第222話 このお姉さんとの再会に運命ではなく、デレ顔を!!(1)

「結局、この場所に着いてしまったな」


 俺たちは森を抜け、大きな宿泊施設に辿り着いた。

 日頃、運動をしない俺は息を切らしながらその場に立ち止まる。

 とりあえず息の根を止めたい……。

(死ぬってば!?)


「よかったー、やっと休めるのね。もう疲れたわ!」 


 ヘルパー二級の資格もなく、疲れてクタクタなアクアは嫌々ながらも目が覚めたダクネスに肩を貸していたが、そのダクネスはまだ夢心地なのか目の焦点が定まっていない。


「アクア、みんなすまない。私が足を引っ張ったせいで……」

「そう気にすんな。お前がいたからこうして正気になれて、ここに来れたんだから」

「さあ、立ち話もなんだし、早く中へ行きましょう!」


 アクプリ、さっきまでのヘルプミーな疲れた宣言はどこへ消えた?


「ふむ、どうやらここは温泉宿のようですね」


 異世界語で書かれた縦長な表札を読みながら、めぐみんが悩ましげに吐息を漏らす。

 そのよく分からん看板には温泉の地図マークなロゴが付いていた。


 ここだけは理解できる。

 立派な温泉卵ができるということに……。


「まぶたを閉じれば、みんなでアルカンレティアに行ったことを思い浮かべますよ」

「うむ。あの時は私たちが風呂に入っているのを知ってカズマは壁越しに聞き耳を立てていたな」

「カ……カズマさん、紳士そうに見えて……意外と変態なんですね」


 ダクネスの洒落にならん発言にゆんゆんが困ったような視線をジーと俺に見せる。

 それが事実だけに言い逃れもできず、彼女に背を向けるしかなかった……。


「そんなことよりお風呂よー!」


 そんな俺らの空気を物ともせず、アクアが一人ではしゃぎ始める。


「まずは私が一番ね!」

「それともみんなで一緒に入っちゃう?」

「フッ、俺はいつでも着水ウエルカムだぜ」


 アクアが能天気にはしゃぐ中、俺はあごに指を当てて、クールに決める。


「ダメですよ。アクアはアルカンレティアの温泉を台無しにした罪があるので最後です」

「でもみんなで風呂に入るのもいいんじゃないのか?」

「みんなでお風呂かあ……楽しそうですね」


 俺の清きお言葉はスルーですか。

 まあ、周りに女子しかいなかったら、そうなるでしょうね。


「カズマ、折角せっかくの温泉なのに元気がないですね」

「景気づけに私と一緒に入ります?」


 何だ、めぐみんのヤツめ。

 最近、俺をからかってばかりだな。

 じゃあ、一緒に入ろうぜと言ったら顔を真っ赤にして拒否るくせに。


「すまぬ、カズマ。混浴だからと余計な気を使わすな。私は早めに上がるから、その後にゆっくりと浸かってくれ」

「それともあの時のように背中でも流してやろうか?」


 何だよ、お前ら、硫黄ガスで頭でもイカれたか。

 人は旅先になると開放的になりやすいとは耳に入れているけど、ちゃんと物事をよく噛み砕いて消化して、よーく考えてから言葉を発しろよ?


「じゃあ、俺が一緒に入ろうと本気でお願いしたら……」

「ええ、構いませんよ」

「ああ、そうだな」

「……はあ?」


 ダクネスもめぐみんも俺の言葉にすんなりと答えを通してきた。


「混浴ですし、その時は一緒でもいいですよ」

「そうだな、お前にそんな度胸があるなら、私も背中を流してやるからな」


 あれれ、これ何の恋愛フラグなん?

 二人ともの表情で俺というオオカミを受け入れてるし。 

 この二人、ウブなようでこんなにもチョロい相手ヒロインだったのか?


 もしや、ここで貫き通せばいける状況なのか?

 いや……それでもな。


 どうすればいい……本気で言ってみようか。

 それじゃあ、お背中お見舞いお願いしますって感じで……。


 どこの残暑見舞いだよ……。


「それじゃあ、カズマ。時間も惜しいですし、早く行きましょうか」

「……」


 ああ、めぐみんの曇りなき笑顔を見て理解した。

 あれは俺が口だけで何もしないと信じきっている疑いようもない無垢な瞳だ……。 


**** 


 俺はいかにも銭湯らしい木の脱衣かごが並ぶ脱衣所で一人孤独に服を脱いでいた。


「一体何様のつもりなんだよ、あいつら」


 俺だって色々としたいことはあるんだぜ。

 バニーガールにさせてうさぎとびをさせたり、メイド服でパン食い競争をやらせてみたり……。

 でも、俺に対する期待や信頼を失いたくないし……。


 それにあいつら俺のことを何だと思ってるんだ。


 めぐみんは冗談混じりに好きとか言ってきても『付き合ってアタシのダーリン♪』みたいな決めつけの台詞は言わないし。

 ダクネスとも実家で一線を越えそうになっても、その後、家に帰ってからは急にアプローチもなし。


 ちっ、女心って大学院の数学の問題集以上に分からねえよ!

 俺からガツンといったら大丈夫、万事オッケーなのか?


 うーん、いけそうにも見えて『なに勘違いしてるんですかー? この奥手さん、プークスクスww』なんて笑われたら、その後の俺の身が持つかどうか……。

(骨皮のみなヘタレ三昧)


『フフフーフーン、フフフ、フーン♪』


 あれ、風呂場から人の鼻歌がきこえてくる。

 しかも女の人だ。

 今の時間帯に俺が入るのもあいつらに教えているはずなんだが……。


 ピキーン‼

 ははーん、読めたぞ。

 めぐみんかダクネスが、ここでも俺を小バカにしようと企んでるんだな。


 ふざけやがって! 

 俺はそんなに何も手が出せないヘタレだと?

 ヘタレだって輝く時もあるんだぞ!


「よし、俺は決めたぞ」


 服をカゴに投げ込み、パンツ姿となった俺は頬を手のひらで叩いて気合いを入れる。


 もうウジウジと悩むのは止めよう!

 この風呂場にるのがめぐみんでもダクネスでも構わん。

 中途半端に色目を使ってくるなら、こちらからドスコイと押し倒すのみ。


 そう、これはもうパーティー内の清く汚れのない真っ当な関係じゃないんだ!

 泣いて謝ってきても、純潔なんて簡単に奪ってやる。


 俺はただ黙って女の色仕掛けを見るのではなく、本能に身を染める一人の男として生きるんだ!


 俺は何もかも脱ぎ捨て、風呂場の引き戸を遠慮なく開ける。


 湯煙にまみれて見えてきた大きな木の浴槽。

 そこに浸かっていた相手は額に赤く丸いアザが付いていて、赤髪のショートヘアで、大人な色気を持つ綺麗な女性だった……。


「……あら、こんな時間にこんばんは」

「誰かと思ってたら久しぶりね。お姉さんのこと覚えるかしら?」


 覚えてるだと?

 ああ、さっきまで色々ともめていた俺のメンバーだからな。

 コイツ、いつの間にこんなセクシーダイナマイトな変身魔法が使えるようになったんだ?


 俺が何も知らないとでも、お思いなのか?

 今、俺の汚れなき手により、この千年以上生きてきた化け猫に天の裁きを下すからな。


「お前をこの場で極刑にする!」

「はあっ? どういうことなのよー!?」

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