第2話 おかしな男との出会い 2

 ――頭のおかしい男と、彼に絡まれた可哀想な男。


 二人は、テーブルで向かい合って座っている。

 ダグラスが許可を出す前に、勝手に正面に座られてしまったからだ。


(早くどこかに行けよ……)


 ダグラスは迷惑極まりないといった表情を隠そうともしなかった。

 だが、嫌がっているのがわかっているはずなのに、カノンと名乗った男は薄気味悪い笑いを浮かべて、まったく気にしていない様子だった。


「さて、少年よ。君の名は……、ダグラスでいいかな?」


 名乗った覚えはないのに、ダグラスの名前をカノンはズバリと言い当てた。

 驚きのあまり、ダグラスは息が止まってしまいそうになる。


「どこで名前を!」

「フフフッ、言ったはずですよ。私はこの世界の神になる男だと。あなたの名前くらい見ればわかります。さて、あなたには仕事に関しての悩みがありますね」

「なぜ……、それを!?」


 ダグラスは続けて驚かされる。

 確かに仕事に関しての悩みは抱えていた。

“すべて見抜いているぞ”言わんとばかりに、カノンは笑みを深めた。


 死体の片付けばかりというのも困りものだが、実は仕事の支払いも渋い。

 これはギルド側の事情によるものだった。

 新人は仕事を放棄して、そのままどこかに行ってしまう事も多い。

 これは魔物と戦ったりする事に夢を見ているからだ。

 華麗に戦って格好いい自分の姿を想像していたはずが、実際のところ新人は雑用ばかり。


 ――冒険者にうんざりして故郷に帰るか。

 ――こっそり新人同士で集まって魔物を狩りに行き、そのまま帰ってこなくなるか。


 大体が、そのどちらかだ。

 当然、人員を派遣してもらう予定だった依頼者は、ギルドに苦情を入れて違約金を支払わせる。

 新人の報酬が少ないのは、仕事を紹介できる信用が作られるまでの間だけ。

 仕事を放り出した時の保険として仲介手数料を多く徴収している。

 そのせいで、新人の冒険者が受け取る報酬が少なくなってしまっている。


 ――信用を失ったのは過去の新人達の責任である。


 真面目に働いているダグラスは、仕事の報酬が少ない事を不満に思っていた。

 彼は、その事を見事に見抜いたカノンの事を“ただ者ではない”と思い始める。


 カノンは“ん~”と唸りながら、自分のこめかみに指を当てて何かを考えている。

 そして、ひらめきを感じたと言わんばかりに、パチンと指を鳴らした。 


「それだけではありませんね。あなたは今の仕事だけではなく、過去にも悩みがある。違いますか?」

「そ、その通りです……」


 誰にも話していない自分の過去の事まで言い当てた。

 ダグラスは、だんだんと“本当に神様なのではないか?”と思い始める。


(食事をしている場合じゃないのかもしれない……)


