第225話 このウォルバクに苦戦をしている正式な理由を‼

「うむ、それなりの綺麗な個室じゃないか」


 俺は兵士から与えられた六畳ほどの部屋の角にあるベッド際に荷物を下ろし、高々と伸びをする。


 備えつけとして、年季の艶が混じった木の二組のテーブルがあり、片方のテーブルの上には古びたランタン、もう一方の上には花瓶に入った上品なピンクの花が添えてある。


 ベッドも清潔感があり、シングルのわりには幅広く、腰かけるとフワフワな素材でいい夢が見れそうだ。


「マジで凄いよな、ダスティネス家の身分というヤツは。後で温泉饅頭片手にダクネスにお礼を言わないとな」


 俺の意見とは正反対に当のダクネスが眉間にシワを寄せ、『私の家の名前を都合よく利用するではない!』という漆黒の怒りが漏れ出してきそうだが……。

 胸がドキドキ、ココロの面舵一杯!


『コンコン!』

「カズマいるー?」


 この空気読めない女の声はアクアか。

 いつも失礼なヤツだけど、ここは臨時の宿なんだ。

 下手に怒らせてこの建物を水浸しにされたら堪ったもんじゃない。

 そうなれば今度は冒険者から犯罪者にクラスチェンジしてしまう。

 

 そんなわけで俺は扉を開け、扱いにくい女神を迎え入れる。


「やることなくて暇なんで、砦の中を探検しない?」

「おお、いいぜ」


 暇に時間をもて余すのも悪くはないが、その時間を有効に活用する知的好奇心があるのは立派な心がけだ。

 コイツにも成長というものが見えてきたか……。


 ──俺とアクアが廊下を歩く中、すれ違う騎士や兵士たちが落ち込んだ表情で過ぎ去っていく。


「カズマ、見てよ。みんな暗そうな顔してるわ。それほど心にゆとりがないのね」

「そうだな。例の新聞で戦況がかんばしくないって知ったしな」


 おかしいな、ここにはチート持ちもいるはずだし、そこまで戦闘が不利になることはないと思うんだけど……。


「カズマ、ここ見てよ。制御室って書いてるわ」


 アクアが向かい側にある古びたかんぬきの付いた木の扉を指し示す。


「ふむ。探索キッズの心を揺らがす面白そうな部屋だな」

「ねえ、この機会だから入ってみましょう」


『ギイ、バタン!』


「ちょっと何のつもりですか、君たち!」

「ここは一般人は立ち入り禁止なんだけど?」


 かんぬき付きの扉を強引に開けて突入すると、室内でざわめく関係者さん。

 するとアクアが謎のボタンやレバーが沢山ある箇所に目を向ける。


「カズマ、これってどう考えても押して下さいのサインよね?」

「だろうな、ここで押さなかったら人間として正しくないと言うか、脳みそがどうかしてるよな」

「ちょっと何してるんですか! それらのボタンは砦の跳ね橋が魔装仕様になったり、トラップを発動させるボタンですから、絶対に押さないで下さいよ!?」

「そうまで言われても押したくなるのが女神の真髄というもので……」

「あー、駄目です! そのボタンは砦全体が上空に上がって空中で花火のように空しく散るボタンであり……くれぐれも押さないで下さいよ」

「じゃあ、ポチっといっちゃう?」

「おい、押すなって言ってるだろ! お前らは自己判断も出来ない幼稚園児以下かー‼」


『ドカッ!』


 俺とアクアは激怒した部屋の兵士に蹴られて扉の外へと戻される。


「あらら、追い出されたわね。何かここの人たちってピリピリしてるわね」

「うむ、激辛ラーメンの食いすぎかも知れんな」


 激辛と言えどラーメンを連想し、俺の胃袋が『キュー』と愛らしく鳴いた。


「しょうがないな。腹減ったから食堂に行くとするか」

「あっ、あなたはアクア!?」


 そこへアクアの名を叫ぶ若い男の声。

 何だ、今度はどこの飲食店のツケを払ってないんだ?


