第10章 影
月が、雲に隠れた。
一瞬、辺りは濃い闇になり素早く影が動いた。
「キーン」という音と共に人の倒れる鈍い音がした。
続いて、何度も同じような音が繰り返された。
雲が流れ月が顔を出すと、そこここに黒い死体がころがっていた。
定康と和正は、それぞれ刀を出して構えている。
あやめとかえでも小刀を構え、男達をかばうようにして立っている。
「裏切ったな、あやめ、かえで・・・」
首領の声が闇に響いている。
いつの間にか回りは闇の中で、かすかにしか見えない多勢の黒い人影に囲まれていた。
「お館様・・・」
あやめが、せつない表情で声をしぼり出した。
「言うな!何を言ってももう遅い。お前の父、母は国で裁かれるであろう・・・。四人とも、地獄に墜ちるがよい」
首領の合図で、一斉に手利剣が放たれた。
その時、二つの影が四人をかばうように飛び出してきた。
「うぐぅ・・・」
鈍い音と共に、二つの影は崩れ落ちた。
あやめが一人を抱き起こすと、影はしぼりだすように言った。
「あ、あや・・め。
私達の・・・事はいい・・・・から。
今まで・・・たのしかっ・・・」
母であった。
あやめとかえでの顔を見ると、微笑むようにして息をひきとった。
【かーさま!】
あやめとかえでは、同時に叫んでいた。
すると、もう一つの影が立ち上がったかと思うと、一瞬振り向き、顔を見せてニヤッと笑い首領の方に飛び込んでいった。
轟音が鳴ったかと思うと閃光が走り、そこにいた数人の影が吹き飛ばされていった。
【とーさまー・・・!】
かえでとあやめが叫ぶ中、定康と和正は素早く回りの影達を斬っていった。
爆発で片手がもげた首領は、それでもひるまず部下達を叱咤している。
そして、懐から短筒を取り出して定康に向けた。
すると、回りから無数の手利剣が飛んできた。
「うぎゃー・・・」
断末魔と共に、首領は崩れるように倒れ込んだ。
別の集団の影が、次々と元いた影をけしていった。
一瞬の静けさが辺りを支配すると、カチッという音と共に松明が点けられた。
眩しさにくらんだ目をこじ開けて見ると、そこにがっしりとした男が立っていた。
その後ろから、見慣れた顔が現れた。
左近であった。
「父上・・・」
和正は驚きの声をあげて立ちすくんでいる。
「若・・・ご無事でしたか?」
左近は定康の肩を両手でつかむと、安心したように言った。
「何もかも剣持の陰謀でした・・・。怪しいと思いまして、我が藩の隠密のこの判蔵に調べさせましたら、やはり中戸藩主との企みとわかりました。今頃、国許では剣持の刑が執行されていることでしょう」
襲ってきた首領達は中戸藩の忍者達であった。
剣持はそれらと結び定康達を亡きものとし、やがては松島藩を乗っ取る腹積もりでいたらしい。
あやめとかえでをさらったのも、剣持の陰謀であった。
いずれ人質として藩主を脅そうと企んでいたのだが、今回は一石二鳥とばかりに定康達を襲わせたのであるが、結局裏目に出てしまったという訳である。
一通り死体の検分を済ますと、左近はかえでとあやめを見つめて言った。
「この者達も同じ仲間であろう。
今ここで、処分しなくては・・・」
左近は刀のつかに手をかけた。
二人は固唾を飲んで怯え、寄り添っている。
「まあ、待て、左近・・・」
定康は左近を制して刀を取り出すと、ゆっくりと振りかぶった。
かえでが悲しい瞳を向けている。
あやめは覚悟を決め、定康をキッと睨み付けている。
月の光りを反射させて、刀が二度闇の中で舞った。
かえでとあやめの肩先の着物が、ぱっくりと口をあけた。
闇の中で、ボーッとかえでとあやめの模様が浮き出ている。
「おお・・・そ、その模様は・・・?」
左近は驚いて女達に近づくと、じっと目をこらして見つめた。
そして自分の肩もめくりだすと、同じ模様を闇に浮かび上がらせた。
あやめとかえでは何が起こったかよくわからず、呆然と見つめ合っている。
「も、もしや、お前は静香・・・か。
あなたは、ひ、姫様・・・おおっ・・・」
左近は二人の腕をとると、その場で泣き崩れてしまった。
定康と和正は、微笑みをうかべてその光景を見ている。
月が二人を大きくうつしている。
風が一つ、走った。
川のせせらぎが、左近のむせび泣きと重なるように闇にこだましている。
あやめとかえでは、ただじっと愛する男達を見つめていた。
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