第5章 かえでとあやめ

熊笹の葉影を固まりが、通り過ぎていく。

からみついた麻の縄を手繰り寄せながら、素早く回りを囲むと、手利剣を茂みに投げた。 


「ブギー・・・」

という声と共に静かになった。


「ごめんよ、痛かったろ・・・?」

一人がその固まりに近づき手利剣を抜き、縄で足を縛っている。


短い着物から。白い足がスラリと伸びている。

切れ長の瞳は長いまつ毛で覆われ、潤むような光をたたえている。


「あやめ姉様、大きいね」

もう一人が、わくわくした表情で近づいてくる。


比べると少し背は低いがやはり長い足を見せ、大きい丸い瞳をキラキラさせている。


「かえで・・・手伝っておくれ」


二人は仕留めた猪をかつぐと、山道を軽い足取りで進んでいった。

上着も短く、肩までめくれた裾から白い肌が美しく覗いている。


そして、それぞれボーッと光るアザが見えている。 

かえでとあやめの刺青であった。


「帰ったよ。今日は大漁さ」

「ああ、大きい猪だ。シシ鍋にするかね。」

 

少し頭の白くなっている女が、うれしそうに二人を迎えている。

家の奥で縄を編んでいる男が、ふり向きもしないで言った。


「あやめ、かえで・・・。お館様の所へ行け」 


「そんな、食べてからでいいじゃないか?」  

女の言葉に、男は微動だにせず言った。


「なんねー、お館様の命令は絶対だ」


あやめとかえでは土間に猪を置くと、女に目配せをして頷き、素早く駆け出していった。

女は心配そうに二人を戸口から見ている。


「とうとう来てしまったんだね、この日が・・・」

 

十三年前、二人の前に寄り添うようにして震えている幼子が連れられてきた。

子供のできなかった二人に、お館様は養育係を命じた。

   

最初のうちこそ泣き続けていた二人であったが、やがて本当の父と母のようになつき、「くの一」として美しく成長していった。

詳しいことは何も知らされていなかったが、たぶん身分の高い家の子をさらってきたのであることは想像できていた。


今日の指令で、もう二人に会えない事は忍者としての勘からか、女にははっきりとわかるのであった。


「あやめ、かえで・・・元気でね」

そう女は呟くと、戸口にうずくまり声を押し殺して泣くのであった。


男は縄を編みながら、その目がぼんやり霞んでくるのがわかった。

泣きじゃくる幼子に、木のおもちゃを作ったり肩にかついであやしたのは、つい昨日の事に思われた。


忍者の掟とはいえ、別れの言葉もかけられない身分を恨みながら、ただひたすら二人の身を案じ縄をないつづけるのであった。

山は空が赤く染まったかと思うと、すぐに星がまたたき始めている。


女はため息を一つついて、猪をさばきにかかった。

もしかすると戻ってくるかもしれない二人のために、はかない望みをたくして夕食の支度をするのであった。


あやめとかえで。

十八歳と十七歳の、美しい「くの一」のために。

 

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