第11話 神の領域 2

「えっ、ちょっ」


 カノンが何かを言う前に、後ろ手に縛られて、教会関係者のところに転がされる。


「ダグラスさん! 助けてください!」


 カノンは、ダグラスに助けを求める。

 だが、周囲から視線を向けられたダグラスに、無理をしてでも助けようとする気はなかった。


(この街の住人が殺してくれるなら手間が省ける)


「私は道案内しかできない新人冒険者です。それにこの街には、この街の理由があるでしょうし、口出しはできません」


 昨晩の借りがあるとはいえ、命あっての物種である。

 ダグラスは、カノンを見捨てた。

 むしろ“口封じになるから助かる”と、安心してすらいた。


 周囲の視線は、またカノン達に向けられる。

 ダグラスの言葉には信憑性があったからだ。

 カノンは貴族よりも立派な服装をしているが、ダグラスが着ている服は生地が丈夫なだけのもの。

 司祭の従者としては、明らかにみすぼらしい服装だった。

 そのため“新人冒険者”という言葉を信じてもらいやすかったのだ。


「えぇぇぇ、ちょっとそれはないんじゃないですか!?」


 カノンは、ダグラスに見限られたと察した。

 この状況を切り抜けるには、自分でなんとかするしかない。


(考えろ、必死に考えろ! ゴールの目の前で死ぬとか真っ平だ!)


 ――彼らが狙っているのは教会関係者のみ。

 ――小間使いで雇われた者にまでは怒りの矛先を向けられなかった。


 この二点から“怒りながらも、どこか冷静さを残している”と、カノンは判断した。

 冷静さが残っているのなら、まだ説得できる希望は残っている。

 むしろこのピンチを“信者獲得のチャンスだ”と前向きに考えようとしていた。


「俺達が寄付を払ってきたのは何のためだ? すべては神のためだろう! なのに、こいつらはタイラー様とは何の関係もなかった! 四日前から祈りを捧げ続けたが、何の意味もなかった。今までこいつらは神の使いだと騙して、俺達から金を巻き上げてきただけの悪党だ!」


 リーダー格の男が叫ぶと、広場中至る所から“そうだ、そうだ”と賛同する声が上がった。

 この光景を見て、カノンは暴動が起きた理由に思い至る。


(あぁ、そうか。ゼランは神のお膝元。他の街よりも信仰心が篤い。この非常時に神の助けを得られなかったから、信仰心が篤い分だけ怒りが強く出たんだろう)


 リデルでも教会関係者に対する疑惑や不審の芽はあった。

 神の領域があるゼランでは、それが噴出してしまったのだろう。

 カノンは非常にタイミングの悪い時にきてしまった。

 だが、彼の目に諦めの色はなかった。

 この状況をどう切り抜けるのか、ダグラスは興味深く見守る。


「諸君、お待たせしました!」


 後ろ手に縛られているので、もぞもぞとみっともない姿を見せながらではあったが、カノンは立ち上がって民衆に声をかける。


「タイラさんは、この世界の住民を見限って立ち去りました。そこで私が新たな神となるべくやってきたのです!」


 カノンの話を聞き、民衆は一度静まり返った。


 ――そして、すぐに怒りで場が沸騰する!


「ふざけるなぁ!」

「何が神だ!」

「裁きなんていらん! もうぶち殺せ!」


 民衆の中には石を投げる者まで現れ始めた。

 これ以上、この場に留まるのは危険だと思い、カノンは逃げ道を模索し始める。


「証明しましょう!」


 だが、カノンも負けてはいない。

 民衆の怒号に負けぬ声量で言い返す。

 彼は背中を民衆に向ける。

 ダグラスは“石を背中で受けるためかな?”と思ったが違った。


 ――彼の腕を縛っていたロープが一瞬にして消える。


 ダグラスでも、ロープから抜け出すくらいはできる。

 だが、腕を縛っていたロープを一瞬にして消すのは難しい。

 しかも、衆人環視の中である。

 ダグラスも、カノンの手腕に感心する。


 カノンの行動は、それで終わりではなかった。

 昨日のように、空中で怪しく指を動かす。


「見よ! これが神の奇跡だ!」


 指を横にサッと動かすと同時に、カノンが叫ぶ。

 すると彼の服装が消え去り、一瞬にして下着姿になる。

 広場に集まっていた女性たちから黄色い悲鳴が上がる。


「そんな事が……」


 これにはダグラスも驚いた。

“一瞬にして服装を着替える”というのは、演劇などにもある演出だという話を聞いた事がある。

 だが、脱いだ服を完全に消し去るのは難しい。

 手品というのは、物を隠す場所があってこそ有効なのだ。

 隠す場所である服そのものを消し去るなど、ありえない事だった。


 カノンは、また指を動かす。

 すると、今度はどこからともなく服が現れた。

 しかも、手に持っていたり、地面に落ちたりしているわけではない。

 カノンは服を身に纏っていた。


(そうか、そうだったのか! あの服自体が魔道具なんだ! 怪し気な動きも、魔道具を操作するための動きだったのかもしれない!)


 この異常現象を“あのおかしな男の力で引き起こしている”と思うよりも“魔道具によるものだ”と思ったほうが、ダグラスには納得しやすかった。


「いかがでしょう? 魔法が使えなくなった今、普通の人がこのような芸当ができると思われますか?」


 カノンの言葉に、賛同も否定のどちらの声も上がらなかった。

 民衆は、ただひたすらに困惑し続けている。

 これを畳みかけるチャンスだと、カノンは喋るのをやめなかった。


「このような暴挙に出たのも、彼らが何か過ちを犯したからでしょう。私はこの場にいる皆を許します」


 次に教会関係者を見る。


「そして人である以上、過ちを犯すものです。私は彼らも許します。たった一度の過ちで殺すなど厳し過ぎます」


(殺すっていうのは、あんたに対してだけ言ってたと思うだけど……)


 ダグラスはそう思ったが、教会関係者にも殴られた痕などがあるので“カノンにだけ向けられていた”とは断言できなかった。


「皆さん、私が神である事を証明しましょう。私がサンクチュアリに入るところを見ていただきたい。皆であの丘へ登りましょう」


 カノンは、チャンスを無駄にしなかった。

 皆が自分の言葉に耳を傾けていると判断すると“共に丘を登ろう”と切り出した。

 ここで“自分だけが丘を登る”と言えば“ここから離れて逃げる気だろう!”と疑われて、このまま嬲り殺しに遭うかもしれないからだ。

 一緒に丘を登るのなら“逃げないように見張れる”と思って心が緩む。


 ――自分は中に入る事ができるという確信を持っている。


 奇跡の目撃者が多ければ多いほど、信者の獲得を期待できるのだから

 そういう目的も含めて、カノンは“皆で丘へ向かおう”と言ったのだった。

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