第8章 春

「春じゃー、春じゃ。

 おほーい、春じゃー・・・」 


峠を越えると、山のふもとには一面の花が咲く野原があった。


定康はかえでの手を握り、子供のようにはしゃいで走り回っている。

かえでも、うれしそうに男に身をあずけて微笑んでいる。


和正は腕枕をして、草むらに寝そべりながら見つめている。

あやめはその隣に座り、少し微笑みながら見た後、和正の方を恥ずかしそうに見つめた。


何かしら幸せな気分であった。

こうして、四人で旅を始めて三日が過ぎた。


その間何度か密書を奪い、男達を殺そうと思うのだが隙だらけに見えて、肝心な時には殺気を漂わす男達に手を出せないでいた。


いや、そうではない。

うすうす、自分でもわかっていた。


この男達を好きになってしまっているのだ。

できれば忍者の掟など捨てて、この男達についていきたい。


でも、それはできない事であった。

裏切れば、父と母が殺されるのであった。


それに抜け忍の追求は厳しい。 

逃げ通せるわけはないのであった。


複雑な想いを胸に秘めて、それでも今だけでも、この幸せに浸っていたいと思うあやめであった。


「せつ殿・・・」

和正の声に我に返ったあやめは、振り向くと熱い視線を感じて頬を染めた。


「はい、何でしょうか・・・?」

和正は愛しく見つめ、切なそうに言った。


「明日、京に入る。これでお別れだ。あなた方を、おじさんのところまで送っていきたいが大事な任務があるんだ」


男の言葉に、悲しそうな目をして答えた。


「わかっております。色々とありがとうございました。楽しい旅でした。」

目を伏せた長いまつ毛が、和正の心を手繰り寄せる。


二匹の蝶が、二人の回りをまっている。

向こうの方では定康とかえでが、楽しそうにはしゃぎまわっている。


明日、京に入る。

今夜しかないと、あやめは思う。


四人が一緒にいられる、最後の夜であった。


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