第224話 この砦を前にして、立派な宿を手にするための思惑を‼

 よく晴れた森に降り注ぐ朝日。

 俺はルンルン気分で森の中の湿った土を踏みしめてながら歩いていた。


「カズマ」

「今日はとても上機嫌ですね。昨日は遅くまで入浴していたことと関連性があるのですか?」


 めぐみんが屈託のない笑顔で俺に話しかけてくる。

 いつもなら難癖をつけてくるのにな。


「まあな。お前らの後に風呂に入ったらアルカンレティアの街で愛を重ねた美人のお姉さんとバッタリあってな」


 めぐみんのスマイルが石像のように固まる。

 美少女あるある、モテない女っ気もなかった男だったのに、とっさののろけ話に固まるテンプレート。


「……へ、へえー。それは良かれでしたね。そういうことは一緒に混浴をしたのですか?」

「ああ、そりゃ、バッチリと拝ませてもらった。相変わらずデカかったぜ」

「もしかしたらダクネスより、大きかったかもな」

「お前は何をぼやいている!」


 ダクネスが俺にギラギラとした鋭い目線を送る。


 いや、昨晩の俺は色々とツイていた。

 だから満足げな俺は事の真相をメンバーに説明した。


「まったくお前という男は……。しかしこんな人里離れた宿に女一人だけというのも異様に怪しいぞ?」

「心配すんなよ。そのお姉さんは色々とここでの注意点を教えてくれた親切な人だから。山道ではオレオレ詐欺をする山賊にも気をつけろと言ってくれたし」


「山賊ですか? お姉さんは何ともなかったのでしょうか。美人さんが山賊と会っていましたら、今ごろ無事では済まない状況になっているかと……」


 胸に手を当てたゆんゆんが頬を朱色に変えて、少し過激なことを言ってくる。


「ふむ。ベタな小説の読みすぎか、変に不埒な妄想力だけはご立派なんですね。大人しい顔して」

「何よぉー、めぐみんの大バカ!」


 顔全体が赤くなったゆんゆんが大きく名前を叫びながら、めぐみんの背中をポコポコと叩く。

 確かにゆんゆんの言うことも一理あるな。


 まあ、魔王軍の関係者であり、実は凄腕なる武術の使い手かも知れないな。 

 でもあのお姉さんとは一緒に風呂に入った相手のせいか、とても悪い人とは思えない。


 それはさておき……。


「ほう、しかし……たわわでデカかったぜ」

「「な、なっ!?」」


 俺のナイスガイな遠い視線に、二人の紅魔族は目を丸くして言葉を失っていた……。


****


 俺たちは丸二日かけ、ようやく例の最前線となる砦へとやって来た。

 その砦の規模はとてつもなく大きく、何十メートルの高さからして余程の巨人じゃなければ通り抜けそうにない。


「とっつあん、コイツはやたらとでけえな」

「まあな。この砦は千人集まっても余裕で暮らせる大きさだからな。とっつあんの意味はよく分からないが……」

「こんなデカイ砦が一人の魔王軍の幹部に滅ぼされそうなのか? 幹部だからって笑えない冗談を……」

「そこは私も思ったのだが……」

「魔王軍の幹部は本来なら一人で余裕で街を滅ぼすヤツらばかりだからな。私たちが倒してきた方が奇跡に近いのだ」


 ダクネスの言うこともしっくりと当てはまる。

 これまでに相手にしてきた幹部の桁外れなステータスからして、今までよく生き延びてきたな感で背筋が凍りそうになるぜ……。


 ……ずーん。

 ああ、胃もたれじゃないけど気が重い。

 爆裂魔法と身代わりの盾さえあれば余裕で勝てると感じていただけに、この場から逃げたい気分だぜ……。


「おい、そこの冒険者の連中!」


 四人の部下の兵士を携えた若い剣士の男が俺たちに行く手を阻む。

 剣士は仮面を付けていない金色の短髮で、凛とした話し方からして、どうやらエリート出身でリーダー的な存在のようだ。


「ここは魔王軍の猛攻を食い止める目的で作られた砦だ。こんな所に何の用だ?」

「フッ、俺たちは助っ人に参上した冒険者ですよ」

「何だと?」

「上級職の組み合わせでグループ結成してますんで、大いに活躍できるかと」

「上級職……それはありがたいな」

「だが、参戦するには身分証明証を拝見しないといけないことになっている。誠にすまないがちょっといいか?」


 ──そんな剣士がめぐみんの冒険者カードを見て、微妙に困った顔をする。


「め……めぐみんさん……でしょうか?」

「私の親が付けてくれた立派な名前が何か?」

「いえ、いえ、何でもないです……」