 もし本当に、目の前の男が神になるのだったら大変な事だ。

 失礼な事を考えていたのもバレてしまっているだろう。

 だが、そんな事はおくびにも出さない。

 心を読む能力を持っているだけではない。

 心の広さも大きなものを持っているのではないかと思えてきた。

“神様じゃなくても、神のようなお方なのでは?”という考えに変わり始める。


「グヘェッ」


 食事をどうするか迷っていると、正面からカエルが潰れた時のような声が聞こえた。

 皿から顔を上げると、椅子に座っていたカノンが視界から消え、代わりにレザーアーマーを着た大男が立っていた。


「てめぇ、適当な事を抜かしてんじゃねぇぞ! 新人を食い物になんてさせねぇ!」

「やめときなよ、ケニー」


 カノンを蹴り飛ばした男に対し、ナタリアが呆れたような表情をしながら止める。

 だが、ケニーは気にしなかった。


「こういう馬鹿は蹴り飛ばしてもいいんだよ。むしろ、体で覚えさせなきゃいけねぇんだ!」


 彼の言葉の通り、カノンは床に椅子と共に転がっていた。

 どうやら横から蹴り飛ばされたらしい。

 わき腹を手でおさえて悶え苦しんでいる。


「あの――」

「礼はいらねぇ。真面目に働いてる新人を守るのは先輩の役目だからな」

「どうせ素通りされて腹が立ったとかでしょう。もう」

「そっ、そんな事ねぇよ!」


“どうして蹴り飛ばしたんですか?”と聞こうとしたのだが、そんな質問はどうでもよくなった。


 二人とも、この街に来て日が浅いダグラスでも知っているベテラン冒険者だ。

 彼らの他にもパーティーメンバーがいたが、魔法の暴発で死んでしまったらしい。

 それ以来、二人で行動しているようだ。


 ダグラスが彼らの事をなぜ知っているかというと、少し憧れていたからだ。

 冒険者には、大きく分けて二つのタイプがいる。


 ――ダグラスのような日雇い労働者タイプと、ケニー達のような傭兵タイプである。


 日雇い労働者タイプは、主に戦闘以外の仕事を請け負う。

 このタイプには単純労働しかできない者が多い。

 だが、仕事を覚えていくにつれて、できる事を増やして商会などに正規雇用される者もいる。

 仕事はしたいが何ができるかわからないという出稼ぎ労働者が、とりあえず登録しておくという感じだった。

 自分に合う仕事を見つけ、そこからステップアップしていくための冒険者である。


 一方の傭兵タイプは、やはり冒険者の花形といえる。


 ――魔物達と戦い、高額の報酬を得る。

 ――護衛などを行い、実績を積み重ねて仕官の道を切り開く。


 危険と引き換えに、富と名声を手に入れようとする者達だ。

 特に魔法が使えなくなってからは、彼らのように魔法を使わずに戦える者は貴重となっている。

 目立たないように生きようとしているダグラスには、彼らは雲の上の存在である。

 そんな彼らに、しがない新人である自分の存在を覚えてもらっていた。


 ――表の世界でも、真面目に仕事をしていれば評価してもらえるようになった。


 ダグラスは、その事がたまらなく嬉しかった。

 カノンの事など、どうでもいいと思ってしまうくらいに。


「この野郎……。何しやがる! ヒットポイント残り3って死ぬ寸前じゃねぇか!」


 まだ痛いのだろう。

 顔を歪めながらカノンが立ち上がる。

 だが強く蹴られた割には怪我もなく、元気に見えた。

 彼は自分を蹴り飛ばしたケニーを睨みつけていた。


「殺してはいないからいいだろう」


 ケニーは腕を組んで強く睨み返す。

 その視線は、カノンが顔面蒼白になるくらい迫力のあるものだった。

 彼は体を震わせながら、視線をケニーから逸らす。


「どうした、詐欺野郎。あっさり本性が出ているぞ」


 ――カノンが丁寧な言葉遣いから、荒い言葉遣いに変わった。


 その事をケニーが指摘すると、カノンはハッとした表情をする。

 彼は一度目を閉じて深呼吸すると、薄ら笑いを浮かべる。


「いきなり蹴られてしまいましたので驚いてしまっただけですよ。人は過ちを犯す生き物です。あなたの罪を許しましょう」

「ありがとよ。でも、お前の罪は許さねぇからな」

「私の罪ですか?」


 カノンの表情が、きょとんとした表情に変わった。

 本当に何もわからないといった様子である。

 ダグラスも同じくわからなかった。

 ケニーが何を言うのかを黙って見守る。


「こいつを騙そうとしていただろう。お前が言っていた事くらい、誰でもわかってる事なんだよ。こんな若ぇ奴が冒険者になるなんて、何か事情があるに決まってるだろ。親父さんが病気や怪我で働けなくなったとか、家族と喧嘩して家出してきたたとかな。仕事の事だってそうだ。冒険者になったばっかりの頃は不安や悩みがあるもんだ。誰にだってわかるような事をしたり顔で言ってんじゃねぇよ。どうせ、新人をたぶらかして食い物にしようとでも思ったんだろ」


