お前が神になるのかよ!
nama
第一章 おかしな男の降臨編
第1話 おかしな男との出会い 1
シンと呼ばれる世界があった。
ある日、その世界で異変が起きた。
太陽の明かりが一度消え、世界が漆黒の闇に包まれる。
異変は短時間だったが、それは天変地異の前触れだと人々は恐れ始めた。
――その恐れは正しかった。
異変が起きて以降、火の魔法を使って薪に火をつけようとすれば、使用者の体の内部から水が溢れ出して体を破裂させる。
明かりの魔法を使えば、底が見えないほど深い穴が出現して術者を大地に飲み込んだ。
――望んだ結果とは違う魔法の現象と効力。
人々は魔法を使う事を恐れ、やがて使わなくなっていった。
しかし、それでも「自分なら魔法をちゃんと使える」と思った者が、魔法を使う事に挑戦し続ける。
当然、それが上手くいく事はなく、悲惨な結果となってしまっていた。
この異変に人々は「我らは神に見放されたのだ」と嘆き始める。
――彼らの嘆きは正しかった。
この世界に住む人々に失望した神が、この世界を去ってしまっていたのだ。
だが、嘆くのはまだ早い。
見捨てたのはこの世界の神だけである。
神を総べる大神は、シンに生きる者達を見捨ててはいなかった。
とはいえ、他の世界への干渉は最低限にしなくてはならない。
そこで、新たにこの世界の神となる候補者を送る事にした。
問題があるとすれば、
候補者の意欲は買っても、資質までは見ていなかった。
シンに神の候補者を送ったのは親切心によるものか。
それとも、ただ面白いものを見たかっただけなのか。
神とはいたずらは、時として残酷なものになってしまう。
シンに住む者に、神の御心を理解する機会は与えられなかった。
与えられたのは、ただ一つ。
神の候補者だけである。
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(今日の仕事は、さすがに疲れたな……)
ダグラスという少年が、リデルという街の冒険者ギルドの受付で一人黄昏ていた。
すべては三日前の異変が原因である。
昼間なのに空が暗転したあと、しばらくして明るくなった。
あの日から、この世界はおかしくなってしまった。
その一件以来、魔法の理が狂ってしまったのだ。
魔法を使ったものは、おかしくなった魔法のせいで大体が死んでしまう。
笑い話で済むような軽いものもあるが、命に関わるような危険な効果が発動する事の方が多い。
それは「私は神の敬虔な信者だ」と吹聴する司祭達も同じだった。
おかしくなった魔法の理は、敬虔な信者かどうかなど関係なく牙を剥く。
魔法の使用にチャレンジした者達の死体を片づける仕事が、ダグラスのような新米冒険者に回されていた。
「魔物と戦う前に、血に慣れておけ」というギルド側の配慮でもある。
(とんでもない時期に冒険者になっちまったなぁ……)
彼は二か月前に冒険者になったばかりだ。
それも何かを夢見てなったわけではない。
他国から移り住んできたばかりなので、生活基盤を作るために冒険者として働いているだけだった。
新人にも十分な仕事があるのは嬉しい事だったが、経験を積むためにもう少し楽な雑用の仕事からやっていきたかったと彼は思っていた。
受付で報酬を受け取ると、ダグラスは併設の食堂に向かう。
“仕事終わりに、すぐにでも一杯飲みたい”という需要に応えるための食堂だったが、彼は酒に興味はなかった。
ただ栄養を取るための食事を済ませるためである。
食事にこだわりはないが、席にはこだわりがあった。
(安全なところは……、あそこか)
ダグラスが選んだのは、奥でも手前でもない半端な場所だった。
一番奥、建物の角の席には、いつも見かける屈強な男がいた。
彼はいつも周囲を睨んでいる。
だから、他の者達は絡まれるのを恐れて近付かない。
だが、ダグラスだけには違って見えていた。
(あいつ
ダグラスは、かつて暗殺者だった。
仕えていた貴族が政変で族滅となり、ダグラスは遠くの地で新しい生活を始めていた。
追っ手を恐れる気持ちは壁際の男と同じ。
あの男が怪しい動きをする者がいないか警戒してくれるのは助かる。
そして、入り口に近い手前側。
そこには、ケニーとナタリアというコンビがいた。
二人は、この街で名の知れたパーティーである。
この街の冒険者ギルドの顔だからこそ、入り口付近の席に案内されていたのだ。
だから、彼らに挨拶するため人の足が止まる。
その時、ダグラスには来訪者の顔や立ち振る舞いを確認する時間的余裕が生まれる。
それだけではない。
武器を振りかざして襲い掛かってくる者がいても、きっと驚いた彼らが止めに入るだろう。
ダグラスにとって、奥でも手前でもない、中央の席が安全だった。
注文をしたあと、彼はほんの二か月前を懐かしむ。
荷役などの仕事ばかりで、血生臭い事とは無縁だったからだ。
彼は平凡な人生を求めて、この国にやってきた。
仕事があるとはいえ、今のような血生臭い仕事を求めてなどいない。
以前のような仕事に戻る日が来ると信じて、このまま仕事を続けるしかない。
――だが、そんな彼の人生を大きく狂わす男と、意外な形で出くわす事となった。
最初は何気なく視線を向けただけだった。
だが、冒険者ギルドに似つかわしくない男の姿は、あまりにも悪目立ちしていた。
(あそこにあんな派手な奴はいなかったはずだ! いつの間に現れたんだ!?)
