第3話 おかしな男との出会い 3
ケニーはダグラスのような新人の事を覚えているところなどから、本来は周囲に気を回せるいい男なのだろうとわかる。
だが、ナタリアにいいところを見せようとして、ケニーは却って評価を落とす行動を見せてしまっていた。
彼女が呆れていたのは“こういうところがなければいい男なのになぁ”という思いの表れの可能性が高い。
カノンは蹴り飛ばされて、のたうち回っている間に“若い男女が二人だけで一緒に行動している理由とは?”という事を考え、そこからこの答えを導き出していたのだった。
もし“パーティーを組んでいるだけで、異性として意識していない”と返されたら“相性がピッタリなのにもったいない”などと言って誤魔化していただろう。
そう、彼に神としての力は、
今の彼にあるのは、過去に身に付けた知識と経験のみだ。
それだけで、彼はケニー達の関係を見抜いていた。
(しかし、この程度で信じるか普通? 誤魔化せる程度の事しか言っていないというのに。やっぱり、この世界の文化レベルは低そうだな)
カノンは心の中でほくそ笑む。
この世界の住人が、良くも悪くも純朴な者ばかりだからだ。
これなら、この世界を任されるのも悪くはない。
心が汚れきったものの相手など、
(でも、それがいい。救い甲斐のあるほうがやる気も出るってもんだ)
カノンがこう思ってしまうのは、過去の出来事が原因だった。
彼はどこにでもいるような人間だった。
だが、大学卒業後に“自分は人を救う立場なのだ”という思いに目覚め――
「俺は新世界の神になる」
――と家族に言い残し、大阪へと引っ越して新興宗教を立ち上げた男だった。
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カノンの口先に騙されたケニーとナタリアだったが、ダグラスは違った。
(そうか、こいつは人を騙す事に慣れているんだ。悪意も何も感じないくらいに)
一度、カノンに騙されかけたからこそわかった。
理屈ではない。
直感で“こいつは嘘つきだ”と、カノンの事を疑い始める。
最初にカノンのうさんくささを指摘したケニーが騙された理由も、彼は理解した。
自分しか知らないような事を当てられれば、酷く動揺してしまう。
そうなると、相手が全てを見抜いているかのような錯覚をしてしまうからだと。
ケニーもナタリアへの思いを当てられて動揺してしまったのだろう。
だが、ダグラスは一度冷静になれたから“カノンが信用できない奴だ”と思う事ができた。
そんなダグラスの様子を見てか、カノンは自分が疑われている事を察した。
「あなたは私の事を疑っているみたいですね。残念です」
口では残念だと言っているが、どこか余裕のある態度がまるで“まぁ、仕方ない。次だ、次”とでも言っているかのように見えた。
そういった彼の態度が、嘘に慣れているという事をダグラスに確信させる。
「いやぁ、こいつはすげぇぜ。何者かはわからねぇが、力を持っているのは確かだ。蹴り飛ばしたりして悪かったな。それでなんだって? 世界を救うとか言ってたけど、何か方法があるのか?」
自分の事を言い当てられたため、カノンの事を信じてしまったケニーが先ほどの事を尋ねる。
世界を救うというのが本当ならば、是非とも手伝いたいと思ったからだ。
カノンは“よく聞いてくれた”という表情を浮かべる。
「この世界に五か所ある神の領域と呼ばれる場所。その一つが、近くのゼランという街にあるはずです。そこへ連れて行ってほしいのです。それで、この世界に起きている混乱は終わるでしょう」
そう言うと、彼は何もない空間を人差し指でなぞるような動きをする。
すると、書かれている文字を読んでいるかのように、何もないところで目を動かし始めた。
これにはダグラスだけではなく、彼の事を信じ始めたケニーも奇妙なものを見る目を向けてしまう。
「サンクチュアリと呼ばれる場所ですね」
「あ、あぁ……。光のヴェールで覆われた丘がある。だが、あそこに人間は入れないぞ」
「私は神になるべく送られた者なので大丈夫です。中に入れます」
カノンが自信満々に答える。
しかし、ダグラスやケニーには疑問しか浮かばない答えだった。
「神になるといっても、すでにタイラー様がいます。タイラー様がおられる限り、あなたは神になる事はないでしょう」
ダグラスは頭に浮かんだ疑問を口にする。
ケニーもうなずいて、ダグラスの意見に同意を示す。
――ジョージ・タイラー。
それが、このシンという世界で信仰されている神の名前だ。
すでに神がいるのだから、新しく神になる事などできないはずだ。
もし、タイラーを押しのけて神になろうとしているのであれば、そのような者の手助けはできない。
不思議な力を持っていようが、カノンの申し出を断るしかなかった。
だが、カノンには神になろうとするだけの理由がある。
そして、それは彼らが心配している事を吹き飛ばすような理由だった。
「ああ、
「えっ!」
ダグラスとケニー、そして聞き耳を立てていたナタリアの驚きの声が上がる。
――神がこの世界を見捨てた。
例え嘘でも聞き捨てならない言葉だったからだ。
「いくら嘘でも酷すぎるでしょう」
「そうだ。神が俺達を見捨てて、この世界を去るはずがない」
「そうよ。嘘を吐くにも内容を考えなさい」
そのため、口々にカノンの言葉を否定する。
仮に事実だったとしても、そんな事実は信じたくはなかった。
――神に見捨てられたとしても、神が人々を見捨てるほどの悪行とはいったい何なのか?
