第4話 おかしな男との出会い 4

「神になるべき者の証明というのは……、なかなか難しいものですね。サンクチュアリに到着すれば証明できますが、今ここでというのはね……」

「魔法を使ってみてくださいよ。そうすれば神であるという証明になるでしょう?」


 ダグラスは意地悪な事を要求する。

 これはカノンへの意趣返しだ。

 自分を騙そうとしたのだから、それ相応の報いは受けてもらわねばならない。


 ――魔法を使えれば、本物の神かもしれない。

 ――魔法を使えなければ、虚言癖のある異常者に過ぎない。


(どうせ、今は魔法を使えないとか言い逃れようとするんだろう? そう答えるしかないもんな)


 どちらにせよ、これでカノンの正体がわかる。

 大方、チンケな詐欺師だろうというのがダグラスの考えだった。


「確かに魔法を使えば、簡単にわかっていただけるでしょう。ですが、今は無理なのです」


(やっぱりな)


 神なら魔法の理がおかしくなっていても、魔法を使えるはずだ。

 それができないという事は、彼の言葉の信憑性がないという事だ。

 カノンの返事を聞いて、ダグラスは自分の考えに確信を持った。


 だが、カノンもただ“できない”と答えるだけではない。

 ちゃんと言い訳も考えていた。


「私が魔法を使うには、この世界で信者を作らねばなりません。信仰心が神の力となるからです。ですが、今来たばかりなので信者がいない。ケニーさんとナタリアさんは、もう一歩という感じのようですけどね」


 神の力は信仰心だと先ほど説明していた。

 それを盾に、魔法を使えない理由とする。


 この発言に偽りはなかった。

 カノンだって、できる事なら魔法を使って証明したい。

 だが、できないものはできない。

 説得力のなさは自覚していたが、今は正直にできないと話す事しかできなかった。


「それなら仕方ないだろう。ところで、この世界・・・・って事は、どこか違う世界があるっていう事か? そっちでも神様だったのか?」


 ケニーはダグラスと違い、カノンの事を神か、それに近い存在だと思い込んでいる。

 だから、魔法を使えない理由も信じてしまっていた。

 根が正直者なのだろう。

 今まで単純な彼を騙そうとする者がいなかったのは、実力のある冒険者だったからだ。

 力のある者の報復は誰だって恐ろしい。

 彼を騙すくらいなら、もっと金を持っていそうで無害な者を選ぶ。

 何事においても、力を持つ事が重要だという事を証明していた。


「私は会社――こちらで言う商人達に、数え切れぬほどの祈りを捧げられる存在でした」

「なるほど! 商売が上手い奴の事を商売の神様って呼ぶ事もあるが、あんたは本物の商売の神様だったってわけか!」


 カノンは、ケニーの言葉を肯定するかのように微笑む。

 しかし、それだけだ。

 彼は“そうです”と言葉にして返事はしない。

 彼は商売の神様だったわけではないからだ。

 嘘は言っていない。

 勝手にケニーが誤解しただけだ。


 だが、すべてが嘘というわけでもない。

 カノンは本当に祈りを捧げられる立場だった。

 それも数え切れないほどの企業に。


 お祈りを捧げられるうちに彼は――


「これだけ多くの人々に祈られるという事は、自分は神になるべき存在なのだろう」


 ――と考えるようになった。


 それをきっかけとして彼は宗教団体を設立し、人々を救う道を選んだのだ。

 さすがに家族と別れるのは辛かったが、断腸の思いで関係を断ち切ったくらいである。

 それほどまでに、彼の「人を救いたい」という決意は固いものだった。


「神に近い存在だったというのなら、先ほどの言葉はなんだったんですか? 『この野郎……。何しやがる!』という言葉は、その辺りにいるチンピラのようでしたけど」


 だが、ダグラスはカノンの想いなど知った事ではない。


 ――このままでは自分を庇ってくれたケニーが小悪党に騙されてしまう。


 その思いから、カノンの正体を暴こうとしていた。

 一般社会で生きていくには、恩義を返すのも大事だからだ。


「確かにそうね。蹴られて、つい本性が出てしまったって感じだったわ。神になるような男の言葉だとは思えないわね」


 ナタリアも、ダグラスの意見に同調した。

 カノンの言動には疑問を感じるものがある。

 神懸かった力は持っているようだが、それだけで信じるのは早いような気もする。


「なんで、そんな風に疑うんだ。俺がナタリアの事を好きだって見抜いたんだぞ。それも、魔法を使わずに。本物の神様に決まってるじゃないか」

「ケニーさん、信じてくださってありがとうございます。ですが、ここは私からちゃんと説明する必要があるでしょう。お任せください」


 庇ってくれたケニーに、カノンは優しい微笑みを見せる。

 その笑みには余裕が見えた。


「正しい人生を送った者は天国へ昇り、過ちを犯した者は地獄に落ちる。それは皆さんもご存知のはずです。だから、司祭達は正しい道を歩めるように説教し、皆さんが道を踏み外さないように手助けをしているのです。では、過ちを犯してしまった者はどう思っているでしょう? 悔い改めれば許される? 本当にそうなのかと疑問に思った事はありませんか?」


