第277話 この宰相に防衛費の継続を!!(2)
「失敬、ちょっとよろしいでしょうか」
俺は食べ終えた骨付きチキンの骨をテーブルの空いた皿に置き、例の宰相に声をかける。
「お、お兄様、何を?」
アイリスがその性格上、控えめに止めようとするが、モクモクと煙を吐く俺の暴走機関車は止まらない。
「……あなた様は? えっと……アイリス様の護衛担当係でしたか」
ラグクラフトが中学校の掃除係のような口出しをし、俺という存在を煙たがる。
そうか、体を張って雇い主を護る捨て駒には、ままごとレベルがお似合いか。
「誠にすまないが、まだアイリス様と大事な話をしている最中でして。話があるなら後で……」
「いえいえ面目ない。自分はこの子のお兄さんであり、保護者担当でもありましてね」
「ふむ。自らを兄ということにあなたがアイリス様からお兄様と呼ばれていたことにも納得ですが。しかしあなたは……」
ラグクラフトに対して、目を閉じてアイリスとのシンクロ状態となるお兄ちゃんな俺。
「魔王軍を相手に最前線で剣を振るいながら踊って戦っていると聞いたばかりに……」
ざわざわ……。
周りの野次馬たちの小声が響く。
いくら護衛中でも俺の踊り子な心までは護ってくれないか。
あれ、振るえる踊り子ってなんだ?
味噌汁に入ったワカメのようにグラグラと鍋で煮詰めるのか?
「おっ、おい。兄とか言ってんぞ」
「じゃあ、あの男がベルゼルグのジャスティス王子か?」
護衛三人が俺の兄を巡って、至らない妄想をする。
まるで具材だけを削られたカマボコ板のように。
「そればかりじゃない。その黒髪と黒い目からしてあの名高い勇者の先祖返りでしょうか……?」
トンボ帰りがどうこう言ってるが、向こうが勝手に勘違いしたみたいだな。
ここで初めてラグクラフトの関心が俺へと向かった。
だったら話はこうだ……。
「はい……そうなんです。ですので防衛費のことを正面から捉えてですね」
「──いいえ、返事はNOです」
「勇者だろうが、チンドン屋だろうか誰であっても、これ以上の支援はしませんよ」
このジジイ、頑なに出費をしないつもりだな。
赤字が怖くて、経済もサーカスの猿も回せるかよ。
「そういうことですので、男らしくキッパリとこのことは諦めてください」
宰相の丁寧な拒絶に俺は動きを固める。
ちっ、頭の固い宰相相手では話すらもまともにできないな。
よしこうなったら、チンドン屋を畳んで、プランC決行だ。
「アイリス、ちょっといいか?」
「お兄様?」
アイリスが小さい口を開けたまま、大きな疑問点を頭上に浮かべ、俺を見つめる。
「どうせならレヴィ王子にも交渉しに行こうじゃないか」
「えっ?」
「あの王子が金をやるって言わせてやってもいいんだと俺は思うんだけどさ」
「なぬ!?」
アイリスとのやり口が気に食わないのか、俺らのやり取りにラグクラフトが強引に割り込んできた。
「そんな豊かな経済状況じゃないと説明したでしょう!」
「実際にこの国の政治の統括は私がやって……」
「あのお、宰相007殿。街の噂でお聞きしたのですが?」
アイリスが両手をスカートのひざ元に下ろす中、俺は爽やか微炭酸な笑顔で話を上手く宰相に振る。
「あんな禁じられた王子でも政治に意見できる選択権があるみたいじゃないですか」
王子は名前だけの飾りじゃなく、その待遇を称して、拒否権も決定権も贈呈されるんだ。
そんな条件飲まないと王子も煮玉子もやっていけないぜ。
「それから街の人々が宰相殿のお陰で贅沢な暮らしができるって」
「……て、おやおや、宰相殿の発言と違い、そんなに景気が良いだなんて。ご注文は初耳ですよ?」
本日は奮発したせいか、ケーキの生クリームの質が良すぎ。
そんないつもとは違うお店。
「何か話が噛み合わないですよね」
ラグクラフトが歯を食いしばり、その顔にちらりと歯痒さが見えた。
ほんの僅かな表情だったが……。
「……承知しました。でも王子に交渉するなら私からは手を出しません。それでもよろしいのでしたら」
「はい、ありがとうございます」
ラグクラフトが渋々決断し、アイリスがペコリと感謝のお辞儀をする。
おっし、どんぶらこな激流川下りから落ち着いて、いい流れっぷりになったぜ。
こんな頑固頭な宰相より王子の方が話を進めやすいだろうしな!
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