第14話 神の領域 5
“適当に中を見ていろ”と言われても、神の住処を好き勝手に歩き回る気になどなれない。
だが、興味はある。
ダグラスは、トイレの隣にあるドアを開ける事にした。
そこには浴槽があった。
(浴室か……)
浴室でまず気になったのは、小物が多くあるという事だ。
壁からロープのようなものが出ているし、棚の上には文字が書かれたビンのようなものがある。
カミソリもあるので、神もヒゲが生えるのだろう。
生活は人間と変わらないのかもしれない。
次にダグラスは、木の扉の部屋を選んだ。
(これ、扉として機能してないよな? 木の枠に紙を貼ってるだけって……。これじゃあ、暗殺を防げないぞ)
ダグラスが木の扉だと思ったのは障子だった。
扉としても、壁としても、攻撃を防ぐ役割を果たせそうにない代物だという感想しか、彼は持てなかった。
汚さぬように気を付けながら、静かに障子を開ける。
中は意外な事に、壁際に絵と壺があるだけで、ガランとした部屋だった。
床が見た事もない素材で作られている。
ダグラスはしゃがみ込み、指先で床に触れる。
(何かの草を編み込んでいるようだな。タイラ様は、自然を愛する方だったのかな?)
――石、木、紙、草。
いずれも自然由来のものである。
ただ、トイレや浴室は見た事もない素材だったので、必ずしも自然のものだけを使うというわけでもなさそうだ。
ダグラスは部屋の中に入り、位置的にクローゼットと思われるところを確認する。
クローゼットの中には、布団が入っていた。
どうやら、ここは寝室らしい。
タイラーは、ベッドではなく床に布団を敷いて寝るのだろう。
(外から見たら広い屋敷に見えたけど、一つ一つの部屋はこぢんまりとしている。家の中を見るだけで、タイラ様のお人柄を感じ取れるようだ)
おそらくタイラーは、華美なものを好まないタイプなのだろう。
この屋敷もそうだ。
教会のようなステンドグラスもなければ、金の装飾品もない。
地味ながらも、心が落ち着くものだけで固められている。
カノンのような、派手な司祭服を着ている者とは正反対だった。
ダグラスが廊下に戻ると、カノンがトイレから出てきた。
「なにかあったか?」
「この部屋は寝室で、トイレの隣は浴室でした」
「そうか。なら、ここが生活の中心部って事で、近くにキッチンもあるかもな。全部バラバラだと移動で面倒だし」
カノンは話しながら、また空中で指を動かす。
正面から彼の様子を観察していると、ダグラスはある事に気付いた。
(誰にも見えない紙に文字でも書いているような……。彼にしか見えないものでも見えているのか?)
カノンの眼球の動きで、ダグラスはそう思った。
“神かどうかはともかく、常人には見えないものが見えているのだろう”と考え、それ以上深くは考えなかった。
「やっぱりキッチンがあった。そこを通った先にある部屋が目的の場所だな」
どうやって目的地を見つけたのかはわからないが、カノンが廊下を歩き始める。
ダグラスも彼のあとに続く。
キッチンは、ダイニングに併設されていた。
壁に細長い黒い箱が吊り下げられているなど見慣れないものもあったが、どこにでもありそうなダイニングテーブルと椅子のセットを見て、ダグラスは少しホッとする。
しかし、一流の職人が作ったもののように完璧に均整の取れた作りは“やはり神の家財道具なのだ”という印象を強く植え付ける。
ダグラスは神の食べ物がどういうものなのか興味があったが、それはあとでもかまわないと考える。
今は世界を救う時だ。
世界が滅んでしまえば、平凡な暮らしなどできるはずもない。
――カノンが世界を救う瞬間を見守る。
それが最優先だという事を、ダグラスは忘れてはいなかった。
「ここだ」
扉の前にカノンが立つ。
ここは木と紙の扉ではなく、鉄のようなもので作られた扉だった。
世界を救う儀式を行う部屋だけあって、頑丈なのだろう。
