓋をねじり、蓋の開け方を見せる。
「飲んでみるか?」
「いえ、結構です」
カノンが差し出した飲み物は、インクでも混ざっているのかと思うほど真っ黒だった。
そのような毒々しい飲み物を口にするなどあり得ない。
ダグラスは、すぐさま断った。
「こうするんですよね」
ダグラスは、カノンの真似をして蓋をねじる。
するとパキッという音と共に蓋が緩んでいく。
蓋を開けると、ダグラスはもう一度蓋を締めて、ペットボトルを上下反対にひっくり返す。
(こんな簡単に蓋が閉まるのか。壊れにくくて、蓋も閉めやすい。神の水筒は便利なものだな)
“ほしい”と思ったが、これほどの逸品は譲ってはくれないだろう。
こうして神の道具に触れる事の幸せを噛み締めるだけで満足するべきだと、ダグラスは割り切って水を飲む。
「……普通の水ではないんですね」
一口飲んで、ダグラスはそう感じた。
カノンは不思議そうな顔を見せる。
「まぁどこかの名水らしいしな。水の味なんて俺には区別付かないけど。それよりもなんで俺を殺そうとしたんだ? 世界を終了させようとしているとかなんとか言っていたけど、そう思った理由を聞きたい」
「それは、あの光る箱に書かれていた文字から、そう読みとったんです。読み方はわかりませんが、古代文字で“世界”という意味だと教わったので」
ダグラスは、カノンの手のひらに“World”と文字を書く。
カノンはダグラスがどう勘違いしたのかがわかって、腹を抱えて笑う。
「それはワールドだよ。あそこに書かれていた文字とは似ても似つかない。世界って言葉は知っていても、文字ではわからないんだな」
「超古代文明の研究をしているわけではありませんからね。最初の一文字と終了していますしか見えませんでしたから」
思いっきり笑われたので、ダグラスはムッとする。
まるでカノンが“子供でも知っているような事を知らないんだ”と笑っているように感じられたからだ。
ひとしきり笑ったあと、カノンは興味を惹かれた事に関して尋ねる。
「この世界に超古代文明とかってあるんだ?」
「ありますよ。その頃は魔法とは違う力で空を飛んだり、遠くの人と話したりしていた人がいたそうです。機装兵など、今も文明の名残はありますね」
「きそうへい!? なんか凄そう! タイラさん、わかってるじゃないか!」
“超古代文明があった”と聞き、カノンのテンションが上がった。
その理由がわからないダグラスには“研究に興味あるのかな?”としか思えなかった。
「この世界の人々を助けるという事以外にも興味が湧いてきたぞ!」
カノンはグイっと残りのコーラを飲み干し、キッチンでペットボトルを洗う。
「カノンさん、何をしているんですか!?」
そんな彼の行動に、ダグラスが反応する。
「何って、捨てる前に水洗い――。あぁ、そうか。もうそんな事もしなくていいんだな」
カノンは“もうリサイクルのために洗う必要はないんだ”と、ゴミ箱にペットボトルを捨てようとする。
「待ってください! いや、その水の事を聞きたかったのですけど。その水筒を捨てるならいただけませんか?」
「これがほしいの? 捨てるからいいけど」
「ありがとうございます!」
昨晩、助けられたと同じくらい、ダグラスはカノンに感謝する。
(革の水筒なんかよりもずっといい。軽くて壊れにくくて使いやすいのに使い捨てるなんてもったいない)
ダグラスにはペットボトルを捨てようとするカノンの感覚が理解できなかったが、それが神の感覚だというものだろうか。
しかし、彼が常人ではないおかげで便利なものが手に入った。
今回ばかりは、非常識なカノンに素直に感謝する。
「ところで、さっきの水は魔法で出したんですか?」
「いや、蛇口のハンドルをひねっただけだ」
もう一度、ハンドルをひねって水を出す。
「青のハンドルが水で、赤のハンドルを回すと熱湯が出る。でもこの形式、やけどしやすくて嫌いなんだよなー。別に湯沸かし器を付けておいてくれりゃいいのに」
ダグラスの感覚だと、カノンはとんでもなく贅沢な事を言っていた。
(水だけじゃなくて、お湯まで出る魔道具だと! これもほしい! でも、さすがにこれは無理だろうな)
ペットボトルは飲み物が入っていただけだが、蛇口はキッチンに備え付けられている。
それだけ重要なものだという証明である。
ダグラスが持ち主であれば、絶対に譲らないだろう。
「さて、そろそろ再起動が終わってる頃だろう。部屋に戻ろう。今度はくれぐれもナイフを向けてきたりするなよ」
「世界を滅ぼそうとしたりしなければ、そんな事はしませんよ」
「俺はそんな事してないのに、さっきは誤解で殺そうとしたじゃないか!」
「その件につきましては、申し訳なく思っています」
「……選ぶ人を間違ったような気がする」
ぶつくさと呟くカノンと共に、ダグラスは先ほどの部屋へと戻っていった。
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