――純白の司祭服を着た黒髪の若い男。
服には金や銀の刺繍が施され、かなり高位の司祭のように見える。
だが、ダグラスが疑問に思ったのは“あんなに立派な格好をした人物がどうしてここに?”というものではなかった。
“あんなに目立つ男がギルドの中に入ってきたら絶対に目立つ。なのに、なぜ気付けなかったのか。なぜ他の誰も反応しなかっただろうのか?”というものだった。
まるで、
それは、他の者たちも同じだったらしい。
ギルドの中のざわめきが収まり、突然姿を現した男に皆の視線が集まる。
周囲の視線に気付いたからか、男は笑みを浮かべた。
そして、彼は大きな声で周囲に語りかける。
「我が名は
この言葉を聞き、皆が――彼をスルーした。
誰もが触れない方がいいタイプだと判断したようだ。
ダグラスも彼から視線を外し、運ばれたばかりの豆のスープを口に運ぶ。
(可哀想に……。あいつも頭がおかしくなってしまったんだろう……)
ダグラスは、彼の事を憐れむ。
魔法がまともに使えなくなったせいで、教会関係者にも多くの被害が出ている事はよく知っている。
特に教会関係者には、おかしくなってしまった者も多い。
神の事を誰よりも信じていたのに、彼らが使う魔法までも暴発してしまうようになっていた。
日頃から信仰心を説いていただけに“神に見捨てられた”というショックも大きかったらしい。
“普段は寄付金を取っておいて、こんな大事な時になんの役にも立たないのか!”という非難にも、かなり心を痛めているそうだ。
カノンと名乗った男も、辛い現実に直面して頭がおかしくなってしまったのだろう。
彼に憐れみを覚えたものの、ダグラスは馬鹿にして笑う気分にはなれなかった。
黙って食事を続ける。
(質素ではあるものの、腹は満たせる。どうせ味なんてわからないし、俺にはこれで十分だ)
昔の仕事は実入りはよかったが、人に誇れるような仕事ではなかった。
今は死体運びと清掃作業がメインとはいえ、人目をはばかるような仕事ではない。
真っ当な仕事で得た報酬で食べる食事は、味のわからないダグラスにも美味しいもののように感じられた。
(早く魔法が元通りになればいいのにな。そうしないと、おちおち病気にもなれやしない)
異変前なら治療薬を買えるだけの金額は持っていたのだが、価格高騰の煽りを受けて薬をまだ買えないでいる。
これも魔法が使えなくなったせいだ。
魔法の代わりに薬を買い求める者が一気に増えてしまい、薬の価格が跳ね上がってしまっていた。
日に日に高くなっているので、薬を買えるのがいつになるかわかったものではない。
(魔法を使えるなら、魔法で治してもらうっていう方法もあったのになぁ……。まったく、住みにくい時代になったもんだ。んっ? あいつ、何をしているんだ?)
ダグラスは、スズキ・カノンと名乗った男がおかしな仕草をしている事に気付いた。
だが、おかしな男なので視線を合わさないよう、視界の端に捕らえるだけである。
彼は両手の親指と人差し指で四角い枠を作り、その枠を通して周囲の人物を覗き見ている。
かつて絵師が似たような動きをしていたが、この場にはそぐわない。
今まで以上に関わりたくないと思ってしまうほど奇妙な動きだ。
彼の周囲にいる者達も気味悪そうにして距離を取っている。
ダグラスも関わりたくはなかった。
だが、自分が覗き見られる番になると、自分の奥深くを覗きこまれるような得体のしれない不快感を覚える。
彼はしばらくダグラスの事をジッと見ると、笑みを浮かべて近づいてきた。
その瞬間、彼は背中に冷たいものを感じた。
それは、彼に目を付けられたという恐怖だった。
(しまった! 嘘だろ、来るな。来ないでくれ……。神様! 俺が何をした!)
ダグラスは神に祈る。
こんなおかしな男と関わり合いになりたくなかった。
ケニー達に用事があるのだと自分に言い聞かせる。
だが、おかしな男は、ケニーやナタリアのテーブルを素通りし、ダグラスの座るテーブルの方に近寄ってきている。
どう考えても自分に話しかけようとしているのがわかる。
今すぐこの場を離れるべきだと思っているが、ここで逃げ出せば周囲に怪しまれる。
彼が近づいてくるのがわかっているのに、くるなと願い続ける事しかできなかった。
テーブルの近くまで来ると、男が話しかけてくる。
「少年よ。君は悩みを抱えているな」
「えぇ、まぁ……」
(今、お前に話しかけられている事だけどな!)
――神は救いの手を差し伸べてはくれなかった。
それどころか、神に見放されてしまったような気分になる。
神に救われる代わりに“自分が神になる”という頭のおかしな男に話しかけられるという、最悪の事態に陥ってしまった。
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