 カノンが静かに語り始める。

 こういう話し方をすると、荘厳な雰囲気を纏っているように見えるのが不思議だった。


「なぜなら、司祭達は手を汚していないからです。穢れを知らぬ者に、穢れた者の苦しみがわかるでしょうか? 望んで手を汚した者もいるでしょうが、やむを得ずその手を罪で汚した者もいるでしょう。そういう者達が『穢れを知らぬ者に理解されるはずがない』と、差し伸べられた手を払いのけてしまう事もあるはずです」


 カノンは右手をダグラスに差し伸べる。

 その手は労働を知らぬ綺麗な手だった。

 神かどうかはともかくとして、高位の神官である事は間違いなさそうだ。

 でなければ、ヒビやアカギレくらいはあるはずだからだ。


「ですが、私にとっては穢れた者も救う対象なのです。罪人を進んで地獄へ落としてやりたいなどとは思ってなどいません。罪を犯してしまった人の魂を救うためには穢れを知る必要があります。ですが、中には穢れていない手を払う者がいる。ならば、私自身が穢れを知り、一人でも多くの人々を助けられるようにするべきだ。そういう考えを持っており、相手に合わせた態度が、つい出てしまったのです」

  

 カノンはダグラスの手を取って、両手で優しく包み込む。

 その手を振り払うのは、ダグラスにとって簡単な事のはずだった。

 いや、そもそも簡単に握られるはずがなかった。

 なのに、なぜか振り払おうという気になれなかった。

 もしかしたら、彼の言葉を信じたいという気持ちがあったのかもしれない。


「神になる者には、清濁併せ呑む器量が求められます。そして、それが私にはある。あなたが背負っている大きな業も、すべて私にはわかっています。大変な人生を送ってきましたね」

「えっ!」


 ダグラスは、とっさにカノンの手を振り払う。


(なんで、その事を……。こいつ、もしかして追っ手か?)


 ダグラスは暗殺者として育てられた。

 実際に仕事をした事もある経験者だ。

 だが、仕えていた貴族の家が政争に負けて取り潰され、ダグラスは逃げねばならなくなった。

 足取りを消しながらいくつもの国を越えてきたが、ついに追っ手が追いついたのかもしれない。

 彼が警戒してしまうのも、無理はない事だった。

 しかし、すぐに一つの可能性が頭に浮かぶ。


(いや、待て。追っ手なら、もっと目立たない奴を送り込んでくるはず。こんな目立つ格好をするはずがない。服装から察するに、かなり高位の神官のようだし、魔道具の一つや二つを持っていてもおかしくない。それも教会関係者なら、過去の罪を見透かすようなものを……)


 この時、ダグラスはある可能性の気付いた。

 先ほどの不快感は、魔道具によって覗かれていたものだという事を。

 だが、どのような手段だったかわかったとしても、ダグラスにとって歓迎できる事態ではない。

 自分の過去を知る者がいては、新しい人生を送れなくなるだろう。


(殺すか)


 頭がおかしい者の妄言など誰も信じないだろうが、世の中にはケニーのように単純な者もいる。

 誰かに話される前に処分するのがベストだと、ダグラスは考えた。

 カノンを殺したら、また名前を変えて違う国へ移り住めばいい。


 ケニーに顔と名前を覚えてもらえたのは、新しい人生の第一歩としては上々である。

 しかし、移住してしまえば、今の暮らしも無に帰す事になる。

 だが、過去の暴露に怯えながら暮らすよりも、一度リセットする道を選ぶ方が安全だ。


(また過去を見抜く魔道具を持っている奴と会うなんて事も、そうそうないだろうしな)


 ダグラスは、カノンの手を両手で握り返す。


「あなた様は本当に神になられる方のようですね。まだ駆け出しの冒険者ではありますが、私に道案内をさせていただけないでしょうか」

「ええ、そう言ってくださると思っていました」


 カノンもダグラスが本気で手助けしたいと考えているとは思っていない。

 狙いがあって、申し出たのだとわかっている。

 だが、それでも彼はダグラスの申し出を快く受け入れた。

 過去の所業を償うための機会は与えてやるべきだろう。

 共にゼランへ行く事で、彼の魂を救う事ができるのかもしれないと思ったからだった。

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