第6章 再会

朝もやが田園風景を、水墨画のようにモノトーンに染めている。

二本の放物線が湯気をたててそれを切り取っている。


早起きの鳥達のさえずりが、そこここでこだましている。

定康と和正は小さく腰を振ると、袴の裾を下ろした。 


「うー、冷えるのー、和正・・・」


「左様ですな、昨夜は宿がとれず夜通し歩きましたのでクタクタです」

眠そうな目をして和正は言った。


「そーじゃのー、京までもうすぐじゃ・・。

 いい女はおるかのぉ?」


定康がニヤついた顔で言うのを、たしなめるように和正が言った。


「若、なりませぬ。今回の密命は、藩全体の運命がかかっとるんですぞ」


「いいではないか。城を出てから半月程、我慢し続けてもう限界じゃ。今日ぐらい・・・」 

定康の言葉に、気持ちがぐらつくのを懸命にこらえ和正は言った。


「いいえ、今回ばかりはダメです」

「ほんに、おもしろーないのぉ」


定康は草を一本抜き取ると口にくわえ、ブツブツ言いながら歩いている。

しばらく二人が歩いて行くと、古びた寺の跡にさしかかった。


「和正、ここでちょっと休もうではないか・・・」 

「そうですな、私も少し眠いですし。食事をとって、眠りますか」


二人は古びた建物の扉をあけて、中に入っていった。

歩く度にミシミシいう床に気をつけて行くと、奥の方に何かうごめいている。


「何奴・・・?」

和正はとっさに、刀のつかに手をかけた。


「ひっ・・」

女の小さな悲鳴が聞こえると、定康はうれしそうに近づいた。


「和正、女子じゃ、おなごじゃ・・・」

「若、気をつけて下され。」


「大丈夫じゃ、おーきれいな女子じゃー・・・」 


うす明かりにようやく慣れた目をこらすと、部屋の隅で二人の少女が震えている。

一人は床に横たわっている。


大きな瞳がキラキラと薄明かりの中で輝いている。

もう一人は胸に手を当てて、おびえるようにして身構えていた。

 

長い髪が肩先にかかり、見え隠れするうなじの白さが強く印象に残った。

和正も美しい二人の女性を目の前にして、警戒をしつつも思わず見とれてしまうのだった。


「い、妹がシャクをおこしまして・・・。

 休ませているところでございます」


震えながら搾り出された言葉は、透んでいてきれいな声であった。


「そーか、それは心配じゃのー。

 どれどれ・・・おー、可愛い手じゃのぉ」


定康はしっかり横に座り、横たわっている女の手を取ってさすっている。

女はびっくりして、白い頬を赤く染めている。


(こ、こいつ・・・。

 お館様の言った通りの男じゃ・・・)


姉の方が心の中でつぶやいた。


和正もあきれて見ていたが、あやしい者ではないとわかると、肩に結んでいた包みをほどいて水と薬を取り出した。


「シャクであればこの薬が良いであろう。飲ませてやりなさい。我々はあやしい者ではない。所用があって京に行くのじゃ」


妹に薬を飲ませながら、女は和正の瞳を見つめながら言った。


「私達も・・・京にいるオジのところへ、おつかいに行くところなのです。

 もし、よろしかったら・・・」


「おーそーじゃ、そーじゃ・・・。

 女二人では物騒じゃ。

 一緒にまいろー・・・。

 な、和正、なっ・・・?」 


そう言いながら、妹の手をぎゅっと握って離さないでいる。


(た、単純な奴・・・。簡単すぎるわ)

姉はあきれて二人を見つめている。


妹の方は初めて触れる男の手に頬を染めながらも、満更イヤな素振りも見せずにいる。

和正は苦笑しながらも、姉の透き通るような眼差しに半ば心を奪われ、この提案に賛成してしまった。


四人は一緒に簡単な食事をした。


「えっ、いけません、そんな・・・」


「よいではないか、まだ歩くにはしんどいじゃろう・・・

 おー、軽いぞ、和正。

 小雪よりも、もっと軽い」


出発する時、定康は無理矢理妹の方をおぶった。

顔を真っ赤にして抵抗した、かえでであったが、意外に強い男の力に身をあずけるようにおぶさった。


何か懐かしいような、安心する気持ちになれるのであった。

あやめは、あまりにもうまく事が進みすぎて心を引き締めるのであったが、和正の熱い視線になぜか身体の芯が火照るように感じられるのであった。


冬の日差しが高くなり、心地よく四人の影を作っている。

十三年ぶりに再会した四人であった。


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