カノンは“世界を救う”という重みを感じさせない軽い動作で扉を開いた。
「あー、はいはい。そういう事ね」
カノンが一人納得する。
ダグラスも隙間から中を覗き込んだが、カノンの反応が理解できなかった。
――目立つところといえば、大きな四角い箱が二つ机の上に載っていて、一つは光って何かを映し出している。
あとはソファーや本があるだけである。
ここにあるものに、世界を救う力があるとは思えなかった。
だが、カノンは真っ直ぐ大きな箱のところへ向かう。
「はいはい、設定ね。それくらい俺だってできるさ」
カノンは机の前にあった椅子に座り、光る箱に向かった。
半球状のものを手に取り、カチッ、カチッと音を鳴らす。
ダグラスも恐る恐る部屋に入り、周囲を見回す。
(扉は頑丈だったのに、こんなに大きな窓はあるんだ。簡単に忍び込めるぞ。あの扉に防犯の意味はなさそうだな)
真っ先に思い浮かんだのは、侵入方法についてだった。
しかし、それも一瞬の事。
すぐにカノンが見ている光る箱を覗き見る。
(I……E……。古代言語はわからないな。だけど、波動関数という文字はわかる。神様だけあって、難しい事を考えてそうだな)
この世界はタイラーが一から作ったため、日本語が通じる。
ダグラスも書類を盗み出すという仕事を任される事もあったため、読み書きは一通り教わっている。
だが、一般常識程度では神の事は理解できなかった。
ダグラスは本棚にある本を手に取る。
中は人の絵が描かれたものが多く、何かの物語のようだった。
(絵本のようなものか?)
しかし、ダグラスには読み方がわからなかった。
本を棚に戻す。
他の本を調べてみると、女性の裸が表紙に描かれているものなど、多種多様な本がそこにはあった。
あまり神の部屋らしくはない。
「あれっ……。おっかしーなー。いけるはずなんだけど」
先ほどから、カノンが恐ろしい言葉を呟いている。
ダグラスは恐ろしさのあまり気にしないようにしているが“こんな男に世界の命運を預けても大丈夫なのか?”と不安になってしまう。
「ヘルプ、ヘルプ……」
「なにか手伝いましょうか?」
カノンが助けを求めているので、ダグラスが手伝いを申し出る。
だが、なぜかカノンは“そうじゃない”と首を振る。
「手を借りたいっていうわけじゃない。調べものをする時の言葉みたいなものだ。ソファーにでも座って待っててくれ」
「ソファーに、ですか……」
ダグラスは渋る。
床ですら、スリッパを履かねば歩くのをはばかれるくらいである。
ソファーに座って汚すような事はしたくなかった。
だが、今回はカバンを床に降ろし、ソファーに座る。
少しでも落ち着いて、カノンのフォローに回るべきだと考えたからだ。
「やっべー……。なんでだ……」
「カノンさん、慌てずにゆっくりやりましょう」
「大丈夫! 俺は神になる男だからな!」
カノンは根拠のない自信に満ちているようだ。
だんだんとダグラスの不安が増していく。
「わかったぞ! まずはこのソフトを再起動だ!」
カノンが、カチリとマウスを操作する。
すると、窓の外が真っ暗になった。
ダグラスがソファーから勢いよく立ち上がる。
「まさか! また天変地異が起きたのか!?」
「ただの再起動だ。すぐに収まる」
ダグラスは“世界の終わりだ”と思わんばかりに驚いていたが、カノンは不気味なほど落ち着いていた。
その落ち着きが頼もしく見える。
彼の言う通り、数十秒立つと光る箱に動きがあった。
それと同時に、外から明かりが差し込んでくる。
(まさか、本当にこいつが神様だったのか!? 本当に世界を動かす力を持っているとは……)
神の領域に入れたとしても、どこかイマイチ信用ならない男だった。
だが、こうなっては彼が神だと信じるしかない。
ダグラスは、彼を疑っていた事を深く反省し始めた。
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