第10話 神の領域 1

 朝日が昇るまでの間、新たな異変はなかった。

 久々に死を覚悟する事になったダグラスは、ホッと胸を撫でおろす。


「夜更かししないで、こんなに朝早く起きるのは久々だな」


 カノンが朝日を見ながら、伸びをしていた。

 その緊張感を欠片も持たない姿が、昨晩の事を夢だったのではないかと思わせる。

 二人は軽く朝食を済ませ、出発の準備を整える。


「さぁ、世界を救いに行こうか!」


 一晩休んだ事で元気を取り戻したカノンが、力強く先導する。



 ----------



「やっと、着いた……」

「着きましたねぇ」


 カノンは元気を取り戻してはいたが、足は言う事を聞いてくれなかった。

 歩き始めてしばらくすると、歩く速度が目に見えて落ちた。

 早朝に出立したのに、街に着いたのは昼前だった。


 ダグラスは元暗殺者であり、相応の訓練を受けている。

 だがダグラスと比べるまでもなく、カノンの体力のなさは、そこら辺にいる一般人の平均と比べても明らかに劣るものだった。

“神の世界にいた”というのが事実なら、歩く事など滅多になく、常に馬車を使う身分だったのかもしれない。


「でも、なんだか街の様子がおかしいですね」


 ゼランは神の領域を中心にして、人々が自然と集まってできた街だ。

 街壁に囲まれた街と違い、街と郊外の境目が曖昧である。

 だから街の中心部ではない外縁部でも、かなりの人通りはあるはずだった。

 なのに、人影が見当たらない。

 家の中から気配は感じるので、人はいるようだ。


「カノンさん、この先の建物の角で十人以上が集まっている気配があります。この街の様子はおかしい。確認するまで接触は避けたほうがいいでしょう」


 それだけではなく、ダグラスは他の気配にも気が付いていた。


「それならば彼らから事情を聞きましょう。どうせあの丘に向かわねばならないのです。人と会うのを避けるなどできません。それに、いざとなれば私を助けてくれるのでしょう?」

「……できる範囲では」


 ダグラスは気が進まなかったが、カノンは足を引きずるようにして、人がいると言われたところまで進む。

 そこには町人らしき男達が十人ほど話し合っていた。

 彼らは、カノンの姿を見るとギョッとする。

 その反応に、ダグラスは嫌な予感がした。


「お話しのところ失礼します。私の名はカノン・スズキ。この世界の神になるべくやってきた者です。街の様子がおかしいようですが、何か起きているのですか?」

「おかしいのはお前だろ……」


 一人の男が、ダグラスとまったく同じ感想を持ったようだ。

 オブラートに包む事なく、思った事を言葉にする。

 だが、他の者達は違った。

 男の背後で、ヒソヒソと小声で話し合っていた。

 ダグラスは、ますます逃げ出したくなってくる。

 しかし、昨夜の借りが足枷となって、カノンを見捨て難くしていた。

 最初に返事をした男とは違う者が、カノンの前に出てくる。


「そのお姿、高位の司祭殿とお見受けする。この街へは先ほどお着きになられたのですか? 馬車や護衛はどこにおられるのでしょう?」

「実は送迎の馬車が壊れてしまいましてね。少しでも早く世界を救うため、馬車を置いて歩いてきたところです。私はこの世界の神になるので護衛はいません。道案内に、新人の冒険者を雇っただけです」


 カノンは見栄を張った。

 彼は、まもなく彼は神になる。

 この街の住人に“神様が歩きで来られたのですか?”と思われるのが嫌だったからだ。

 ダグラスの事を“新人の冒険者”と言ったのは、彼が“元暗殺者”だというのを隠すというのと“護衛を必要としない実力はある”という見栄だった。


 街の住人は、カノンの言葉を聞き流しているようだった。

 特に反応を示しもしない。

 ただ話を遮らないよう聞き返しただけ・・・・・・・といったようにしか見えない。


 それはダグラスだけではなく、カノンも察していた。

 だが、それを“神になる”と言った者に対しての反応だと思ってしまっていた。


「では、私達がご案内いたしましょう。どうぞこちらへ」


 男が二人先導し、残りはダグラス達の後ろを付いてきた。


(これはマズイな)


 いざという時に備えて、ダグラスはカバンを素早く脱ぎ捨てる事ができるようにする。

 だが、街の中心部へ近付くにつれて、もう手遅れだと気付く。

 誰も彼もがダグラス達――いや、カノンを睨みつけている。

 神を騙る男に対する者だとしても、その話を聞いていない者達までもが睨んでくるのは異常である。

 この街の住人全員が、何らかの事情で敵に回ったと考えるべきだろう。

 ダグラスは、カバンの中から一枚の紙を取り出した。


「すいません、この街の冒険者ギルドってどこにあるんでしょうか? 依頼人を街に届けたという報告をしたいんですけど」


 これは自分が助かるための保険である。

 カノンが狙われたとしても、道案内を任された新人冒険者までは狙うまいと考えたから、この場で出して見せたのだ。

 男の一人が受け取ると、書かれている内容を確認する。


「本当のようだな。ギルド長とは顔見知りだ。あとで一緒にギルドにいって、依頼人を町まで届けたという話はしてやろう」


 そういって依頼書をダグラスに返す。

 これでダグラスは“カノンの従者”ではなく“仕事で道案内をしただけの若者”という立場を獲得できたはずだ。

 関係者として、道連れにされる心配はなくなった。

 ただ、口封じのために危害を加えられるかもしれないので、完全に油断はできない。


「あの……、無事に届けた・・・・・・という点も重要なのではありませんか?」


 カノンは、その部分が気にかかったらしい。

 先導する男に尋ねる。


「はっはっはっ、もうじきわかりますよ」


 だが、はぐらかされてしまう。

 人混みをかき分け、道をどんどん進んでいく。

 着いた先は街の中心部、教会前の広場だった。

 そこには大勢が集まっていた。


「高位の司祭らしき男がいたから連れてきたぞ!」


 先導していた男が、カノンを皆の前に突きだした。

 広場には住民だけが集まっていたわけではなかった。

 この街の司祭や修道士も集められていた。


 ――手足を縛られて。


「神の名を騙り、我らを搾取し続けた者共に裁きの鉄槌を!」


 リーダーらしき男の声に反応した民衆の怒号で、広場は大きく揺れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る