「やっぱりアクア様ですね!? こんな場所でお会いするとは!」


 青い鎧を着こなしたイケメンの騎士がメンバーの女神たる名前を叫ぶ。


「おおっ? ヤシラギじゃねーか。しばらく見ないから、てっきりこの世から消されたのかと」

「失礼な。僕は消滅してないし、今も活動中で名前はミツルギだ! その反応、わざとなのか!?」


 アクアに渡した指輪をアクア本人に消されて失恋し、あれから存在感が薄れていたミツルギが登場するとは世も末だよな。


「毎回、君は失礼な男だな……それにしてもアクア様、お久しぶりです。その調子では、どうやらお元気そうですね」

「ええ、いつもニンニクマシマシラーメンセットを食べているからかしら。魔剣の人も元気そうね」


 アクアは馬鹿だけど、体力や魔力もバカ正直にあるからな。


「あれ、お前さん、いつものハーレム二人を引き連れてないのか?」

「ハーレム娘? いや、あの二人にこんな危険な場所で戦わすわけにはいかないよ。今は王都の方に滞在してる」


 そうか、見た目が可愛いヘソ出しチアガールは置いてきたか。

 護るべき者を庇いながら前線で戦えないなんて、案外根性と体力ないなコイツ。


「所で佐藤さとう、こんな危険地帯にアクア様を連れてきてどういうつもりだ?」

「ああーん?」


 そんなん知ってるぜ。

 ここは魔王軍の凶悪なモンスターとドンパチを散らしていて、さらに幹部が定期的にお邪魔しに来てんだろ。

 それを知ったミツルギが『君は本当に……』と呟きながら大きなため息をする。 


「いえ、私たちはここで戦っているあなたたちのサポートに来たのよ。相手は神の名を語る邪神なんでしょ」

「だったら同じ神である私が立ち向かわないとと心から思ったのよ!」 


 アクアが拳を握りながら宣言する。

 握った手の中には気合いという見えない物が入ってると……。


「えっ?」

「アクア様、本気であの女を相手にするのですか!? あの女は非常に危険ですよ?」


 ミツルギの口から女と聞いて、俺の目が閃光のように輝く。


「へっ、ここに攻め入る魔王軍の幹部って女なのか?」

「ああ、そうだとも」


 そのたった一人の女の力により、この頑丈な砦が崩壊寸前にまで追い込まれたらしい。

 でも相手は邪神とか誇ってるけど、この砦にはお前らのようなチート持ちの日本人も紛れているだろ?


「それにだ、俺に敗北したとは言え、お前は高レベルの魔剣使いだ。まあ、俺に呆気なく敗北したけど」

「その敗北したお前がたった一人の幹部に苦戦してるのはどーゆう敗北精神だよ?」

「あのさあ、さっきから敗北って口喧しいよ!」


 ミツルギが片手を頭に乗せて、『フー』と思い悩んだ息を吐く。


「まあ、僕らが苦戦してるのにもそれなりの理由があってね。君たちはまだアレを知らないのかい?」

「アレって?」


 そんなん言っても俺たちはアレー彗星の存在をまだ知らない。


「その反応だと、まだ何も分かってないみたいだね」

「バブバブ」

「赤ちゃん言葉はいいから、僕について来てくれ。見せたいものがある」

「バブー♪」


 俺とアクアはミツルギと一緒に正門を出て、壁伝いに歩き、とある砦の外壁に来ていた。

 その壁には無数に大きくえぐられて刻まれた爆弾が爆発したような痕跡。


 俺とアクアはその惨状に負けじと大きな口を開け、何とも言えない表情でその悲惨さを身に感じていた。


「おっ、おい。これってウチの幼女がお得意なアレの攻撃か?」

「ああ」


 ミツルギが無表情に俺の問いに答える。

 お前さん、めぐみんには関心ないみたいだし、ロリコンじゃないんだな。


「今回の魔王軍の幹部ウォルバクは爆裂魔法が使えるんだ……」


 ああ、めぐみんの唯一の長所が奪われたな。

 アイツ、地面に仰向けに寝転がって思いっきり泣くかも知れないな。


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