それがわからない以上、簡単に認めるわけにはいかなかった。
「タイラさんが去った理由は簡単です。人々が神への信仰を忘れてしまったからですよ」
その疑問を感じ取ったのだろう。
カノンが理由を説明する。
「信仰心を忘れてなんていないぞ。今でも神に祈りを捧げたりしている。なぁ、ナタリア」
「冒険者は命を失う事もある危険な職業だもの。無事に帰ってこれますようにと、普段から教会で神に祈りを捧げているわ。司祭の話だってちゃんと聞いているもの」
ケニーとナタリアが、すぐさま否定する。
彼らは信仰を忘れてなどいなかった。
命が懸っているからこそ、誰よりも神への信仰を持っているつもりだった。
しかし、カノンが彼らの言葉を否定するようにかぶりを振る。
「それではいけないのです。神は人々の信仰心が力になります。あなた方が崇めているのは教会にある像であったり、神の教えを説く司祭になってしまっているのです。わかりやすい崇拝対象に信仰が向かうのは仕方ないでしょう。しかし、日に日に信仰を失っていく事に嫌気が差し、タイラさんがこの世界から去ってしまったというのも、これもまた仕方のない事なのですよ」
カノンの言葉に二人が首をかしげる。
ここでダグラスが何かわかったような気がしたので質問する。
「敬う思いが司祭様達で止まって、神様にまで届いていないという事ですか?」
「その通りです」
我が意を得たり、とカノンが微笑む。
だが、ダグラスにはまだ疑問があった。
「でも、神様がそれくらいでみんなを見捨てるなんて……」
「神は人々に奉仕する奴隷ではありません。この世界をそこに住む人々と共に作り上げてきたからこそ、これまでずっと見守っておられたのです。ですが、人々は神への感謝を忘れてしまった。自分達が世界を作り上げたと慢心した。その事に関してタイラさんは寂しさで心を痛めておられたそうですよ。『もう自分は必要されていないのか』と。この世界を管理していたのはタイラさんです。彼が去った事で世界の管理に支障が生じてしまった事は、皆さんもよくご存知でしょう」
カノンの言葉には、不思議な説得力があった。
事実、この世界はおかしくなっている。
だが、それだけではない。
声の抑揚や言葉に籠められた感情には、本当の事だと信じ込ませる力があった。
「そもそも、タイラーではなくタイラです。名前すら間違って覚えられているのでは、嫌気が差すのも当然でしょう。あなた方は気付いていなかったようですが」
「えっ、他の司祭様はタイラー様だって言っていたぞ」
ケニーとナタリアが顔を見合わせる。
神の名前は聖職に就く者から聞いた事だ。
間違っているはずがない。
「きっと長い年月が過ぎたせいですね。神の名をタイラではなく、タイラーなのだと思った者がいたのでしょう。ジョージにタイラー。その方が自然な名前に感じられると思われて、自然と呼び名も変わっていったのだと思います。訂正すればいいのですが、タイラさんは必要以上に干渉する事を嫌い、注意する事なくそのまま見守っていました。ですが、それが失敗だったようですね。結局、間違った名前が世界に広まってしまいました」
そんな彼らの考えを、カノンが否定する。
平常であれば、その言葉を即座に否定していただろう。
だが、今は魔法がおかしくなるなど、異常が起きている。
“本当に神がこの世界を去ってしまったのではないか?”と、つい信じてしまいたくなる状況だ。
ケニーとナタリアには、カノンの言葉が本物のように感じられていた。
「神に見捨てられた危機的状況だからこそ、私がこの世界に来たのです。ご安心ください。私が神の領域に到着すれば、すべて元通りです。今まで通りの……。いえ、今までよりもより良い暮らしになるように努力する事を約束致しましょう」
二人が不安を感じていると見たカノンが、すぐさま彼らを安心させる言葉をかける。
ナタリアはまだ不安そうな顔をしていたが、ケニーはホッとした表情を見せた。
彼らの表情を見て、カノンはほくそ笑む。
上手く連れて行ってくれる流れになりそうだったからだ。
――だが、カノンの思い通りには進まなかった。
「不思議なんですけど、そもそもなんであなたがタイラー様の代わりなんですか? 立派な服装をされているからといって、神の代理人である証拠にはなりませんよね? 何か証明できるものがあるんですか?」
唯一、動揺から立ち直っていたダグラスが、カノンに“証拠を出せ”と疑い深い目をしていた。
カノンは、まずは彼を信じさせねばならない事を察する。
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