第7話 ゼランへの道中 2
カノンの手の動きが止まった。
「スキルもアイテムもなんもねぇ! 今のところ証明できる方法は見つからなかったわ」
カノンが照れ笑いを浮かべる。
そんな彼に、ダグラスは呆れかえる。
「あっ、でもこんなのはどうだ?」
カノンは地面の石をいくつか拾うと、どこかへ消した。
「それくらいなら僕にもできますよ」
ダグラスも石を拾って、手のひらから消して見せた。
こんなもの簡単な手品に過ぎない。
その程度の技で神だと信じるほど、ダグラスは愚かではなかった。
カノンは、やれやれと笑う。
「これくらいじゃあ、ダメか。今わかるのは、お前の
カノンはこともなげに語るが、その内容にダグラスは衝撃を受けた。
(年のほうは当てずっぽうだとしても、なんで偽名を使っている事までわかるんだ!?)
ダグラスは、自分の年齢を知らない。
だから、真実か適当に言ったかというのはわからなかった。
だが、偽名のほうは別だ。
本名に近い偽名を使っているので、名前を呼ばれた時の反応に違和感は感じさせなかったはず。
偽名で呼ばれた時の訓練もしっかりと受けているので、反応が原因で気付かれる可能性は低いだろう。
(過去の罪を暴くだけではなく、名前まで判別する魔道具でも持ってるのか? だけど、道具を取り出したりはしていなかった。なんだ、こいつは!?)
――どこまでも得体のしれない男。
肝の冷えているダグラスの心中とは対照的に、カノンは余裕があるように見えた。
だが、彼もまた心中穏やかではなかった。
(名前と年齢なんていう基本情報で納得してくれるだろうか? まずいぞ、初手で高レベルの暗殺者とか手に余る存在だったか)
カノンは“人選を失敗した”と後悔していた。
降臨した直後に実績のある元暗殺者と出会うなど、それこそ神の配剤。
パーティメンバーに誘うべきだと軽く考えてしまっていた。
しかし、それは説得が成功という前提のもの。
ケニーのせいでファーストコンタクトで不信感を持たれてしまった。
信者にするのは不可能ではないだろうが時間はかかる。
だが、それではダメだった。
――元暗殺者の正体に気付いた者の末路はどうなるか?
口封じに殺される可能性が高い。
始まりの街から隣街へ行くだけなのに、すでに死の匂いがしてくる状況だ。
“なんで最初からサンクチュアリスタートじゃなかったんだ”と、カノンは大神を呪った。
――手の内を明かし過ぎて、口封じに殺されるかもしれない。
カノンは察しのいい方ではあるが、脇の甘いところがあった。
“お前が暗殺者だとわかっている”などと言わないほうがよかったと後悔する。
だが、今のダグラスに殺意はなかった。
死体を穴に隠すにしても、野犬に掘り起こされないほど深く埋めるのも時間がかかる。
それに、リデルに戻らねば捜索隊が出されるかもしれない。
ダグラスではなく、依頼人であるカノンの無事を確認するために。
カノンの無事が確認できなければ、三日と経たずに、ダグラスには追っ手がかかるだろう。
せっかく追っ手を撒いたのに、新たな追っ手に追われるなど真っ平ごめんである。
殺すのなら、ゼランのギルドに到着報告をしてからだ。
カノンを届けてからならば、自分が疑われる可能性は低くなる。
(ゼランについたら、教会で寝泊まりするだろう。なら墓地も近い。死体を隠しやすくなる。焦る必要はない)
大きな街ならば、毎日のように葬儀は行われている。
棺桶が収められる墓穴もあるだろう。
その墓穴の底にカノンを埋めればいい。
そうすれば、わざわざ固い地面を掘って深く穴を掘る必要もない。
墓穴を掘り返す者がいたとしても、墓穴の底を掘り返したりする者などいないのだから安全な隠し場所である。
今は安心させて油断を誘うべき時だろうと考えた。
「僕を警戒しているのなら大丈夫ですよ。危害を加えたりはしない。ギルドの依頼通り、街まではちゃんと送り届けますので。あと、暗殺者ってなんの事ですか? ただの新米冒険者ですよ」
「あ、あぁそう。そうだな、変な事を言って悪かった。ところで水ある?」
「そこに川の水がいくらでもあるじゃないですか」
ダグラスは、街道沿いの川を指し示す。
だが、カノンは渋った。
「川の水とか汚いじゃないか。水筒の水をくれ」
「この国の水は、煮沸しなくてもそのまま飲めますよ」
「井戸の水がいいの」
「なら、どうぞ」
(変な奴。でも、もしかして信用しているという態度を見せるために、わざわざ水筒を受け取ったのか?)
腰に下げた水筒を渡しながら、ダグラスはそう思った。
暗殺者だと思っている相手から飲食物を受け取るなど、ダグラスだって嫌だ。
なのに、カノンはダグラスが持っていた水筒の水を求める。
“身を張った信頼の証ではないか?”と考える。
だが、カノンにはカノンなりの、ダグラスには理解できない理由があった。
彼は本当に川の水を飲むのが嫌だったのだ。
――そのまま飲んでも腹を下さない水だったとしても。
ただのわがままではあったが“神かどうかはともかく、信頼を得るために体を張れる人なんだな”と、ダグラスに思わせる事には成功した。
「ゼランまでは日が暮れるまでには着けるのか?」
水を飲み、人心地ついたカノンが街までの距離を尋ねる。
するとダグラスは、またしても呆れたという表情を見せた。
「無理に決まってるじゃないですか。日が暮れるまでに、さっきの村に戻るのも無理でしょう。ここで野宿です」
「そんな! ト、トイレとかは?」
「その辺ですればいいじゃないですか」
カノンが“この世の終わりだ”とでも言いたげな絶望の表情を見せる。
ダグラスは“お前のような男が神になったほうが終わりじゃないのか?”と考えた。
「この辺りに魔物は出ません。ただ、世の中の混乱に乗じて野盗が増えているそうなので、草むらの中で寝ましょうか」
ダグラスが近くの草むらを指差した。
そこに生えている草は腰の高さまであるので、周囲からの視界を遮ってくれる。
動物や魔物相手なら匂いで気付かれるだろうが、人間相手ならば見つからねば問題ない。
二人分の寝床を作ってから毛布を取り出し、草むらの中に敷く。
丈の長い草だったので“クッションとしては最高だ”と、ダグラスは満足していた。
「えー、ゴツゴツするんだけど……」
だが、カノンは不満のようだ。
根っこの部分や、不揃いに並べられたところに強い違和感を覚え、そこに不満を漏らしていた。
「日が出ているうちに用を済ませてきてください。暗くなってからだと難しいですよ」
しかし、相手は高位の神官の様子。
野宿に慣れていないのだろうと思い、ダグラスはスルーした。
暗くなる前にトイレを済ませてこいと伝える。
「……神様は、うんちなんてしないもん」
そう言うと、カノンは毛布にゴロンと寝ころんだ。
(さっきからこいつは……、貴族のお嬢様か!)
不平不満だらけのカノンに、ダグラスはイラッときた。
しかし、表立って文句は言わない。
相手が依頼主である以上、表立って逆らうような事はできない。
過去の習性が、ダグラスに強い忍耐力を身につけさせていた。
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