第7章  合図

「奴らは・・・スケベじゃ」

長い白髪を肩まで垂らし、大きな目をさらに開いて無気味に男が言った。


「スケベ・・・?」

あやめとかえでは同時に言葉を口にした。

 

男はニヤリと笑い、又同じ言葉を繰り返した。 


「そうじゃ、どスケベ・・・・ムッツリスケベと脳天気スケベじゃ。手配の者が調べたところ城下でも有名なヤリチンじゃそうな」 


(ヤリ、チン・・・?)

あやめは言葉の意味を悟って、顔を真っ赤にしている。


かえではキョトンとした顔をして、男を見ている。

二人の反応を楽しむように見ていた男は、さらに話を続けた。


「とにかく・・・だ。お前達の美しさを武器にして二人から密書を奪い、そして殺すのだ。それがお前達の使命だ。わかったな?」


忍者にとって首領の命令は絶対であった。

二人は人相書きと金を渡されると、すぐに出発していった。


夕暮れから闇に変わる山を下りながら、かえでが言った。


「とー様や、かー様に、挨拶したかったなぁ・・・」

 

あやめはそれに答えず、黙々と走っている。

二人にとって、初めての単独の任務であった。


しかも、殺しもあるという。

いくら訓練を重ねているとはいえ、女二人でできるのであろうか。


京に入れば、仲間が加勢すると言われたが。 


あやめは不安を胸いっぱいに走っている。

首領の言葉が頭の中をかけ巡っている。


(スケベ・・・ヤリチン・・・)


※※※※※※※※※※※※※※※

 

「名前は何と申す?」

「おりょう、でございます」


「おりょうちゃんか。かわいー名前じゃ」 

二人を眺めながら、あやめはあきれている。


(本当にスケベね・・・。

 色じかけでせまれって言われたけど、簡単過ぎるわ)


「まったく、若にも困ったものじゃ・・・」

 

和正があやめの気持ちを、見透かすように言うと少し頬を染めた。

なぜかこの青年に見つめられると、胸がドキドキする。


(でも、この人もむっつり・・・ 

 だ、そーだし・・・) 


あやめはそう思いつつも、何か心が浮きたつような気持ちになるのであった。


やがて歩いていくと、道の地蔵に数個の石と木の枝が並べられていた。

一瞬それに目をやったあやめは、すばやく読み取って和正に言った。


「この向こうに、滝があるときいております。

 そこで少し休ませたいのですが・・・」


「おー、滝だと・・・それはいい。

 じゃあ、とばすぞ、おりょうちゃん」


そう言うと、おぶったまま走り出していった。

かえでは嬉しそうに、しがみついている。


「あっ、若。勝手に先にいっちゃ・・・。

 ったく、もう、はしゃいじゃってぇ・・・」


あやめを見ると、二人は自然と微笑み合った。

 

「では、我々も行きますか・・・あの・・・?」 

「せつ・・・でございます」


二人はホンノリ頬を染めて歩いていく。

滝の音が近づいてきた。


「おー、冷たいのー・・・。そら、おいしいぞ」


定康が手の平にすくった水を、かえでに飲ませている。

かえではおいしそうに、喉を鳴らしている。


和正とあやめが着いた時、突然黒い影が頭上から舞い降りた。

まばたきをする間もなく「キーン」という音がしたかと思うと、一人が地面にうずくまっている。


和正は瞬時にあやめを突き飛ばし、刀を二本抜いていた。

長い方の刀で敵の刃をよけ、短い刀で素早く突き刺したのである。


たて続けに黒い影が和正に向かった。

又、二三度、刃がぶつかる音がしたかと思うと二人がうずくまった。


あまりの強さにたじろいでいる影に、今度は定康が疾風のごとく走り寄り、瞬く間に切り伏せていった。


死体が六人、横たわっている。

あやめは地面に座り込みながら、この光景を見つめていた。

 

(できる・・・)

と、思った。


和正はともかく、これが先程まで能天気でいた男であろうか。

あまりにも素早い剣先に思わず見とれてしまっていた。


「これで四度目じゃな・・・しつこい奴らだ」 

定康は刀の血糊を川で洗うと、紙で拭いて鞘に納めた。


争いの後の興奮から、鋭い目つきをしている。

だが怯えて見ているかえでに気づくと、又優しい目になって言った。


「おりょうちゃん大丈夫か。恐かったろぉ?」 


かえでは、この若者が好きであった。

初めて会った時から、懐かしい気持ちが心の底からこみあげてきて、何か憎めないのであった。


できれば、このまま任務を忘れて四人で旅を続けたかった。

あやめも忍者の厳しい掟を忘れそうになる程、この若者達に魅かれていくのだった。

 

四人が滝をあとにした時、木陰から一人の男がそれを見つめていた。

予想以上に手強い相手に、焦りと怒りで手がわなわなと震えている。


(おのれ・・・。

 こうなれば、あやめとかえでに託すしかないか・・・。

 ふっふふふ、頼むぞ。

 殺し合うのだ、肉親同士で、な・・・)

 

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