第246話 お姉さんのお陰で(2)
「俺らしくないこと言って失礼したな! お前理解してんのかよ! 今、この地球上で一番憐れな気持ちでいるのはこの俺なんだぜ!」
俺はヤケになって前のめりになり、正面で穏やかに微笑むめぐみんに、ありったけの気持ちをぶつける。
「心から傷つき、羽を休めにひょっこりと訪れて部屋にやって来たお前さんに対して、俺の純情な想いを……」
「そうでしたか。それなら……」
「今からでも、さっきの続きをしましょうか?」
悪戯なニヒヒと笑みを浮かべ、整った白い歯を見せつける余裕のめぐみん。
俺はその上目遣いな目線のめぐみん嬢の延長プレイに興奮を通り越して身悶えする。
「そそそ、そんなんしねーから!」
世間では二十五時の魔術師ゲスマや、ロリマハムおじさんとかとんでもない罵声を罵られているが、女の子が弱っているところをガオーって襲おうなんて、俺はそんな最低なカス漬け野郎じゃないぜ!
「うーん、そうですか。こんなに可愛い女の子を前にして誠に惜しい発言ですね」
目を瞑り、何かを悟ったかのような修道士めぐみんを見ながら、俺は一つの結論を口に出す。
「……まあ、そうだな」
「お前がウォルバク姉さんのことをきっぱり振り切って、俺とそんなことを本気でしたくなる日が来た時には、俺はこんな風に断らず、いつでもウェルカムなんだけどな」
めぐみんが口に指をつけて、くすりと微笑する。
「そうですね」
ベッドに手をつけて、そのベッドから音も立てずに下りるめぐみん。
彼女は両手を背中に回したまま、俺に背を向ける。
「……それではその甘い雰囲気が来た時には」
「紳士カズマのお部屋に、また遊びに来ちゃいますね」
これでもかと愛らしい表情で顔だけを向けて、チョコレートキッスな宣言をするめぐみん。
去り際に少しだけ唇を緩ませ、頬を赤く染めながら……。
『パタン』
静かに閉まるドアの音に緊張して息を飲むおあず
すぐさま脳裏に思いつくのは大後悔の三文字だけ。
「うがああああああー!」
俺は感情に任せ、手元にあった枕を抱き枕のように抱きながら、ベッドの上を左右に寝転がって往復する。
「何かチェリーボーイみたいな反応して
酒に酔って、へべれけで気が狂ったようなトリッキーな動き。
これは決して、新しい形のスポーツでもないぜ。
****
──夜遅く、火照った気分を抑えようと湯気が立ち昇る宿泊先の温泉にて……。
ああ……正直に白状したら物凄く後悔はしてるけどさ……。
いざこうして冷静になれば、あの時、感情に任せて、押し倒さなくてよかったな……。
大きく息を吐きながら、タオルでモノも隠さずに堂々と湯船に浸かってる俺。
……ってことはだ……俺はめぐみんと付き合う設定になったのか?
まあ、俺もめぐみん好きだって叫んでしまったし……。
だけど、いざ恋人同士になってもいいやと思ってしまう限り、俺はめぐみんにかなり好きだという気持ちを感じていたのか。
……ということは俺はこの瞬間から彼女が出来て、今まで卑屈に避けていたリア充の仲間入りになるのか。
いいや、自惚れるな。
昨日からめぐみんはいつもと違ったじゃんか。
大方、悪いもんでも食って腹でも壊したんだろう。
明日には普通のめぐみんに戻ってるかもな。
アブねー、危うく、人生が灰になる性的な犯罪者になる所だった……。
『カタ』
──ふと、微かな物音に気付く俺。
周囲に俺しかいないせいか、五感が冴え渡る。
「にゃーん」
石の湿った床を歩き、ヒノキの湯船に近付くちょむすけ。
「……お前さん、こんな所に何用だ?」
「ここは風呂嫌いな猫もどきが立ち寄っていいセルフ給湯な場所じゃないぜ?」
俺は湯船のふちに両腕を付け、ちょむすけを問い詰めるが、この生物は物欲しさに浴槽をよじ登ろうと鋭い爪でガリガリと引っ掻く。
「えっ、そのリアクションからして、本当に風呂に入りたいのか?」
顎に指を当てて、少しだけ考え込む俺。
その小さい体で飛び込むと、猫かきもろくに出来ずに溺れるのは確定だし……。
「だったら大出血瀕死なサービスだ。この風呂桶の中で満足しとけ」
俺は木の桶に温泉の源を並々と注いで、ちょむすけを浸からせる。
ほにゃーと言いそうな擬音のイメージで、ちょむすけは体を伸ばし、ゆったりと温泉を満喫していた。
何なんだ、この変な猫。
まあ、口から火とか吐くから猫じゃないけど。
どうして、あれだけ嫌いだった風呂が急に好みになったんだ……。
──心の中から、例のたわわでセクシーなお姉さんが、湯船で疲れを癒やしている回想が蘇る……。
「ウォルバクさん。ここの温泉も捨てたもんじゃないでしょ?」
俺の言葉に聞き耳を立てるちょむすけ。
「なー」
まるで会話が成立したように、自然に俺とちょむすけの目と目が合う。
えっ、ガチでウォルバクさんの成れの果て!?
「……はははっ、そんなわけないか」
──モクモクと湯気が立ち込める露天風呂。
俺は一匹と一緒に木々から漏れる星の光に
心を奪われ、星となったあのお姉さんとの出会いを思い出していた……。
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