(新人の冒険者にはよくある話なのか。それもそうか。こいつは何も具体的な事は言っていない。俺の過去なんて知るはずがないんだ。……どうやらこいつの現れ方に驚いて動揺していたようだな)


 ケニーの言葉は、ダグラスにも納得のできるものだった。

 動揺は収まり、落ち着く事ができた。

 カノンの言葉を信じそうになったが、一転して怪しむようになる。


 だが、ペテンを言い当てられたカノンが余裕の表情を見せているのが気になった。

 彼はまた両手の親指と人差し指で枠を作り、その枠を通してケニーとナタリアを見る。


「なるほど、ケニーさんとナタリアさんですか」

「それがどうした」


 名前を言い当てられても、ケニーは動じなかった。

 先ほどナタリアが名前を呼んだという事もあるが、自分たちの名前は冒険者ギルドにいる者なら、ほとんどが知っているとわかっているからだ。


「私はすべてを理解していますよ。その証明をしましょう」

「やれるもんならやってみろ!」

「ケニーさん、あなたはナタリアさんに格好いいところを見せようと思っている。ですが、それが空回りしているという事に気付いていませんね。彼女は強い男が好きであったとしても、粗暴な男が好きなわけではありませんよ」

「えっ、そうなのか?」


 ケニーがナタリアの方を振り向いた。

 それが実質的にカノンの言葉が正しかったと証明する事となった。


「そりゃまぁ、ね。強い男が暴力を振るう姿が好きって子もいるだろうけど、私はあんまりかな」

「そんな……」


 頬を掻きながら答えるナタリアに、ケニーは絶望したという表情を見せる。

 これまでの行為が、すべて裏目に出てしまっていたという事だからだ。


「あなたのやっていた事は、却ってナタリアさんの心が離れていく行為でした。もう少し自重していれば、今よりもっと深い仲になっていたでしょう。彼女もあなたの好意に気付いていたものの、暴力的な姿を見せるせいで最後の一歩が踏み込めなかったんですよ」


 ショックを受けているケニーに、カノンが追い打ちをかける。

 だが、ケニーを突き落とすだけではない。

 彼に寄り添うように隣に立ち、肩に優しく手を置いた。


「あなたの行いは間違っていました。ですが、その過ちに今気付けましたね。世の中には、いつまでも過ちに気付けない人もいます。今からでも遅くはありません。今こそ間違いを正す時なのです。さぁ、これからは暴力的な振る舞いをやめ、話の通じる相手には対話による解決を目指しましょう。そうすれば、想い人と新たな関係を作り上げるチャンスが訪れるでしょう」

「……そうするべきなのかもしれないが」


 ケニーがチラリとナタリアの顔色を窺う。

 彼女は、やれやれと言いたそうな感じで肩をすくめた。


「粗暴なところを直してくれるんなら……ね」

「そ、それってチャンスがあるって事だよな!」


 ――ナタリアの方も、少なからず自分の事を想ってくれている。


 その事が判明した瞬間であった。

 ケニーは今すぐ抱き着きたい気分だったが、まだ恋人になったわけではない。

 ここはグッと我慢する。

 代わりにカノンに話しかけて気分を紛らわせる事にする。


「あんた、すげぇな。これが司祭の力ってやつか」

「いいえ、それは違います。ただ少し、あなたの進むべき道を示しただけです。言ったはずですよ。私はこの世界の神になる者だと。このくらいはお見通しなのですよ」


 カノンはニヤリと笑った。

 彼は嘘を言っていない。

 ただし、これは神の力ではない。

 彼個人の力によって見抜いたものだった。


 カノンが椅子に座り直すと、ケニーも同じテーブルの席に着く。

 単純なところのあるケニーはカノンの事を信じ始めていた。

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