第6話 ゼランへの道中 1
「あぁ、疲れた……。もう無理……」
カノンが地面に倒れ込む。
「半日歩いただけじゃないですか。ゼランはまだ先ですよ」
「一日中歩くというのは、とてもきつい事なのですよ。馬車を使えば楽でしたのに」
「馬車を使うには、お金が足りません。そもそも、一日歩くくらいでへこたれないでくださいよ」
ケニーは依頼料を払ってくれた。
だが、その寄付は必要最低限のもの。
旅馬車を使う費用までは寄付されていない。
ホテル代もダグラスの分だけである。
そのため、目的地までは歩くしかなかった。
だが、カノンは歩き慣れてないらしい。
自称とはいえ神を名乗るのであれば、歩く程度で疲れてもらっては困る。
(いっその事、ここで仕留めるか?)
ダグラスは、ついそんな事を考えてしまう。
しかし、本能のままに実行したりはしない。
カノンのような目立つ男の死体が見つかれば、すぐに同行者が怪しまれる。
ダグラスが犯人として手配されるのは、考えずともわかりきっている。
死体を隠す場所を確保してから実行せねばならない。
彼は表情を変えずに考えていたが、カノンはダグラスの考えを見抜いていた。
ダグラスが行動を起こすと思ったので、先手を打つ。
「ダグラスさん。いや、ダグラス。腹を割って話そうじゃないか」
丁寧だった口調が、突然荒いものに変わった。
その事に、ダグラスは違和感を覚えなかった。
ただ“やっぱりな”と思うだけだった。
むしろ、こちらのほうが自然に思えたからだ。
「腹を割って話す? なんの事でしょう?」
ダグラスが聞き返すと、カノンは地面に座り込んだ。
「そう警戒するなって。……言っても無駄か。元暗殺者だもんな」
正体を見抜かれても、ダグラスは動かなかった。
彼にすべてを見抜かれている事は、一つのパターンとして考慮していた。
今日一日、カノンの足運びを見ていたが、武術などを習った様子はない。
一歩踏み込めば首を狙える位置にいる以上、カノンの命はダグラスの手中にあると言っても過言ではない。
叫んで誰かを呼ぼうとしても届かないだろう。
ダグラスはカノンの口を封じる方法を、この瞬間に三つは思いついていた。
(いや、今はどこまで知っているのか。どこまで知られているのかを引き出す段階だ。喋りたいなら、話させておけばいい)
カノンの様子を見る限り、お喋りをしたい様子だった。
ダグラスは行動せずに、情報の確認を優先する。
彼が話している間に、カノンや近くの草むらに潜んでいるかもしれない刺客に襲われないよう警戒は怠らなかった。
「『今は喋りたいだけ喋らせておけばいい。話の中から必要な情報を聞き出すまでは』というところかな」
カノンの言葉に、ダグラスは驚かなかった。
彼ならば、それくらい言い当ててくるだろうと思っていたからだ。
それに今はギルド内ではなく、人気のない街道である。
自分の正体を知るカノンと二人きり。
手にタコの一つもない男の口を封じるなど、造作もない事なので落ち着いていた。
「何を考えているのかくらい、わかってるんだよ。神の力を使わなくてもな」
「そうですか」
「やっぱりそうだ。フフッ」
ダグラスに感情の変化がない事を確認し、カノンは含み笑いをこぼす。
「まともに相手にしないという態度も、それはそれで何を考えているのか察するのに十分なんだよな。まぁいいさ。俺が冒険者ギルドで話した事に嘘はない。これから話す事も真実だ。とりあえず、最後まで聞いてくれ」
ダグラスは返事をしなかったが、それはそれで理解してくれたのだと受け取り、カノンは話し始めた。
「俺が神だというのは……。真実であり、嘘でもある。サンクチュアリに到着して、ようやく俺は本物の神になれるんだ。だから、どうしてもサンクチュアリに行かねばならない。だから、この世界に降臨して、すぐ目の前に凄腕の暗殺者がいたのは運命だと思ったよ。何と言っても、レベル47はあの中で頭一つ抜けていたからな」
「レベル?」
聞きなれない言葉に、ダグラスは思わず聞き返す。
「経験を積んだ者が、どの段階まで進んでいるかの目安……、と言えばわかりやすいか。俺を蹴り飛ばしたケニーのレベルは34。あいつも強そうだったが、お前はあそこにいた中でも段違いの強さだ。よっぽど大勢を殺してきたんだな。それか、強い奴を殺してきたか」
殺しは自分が生きるために、やむを得ずやってきた事だ。
好き好んで人を殺していたわけではない。
あまりにも無神経なカノンの言葉に、さすがにダグラスもムッとする。
その表情の変化を、カノンは見逃さなかった。
「ようやく本当の感情を見せてくれたな。その反応が見たかった。人を殺した過去を悔やみ、生き方を変えたいと思っているからこそ、腹が立つんだ。試すような真似をしてすまなかったな。俺にとってお前は救うべき相手だ。敵じゃない」
右手を差し出したカノンを、ダグラスは訝しげに見ていた。
出会った当初は本物かと思っていたが、一度疑いを持ってからは、ただの詐欺師のようにしか思えない。
この言葉も、すべて自分を騙すためかもしれない。
手を取ろうとせずに警戒するダグラスの姿を見て、カノンは手を引っ込めて微笑む。
「まぁいいさ。もうじき俺が神だという事をわかってもらえるだろう。だから、そう殺気立つな。俺だって神になる前に死にたかぁねぇよ」
「……その根拠は?」
「今はないんだよな、マジで」
カノンは開き直って笑う。
しかし“ん?”と首をかしげる。
「ちょっと待ってくれよ」
彼は何もない空中で、指を上下左右に何かをなぞるように動かしだした。
この怪しい動きに、ダグラスは警戒する。
ひょっとすると、魔法の詠唱準備かもしれない。
自分の身の安全を考えれば、この場で即座に殺しておいたほうがいいだろう。
だが、魔法には発動の前兆が見られるはずだが、今のカノンからは何も感じられなかった。
“もしかして、本当に頭のおかしい奴なのか?”と思ってしまうほど、危険の匂いは感じない。
(あぁ、そういえば、こういう癖を持つ奴がいたな)
何もないところに文字を書く仕草をして記憶に刻み込むという記憶術を使っていた者を、ダグラスは知っている。
そういうものだろうと思いつつも、すぐには警戒を解かなかった。
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