第276話 この宰相に防衛費の継続を!!(1)

「さっきからここで何を騒いでいるのです。客人なら城内に通してお話しなさい」


 白髪のオールバックな髪型をし、ローブのようで動きやすそうなスカートを履き、白いマントで体全体を覆ったじいさんがこの嫌な流れの空気を一瞬で止めた。

 細い眉をひそめ、険しい目つきで護衛たちを睨みつける。


「これはこれは宰相さいしょう殿!」


 宰相殿って?


「いやですね、これは、とどのつまり……」


 なるへそ。

 このじいさんが飯を食ってた飲食店で聞いた、このエルロードという人生ゲームを動きやすそうに牛耳ぎゅうじっている矮小な宰相か。


「初めまして、宰相殿」


 アイリスが両手を重ねて、元気よく挨拶をする。

 お淑やかで社交的な女の子って何でこんなにキラキラしてんだ。


「私はベルゼルグ第一王女のアイリスという者です」

「お忙しい最中、貴方様にお会いできまして、誠に嬉しい限りです」


 しかもマニュアルっぽくない自然な語り口。

 宰相には悪いが、俺の方が逆に理性の崖から落とされそうだぜ。


「これはこれはご丁寧な挨拶をどうも。噂のベルゼルグのイメージを覆すような愛らしいお姫様ですね」


 宰相が目を閉じて、歓迎の様子でアイリスを出迎える。


「私がこの国の宰相をしているラグクラフトという者です。以後お見知りおきを」


 ラグクラフトも丁寧に自己紹介をし、敵意のないアピールをする。


「それではアイリス様とお仲間様はこちらから入られてください。歓待の準備をしておりますので」


 ラグクラフトが大きく開けた扉の先に手をやり、俺たちに優しげに口を緩ます。


『ペタペタ』


 そのラグクラフトの背中を気兼ねなく触る手形職人アクア。


「……んっ!? 君、何のつもりかね。私に何か用かね?」

「うーん……どことなく理解に苦しむんだけど」


 ラグクラフトが驚いて、その手から身を引く中、アクアが急に知的な顔つきになり、不思議そうにラグクラフトだけを見つめる。


「何かおじさんの存在がすんごく気になるのよね」


 指をアゴに当てて、真剣に悩んでいるアクア。

 コイツ、こんな悩める美人系なキャラだったか?


「だけど悪魔みたいな匂いもしないし、アンデッドのような感じでもないし……ねえおじさんさあ、お友達に悪魔関係の相手とかいないかしら?」

「または野良のアンデッドと暮らしているとか──」


 そこへダクネスがアクアの暴走を食い止めたー!


「も、申し訳ない。た、大変ご無礼を致しまして、ラグクラフト殿!」

「この虚言を吐く者は変人として有名なアクシズ教徒の一味であって!」


 ダクネスが非礼を詫びながら、アクアに危ない続きを言わせまいと、夢中で言葉を繋げるさまだ。


「どうか今の無粋な件はどうか無かったことにっ……!」

「いやいや、アクシズ教徒ならいつもそんな感じでしょ……いや、本当に何も気にしてないよ……」


 宰相は片手をダクネスに向けて、アクアに悪意がないことを伝えてくる。

 その優しさに感謝だな。


「アクア、変なことをするなとあれほど言っただろう。時と場合によっては首がずれ落ちるぞ!」

「だって気になって眠れなかったらどうするのよ」

「お前はいつも爆睡してるではないか!」


 そうだな、夜中に巨大なドラゴンゾンビが出てきても『もう飲めないぃー……』と寝言言いながら、グースカと寝てるようなヤツだからな。


****


 ──しばらくして城内の会食場にて。


「そこをどうにかお願いしたいのです!」

「そこもどうにかも通りませんよ」


 数本のワインボトルと同じ数のグラスが並ぶテーブルに遠慮気味に置かれた料理。

 これが何を意味するのか知らず、一国の王女様は何度もラグクラフトに要求を突きつける。


「アイリス様、大変申し訳ないですが、我が国も財政難なのです」

「見て分かるでしょう、この質素なパーティーも」


 確かにそんなにガッツリと食事の量はないな。

 ダスティネス家のパーティーとは比べ物にならねえ。


『ガツガツガツガツ』

「おい、喉に詰めるぞ。ちょっとは落ち着いて食え!」


 あのダクネスさえも困らせるめぐみんの食いっぷりだと、ここの料理も数分で品切れだな。


「大切な同盟国のベルゼルグの王女に向けたパーティーさえも、こんな風に節約しないとやっていけない現状でして……」


 骨付きチキンを頬張る大怪獣めぐみんによって、そのパーティーは飯無しになるけどな。


「ですからいくら王女様のお願いでもこれ以上防衛費をお支払いすることは出来ないのです」


 レヴィも骨付きチキンを食べながら、首だけを縦に振る。


「果たしてそうでしょうか。この豊かな国を見ていると、あまりお金に困ってるようには……」

「いえ、そうではありません」


 アイリスが胸に両手を当てて、おどおどと自身の胸中を語るが、現実主義な宰相はそれをバッサリと切り捨てた。


「隣国に居るアイリス様から見たからしてそう見えるだけであり、ここの国民の民衆は生活苦な身分であり、支援の上乗せをするようなお金もないのです……」

「そ……、そうなのですね……」


 ラグクラフトが切なそうな表情で返答するとアイリスは酷く落ち込み、残念そうに頭を垂れた。


「しゅん……」


 もぐもぐ……。

 金がないわりにはこの骨付きチキンの味付けはしっかりしてて美味いんだけどな。

 なあ、この肉テイクアウトしてもいいか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る