第12話 神の領域 3

 神の領域がある小高い丘。

 ここは大昔、ゴーゴンと呼ばれる魔物の住処だった。

 この地を聖地として手に入れるため、幾度となく討伐隊が組織され、数百年前に人間が支配する領域となっていた。

 今でこそ“神の領域サンクチュアリ”と呼ばれているが、それまでは“ゴーゴンの丘”として、恐れられる場所だった。


 そんな場所も今では巡礼者が訪れやすいようにと階段が作られていた。

 段数は、およそ三百段。

 健康な者でも、登るのは一苦労だ。

 だというのに、なぜかダグラスは階段を登らされていた。


 ――しかも、カノンを背負わされて。


「なんで僕が背負わないといけないんですか?」

「足が限界で丘を登る事なんてできないからかな」

「だから、なんで僕なんですか?」

「あっさり私を見捨てて、自分だけ助かろうとしたからかな」

「罪を許すと言っていたのでは?」

「贖罪もせずに許されるわけないでしょう」


(クソッ! たちの悪い神様だな!)


 ――嫌な奴に目を付けられてしまった。


 ダグラスは自分の不運を呪った。

 その不運を自称神様がもたらしているのだから、より一層たちが悪い。

 幸いな事に、ダグラスは大人一人背負って階段を上る苦しみや痛みを感じない。

 それでも徐々に呼吸が荒くなっていくのを感じていた。


「そのお方が本当に新しい神であられるのならば光栄な事。頑張りなさい」


 斜め後ろから声がかけられる。

 彼は、この街を中心とした教区を任される司教だった。

 タイラーへの信仰心は篤かったが、魔法を使えない現在の状況で、カノンが不思議な力を見せたので万が一の可能性も考えていた。


「私が新しい神だと、すぐにわかりますよ。なにせ、あそこは神と選ばれし者にしか入れない場所なのですから」

「ええ。……ですが、そうであってほしいと思う反面、違ってほしいという思いもあります。あなたが新しい神だという事は、タイラー様に見捨てられたという事なのですから……」


 熱心な信者であればあるほど、当然、カノンの言葉が間違っていてほしいと願うものである。

 神に見捨てられたなどという現実を認めたくなどない。

 だが、カノンが神の領域へ入る事ができなければ、民衆に袋叩きにされるだろう。

“まだ死にたくない”という思いもあるし“タイラー様が我らを見捨てるはずがない”という思いもある。

 結果を知りたくないので、階段を上る足取りは重かった。


 しかし、いつまでも到着しないはずがない。

 やがて丘上に到着する。

 神の領域と呼ばれる場所は、半球状の大きな白い卵の殻のようなもので覆われていた。

 外からでは、中の様子がまったく見えない。

 外殻はどんな魔法でも傷つける事ができず、中は未知の領域だった。


 ダグラスも体力を使い切った。

 カノンを降ろして、ゆっくりと呼吸を整えようとする。


「もう少しお願いします。実は先ほど足がつったので、そのまま進んでいただけると助かります」

「えっ、まだ?」


 さすがにダグラスも“このまま階段の下へ投げ落としてやろうか?”と、衝動的な行動に出てしまいそうになる。

 だが、カノンが“中に入れないじゃないか!”と民衆に袋叩きにされる可能性のほうが高い。

 その光景を特等席で見る楽しみを力にして、ダグラスは足を動かす。

 ここまで付いてきた者達も、近くで様子を見ようと気になってダグラスのあとに続く。


 外殻に近付く。

 念のために入れるかどうかダグラスが試す。


(ただの固い壁だな。どこから入るんだ?)


 中に入ろうと足を伸ばすが、やはりダメだった。

 見た目通り、ただの白い壁であった。

 とても通れそうにない。


「さて、私は入れるはずですが」


 ダグラスの背後から、カノンが壁に腕を伸ばす。


「まさかっ! 本当に神なのか!」


 周囲から感嘆の声が沸き上がった。


 ――カノンの腕が壁の中に入り込んでいる。


 少なくとも、神の領域に入る資格のある者だという事は確かなようだ。

 これにはダグラスも“信じられない”といった様子で、カノンの腕を見ていた。


「私は入れます。でも、私を背負っているダグラスさんはダメなようですね。……パーティ編成に加えればいけるかな?」


 カノンが何もないところで指を動かし始める。


「おおっ! あれはもしや伝説のクジキリ!」


 その動きに司教が反応した。


「クジキリとは?」


 民衆のリーダー格の男が、司教に尋ねる。


「神が奇跡を起こす前に見せる動作だ! タイラー様があの動きを見せた時、平原に山が生まれ、大地が裂けて湖ができたという伝説がある。まさかあの動きを、この目で見る事ができる日がくるとは……」


 司教は涙を浮かべる。

 神の奇跡を直に見る事ができるのだ。

 これほど幸せな事はない。

 だが、期待したような派手な事は起きなかった。

 むしろ、あの動きがなんだったのか聞きたくなるほど何も起こらなかった


「たぶん入れるようになったので行きましょう」

「本当に大丈夫なんですか?」

「大丈夫、大丈夫」


 カノンの言葉とは裏腹に、ダグラスは不安で胸がいっぱいだった。

 ゆっくりと地面を這いずるように壁へ足を動かしていく。

 

「あっ!」


 ――今度は壁に当たらなかった。


 爪先が、そのまま壁の中へ入っていく。


(まさか、この人は本物の神様なのか?)


 ダグラスは意を決して、神の領域の中へと大きく一歩を踏み出した。

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