 ひきつった苦笑いな剣士が今度はゆんゆんの冒険者カードを覗き込む。


「……で、こちらはゆ……ゆんゆん……さんですね?」

「はい。芸名ではなく、本名のゆんゆんと申します」


 恥ずかしさを抱えたゆんゆんが丁寧に剣士にお辞儀をする。


「えー、それではお次の方は……サトウカズマ」

「……サトウカズマだと?」


 おおっ、紅魔族みたいな変な名前じゃない俺の名前に反応したか。

 俺もそれなりに有名になったもんだぜ。


 俺はあごに指先を当てて、キザな表情を真っ向から晒す。


「そうだぜ、サトウカズマだ!」

「あの悪い評判で持ちきりで有名なサトウカズマだな!」

「えっ……?」


 サトウカズマ、その人物とは、王都ではアイリスに変なことを教え、クレア様やレイン様の目も困らせて、城内を散々引っかき回して挙げ句に追い出された極悪非道なイカれた狂乱者……。


「なっ、この国ではそんな作り話が流れてるのか……まあ、半分は真実だけど……」

「申し訳ないですね。この砦に知らない人を通すわけにはいけませんので」

「あんた、明らかに俺の存在を知ってたよな?」


 剣士が片手を振りながら俺を追い返す姿勢をとる。

 だが、妹のアイリスの微笑みを護るからにはお兄ちゃんとして一歩も引かないぞ!


「おい、貴様があのサトウカズマか。冒険者ごときが我の精鋭部隊に牙を向けるとは何様のつもりだ」

「隊長」


 首元まで黒い髮を伸ばし、眉の濃い隊長と呼ばれた甲冑のおじさんが剣士の前に出る。


「お前、ここで不審者として叩き斬ってもいいんだぞ! 猿以下の知恵しかない底辺な冒険者ごときめ、とっととここから失せるがいいわ!」


 何でこういったヤツらはこんなにも自分中心的で気が短いんでしょうね。

 人が黙ってれば言いたい放題言ってふざけやがって……。


「おい、貴様ら。私たちは援軍として来たんだぞ。いくらコイツが問題児とはいえ、その対応は失礼過ぎないか」

「そうさ、お前らが高いぞ! この御方に対して失礼だぞ!」


 俺は自分のしがらみを捨て、隣にいたダクネスにターゲットを切り替える。


「この御方はダスティネス家のご令嬢であるダスティネス・フォード・ララティーナ様であるぞ! 一同、横一列に並んで頭を下げよ!」


「「なっ、なっ!?」」


 あの威張り散らしていた噂の精鋭二人と兵士がその場にしゃがみこんで頭を下げる。

 これは実にええ気分だ。


「「ははー!」」

「それで何でお前ら紅魔族までしゃがんでるの?」

「いえ、その場の雰囲気に流されてですね」

「わ……私はダクネスさんが偉大な貴族の方だったとは初耳でして……」


 めぐみんもゆんゆんも必死に神にすがるようにダクネスにお祈りを捧げていた……。


「これは申し訳ありません。ダスティネス卿とお連れの方に無礼をかけまして!」

「いやいや、その反応失礼でしょ。その手の返しよう、まるで嫌みとしか感じないんですがね!」

「「「うぐっ……」」」


 立場を逆転させた俺の言葉による攻撃が兵士たちの心に炸裂する。


「それにさっきのやり取りを頭に浮かべると頭が割れそうで、これはもう一生消えないトラウマになってもいいレベルでして……よよよ」


 見知らぬ異国の地で数人の兵士たちに一方的にいじられた俺は片手で顔を押さえながら、潤ませた瞳から光の粒を輝かす。


「そうですよ。私たちのララティーナお嬢様のメンバーたちに己の地位の高いのを利用して皮肉な態度をとって。これはパワハラ行為で許せませんね」

「そうよ。無礼なことをしてごめんなさいってここで謝罪しなさいよ!」


 めぐみんとアクアが俺とダクネスの前に躍り出て、二人して悩ましげな顔つきをする。 

 フッ、お前らも俺の配下にいるせいか、分かってんじゃねーか。


「申し訳ありません。どうやってお詫びをすれば……」

「いや、そんなに気にしないでいいですよ。ただ俺たちも慣れない山道を歩いてきて、流石さすがに疲れが出てきてですね。ここにいる条件として、じっくりと休める部屋が欲しいなーと思ってみたりするのですよ」

「はいっ! 今すぐにでもダスティネス卿とその素晴らしい仲間たちのための立派なお部屋を提供いたします!」


 お前らよく理解してんな。

 俺という名の存在意義を!

(半分以上はダクネスのお陰)

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