第5話 おかしな男との出会い 5

「それなら俺達も――」

「ダメよ。今は街周辺の治安を守らなきゃいけないでしょう。魔法使いがいなくなった分だけ、私達が頑張らないと」

「……そうだったな」


 ケニーも同行すると申し出ようとしたが、ナタリアが止める。

 魔法が使えないという事の影響は、日常生活や治療といった分野だけに留まらない。

 戦闘要員の減少という問題も起きている。

 魔法も使える剣士なら、まだ戦える。

 だが魔法しか戦う術を知らない者は、今では完全な足でまといになっていた。

 ケニー達のように魔法を使わずに戦える者は、今の状況下では重宝されている。

 今までのように、好きな依頼を受けて遠出する事ができなくなっていた。


「カノン様、すまねぇが俺たちは行けねぇ。けど、あんたならきっと世界を元に戻してくれるって信じてるぜ」

「期待に応えてみせますよ。その時はタイラさんではなく、私の信者になっていただきたい」


 ケニーは残念そうにしているが、カノンは満足そうな表情をしていた。

 カノンにとって、彼の同行はさほど重要ではない。

 より強いと思われるダグラスが同行を申し出てくれたからだ。

 とはいえ、ケニーが付いてこない事を喜んでいるわけではない。

 自分を信じてくれる者が現れた事に満足していた。


(一歩目は順調。けど、これで満足してはいけない。信者を集める事が目的じゃない。神になってから、何を成すのかが重要なんだ)


 カノンはこの世界にきたばかりなのだ。

 ここで浮かれてしまうのは、まだ早い。

 一時的に満足するが、すぐに気を引き締め直す。


 ――そんな彼の思いを打ち砕く者が現れる。


「お話は聞かせていただきました。すぐに受付書類を作らせていただきますね」


 それは冒険者ギルドの受付嬢だった。

 彼女はカノンたちの話に興味を持ち、近くで聞いていたのだ。

 もちろん、仕事の話は聞き逃さなかった。

 話が一段落したところで、準備をすると口を挟む。


「書類ですか?」


 当然、カノンは彼女の言葉を疑問に思う。

 冒険者ギルドの仕組みを理解していないからだ。


 受付嬢はカノンが理解していない事を察した。

 書類の説明を始める。


「まずは道案内の仕事を依頼されるという事ですねー」


 彼女は受付用紙に“道案内”と書く。


「そして、ダグラスくんを指名されると……。よかったわね、新人なのに指名されるなんて。指名料が入るわよ」


 さらに“ダグラスを指名”と書き、続けて依頼者名などの必要事項を書きこんでいく。


「ゼランに行かれるのですよね? あちらでどの程度滞在される予定なのでしょう? ダグラスくんは滞在中にも同行させますか?」

「ゼランまで案内していただければ結構です。到着すれば、そこからの道案内は必要ありません」

「なるほど、依頼内容は道案内。新人のダグラスを指名。目的地はゼラン。遠方への道案内なので、復路の分の費用も負担していただく事になります。ゼランまで片道一日なので、往復で二日分の依頼になりますね。宿泊費用などは別途お支払いいただく事になります。その他手数料を含めた請求金額は……、こちらでございます」


 受付嬢は、カノンの依頼内容に合わせた金額を書く。

 その金額は、相場よりもいくらか高い金額だった。

 どうやらカノンの立派な格好を見て、多少高くても大丈夫だと思ったのだろう。


 受付嬢がカノンに気付かれないよう、ダグラスにウィンクする。

 その仕草から、ダグラスは“あぁ、真面目に働いているから、金持ちからむしり取ってご褒美をくれるのか”と察した。

 今は死体の後片付けなど肉体的、精神的にきつい仕事ばかりだ。

 新人には厳しい時期である。

 辞めていく新人が多い中、ダグラスは辞めずに頑張っている。

 その働きを受付嬢が認めてくれたのだろう。


(そうか、それは嬉しいな。でも……)


 とはいえ、ダグラスはカノンを殺して他国へ移る事を考えている。

 地道に積み重ねてきた信頼を捨てねばならないという事だ。

 その事が心底もったいないと思う。

 だが、そういった感情は表に出さない。

 彼が感情を表に出す時は、その場で不自然に思われない反応をする時だけだからだ。


 カノンは両手の親指と人差し指を組み合わせて枠を作り、その枠を通して書類を見ていた。

 そしてしばらく見てから、フッと笑った。


「なるほど。ダグラスさんを雇うには、これだけのお金がいるというわけですね……。残念ながら――私は現金を持ち合わせておりません」

「そうですか」


 カノンの答えを聞いても、受付嬢は動じなかった。

 本人持っていないだけだと思ったからだ。


「それでは、お付きの方はどちらにおられますでしょうか。教会でしょうか?」

「いえ、私一人です。私はこの世界の神になるべく、先ほど降臨したばかりですので従者はおりません」

「えぇっ! お一人なのですか!?」


 受付嬢は、自分の考えの甘さに驚いた。

 カノンは司祭の中でも高位の者が着るような服を着ている。

 ならば、何か理由を付けて一人で来ているだけで、この場にいなくとも、どこかに付き人がいるだろうと思っていた。

 だから、カノンが金を持っていない事に関しても“俗世から離れている高位の司祭なら、付き人任せで当然だ”と不審がらなかった。

 だが、彼は付き人の一人もいないという。

 これでは金が取れない。


「……依頼料をお支払いいただけないのでしたら、案内人を付ける事はできません」

「世界を救うために必要なのです。私が神になれば、十分な額を支払う事もできるでしょう。あなたにも神の祝福を授けましょう。ですから、この場は認めていただきたい」

「ダメです。依頼は依頼。規則通りに物事を進めるのが私の仕事です。後払いなどのように妥協してしまえば、冒険者が不利益を被りますから認められません。教会から依頼料を持ってきていただくしかありません」


 受付嬢は、後払いをきっぱりと断った。

 新規の依頼人は前払いが基本である。

 後払いなど問題の火種でしかない。

 そのような事を認めるわけにはいかなかった。


 受付嬢もカノンの話を聞いていたが、彼女は彼の話を信じていない。

 自分の事を言い当てられたわけではないので、冷静に聞いていたからだ。

 だから、神を騙る男程度にしか思っていない。

 彼が神などとは、まったく信じていなかった。


「そうですか、困りましたね……」


 この時、カノンは“強敵が現れた”と思っていた。

 金に関しては、どうしようもない。

 自分から“寄付してくれ”などとは口が裂けても言えない。

 自分から求めていい時と、求めてはいけない時があるからだ。

 そして、今はダメな時だと、彼は判断していた。

 ここは大人しく教会にいって、資金援助を乞うしかないのかもしれないと考え始める。

 ゲームなどでは、そういう流れもあるだからだ。


 ――だが、彼を救う者が現れた。


「俺が払おう」

「ケニー!」


 ケニーがカノンの代わりに支払うと言うと、ナタリアが彼を咎めるかのように名前を呼ぶ。

 しかし、ケニーには気にする様子はなかった。


「寄付だよ、寄付。この人ならさ、なにかやってくれると感じたんだ。この人が新しい神様になって、世界が元通りになるのなら、新人を雇う費用くらい安いものさ」

「そうかもしれないけどさ……」


 ナタリアが受付嬢をチラリと見る。

 受付嬢が提示した条件は、指名依頼料を含んでいたとしても、新人冒険者の割には非常に高いものだった。

 カノンの姿を見て、割り増し料金で請求したのだという事は、熟練冒険者であるナタリアもわかっている。

 そのまま支払うのは、釈然としない気持ちがあった。


「ケニーさんがお支払いしてくださるのですか? それでは、いつもお世話になっておりますので、三割引きにしておきますねー」


 だが、彼女が心配する必要はなかった。

 カノンではなく、ケニーが支払うというのなら、受付嬢も適正価格に戻すくらいの配慮はできる。

 それも、自然な形で。

 受付嬢は、相手次第で足元を見る必要がある。

 状況に合わせた対応ができて当然であった。


 この一連の流れを見ていた、カノンはほっとした表情を見せていた。

 予想以上に上手く話が進んでいる。

 ケニーが金を出してくれるとは思っていなかったので、嬉しい誤算である。


 一方、ダグラスはカノンとは対照的に気分が沈んでいた。

 それは依頼料が適正価格に戻った事よりも、一度は“カノンと関わらなくていいかもしれない”と期待してしまった事が影響している。

 だが、すぐに気を取り直した。

 カノンを案内せねばならないのなら、それはそれでいい。

 自分の正体に気付いている者は、早めに対処しておかねばならないからだ。

 街の外に連れ出せるのは都合がいい。


 ダグラスはカノンを見る。

 すると、カノンもちょうどダグラスを見ていた。

 お互いに笑みを浮かべ合う。


 ――ダグラスは“どうせ、すぐに顔を合わせなくて済むようになるから、まぁいいか”という意味で。

 ――カノンは“これからよろしく”という意味で。


 ダグラスは、カノンと長く付き合う気などなかった。

 だが“どうせ短い付き合いだ”という軽い気持ちでカノンに同行するのは間違いだったと後に気付く事になる。

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