第220話 このレアな生き物に救済を!!(2)

 山賊三人組が俺たちの発言で焦った表情をする中、ダクネスの腕が小刻みに震える。


 感覚的に貧乏ゆすりではなさそうだ。

 あれは足だし、何より金持ちのご令嬢だ。


「……お前らみたいな、風呂にも入らず……」


 ダクネスが頭を下げたまま、自らの思いに耐えている。

 山賊だって男の子なんだもん、猟に忙しくて風呂に入らないこともあるもんさ。


「……凄く男臭そうで山での欲望を抑える最中、己の欲望に目をギラギラしながら……」

「……私のようなか弱い乙女であろうが、腕力でめちゃくちゃにしそうな山賊たちに!」


 ダクネスが両手を抱きながら、『私、腹筋は割れていますが、こう見えて可愛い女の娘なんです』アピールをする。


「私ことダスティネス・フォード・ララティーナが女騎士の代表として、この場から逃げるわけにはいかない!!」 


『バアーン!』という効果音と共に顔をあげたダクネスは荒い息遣いをしながら、今度は片手を強く握りしめている。


 色々と忙しい女騎士だな。

 だが、こうなってやる気スイッチが入ってしまえば、この暴走は止められない。

 完全に逝った目の彼女に俺たちは関わりを持つまいと、知らぬふりをしていた。


「えっ? アイツ、今ダスティネスって口に出したよな?」

「ダスティネスか……ひょっとしてあの有名なダスティネス家の一族かよ!?」

「そう言われてみれば金髪で青い瞳をしてるな! あれは貴族という立派な証だぜ!」


 やれやれ、貴族が怖くて山賊をやっている場合か。

 山賊鍋は居酒屋の定番メニューだろ。


「貴様たち、金と荷物を置いて去れと言ってはいたが……」


 ダクネスの潤んだ瞳にきゅんきゅんなハートマークがうっすらと浮かぶ。

 この分だと、本人は大層楽しんでいるご様子だ。


「……どの道、その程度では欲求は解消されないのだろう!?」

「そして武器までも奪い取った貴様らはこう言うのだ」


『おおっ、コイツら揃いも揃って上玉じゃないか!』とか。

『うへへ、コイツらは高く売れるに違いないぜ!」……などと先ほどから興奮じみた一方的な会話を交わすダクネス。


 ああ、またダクネスの妄想話が始まったな。

 まずは競売にかけられた身売りという設定で来たか。


「……無論、そこで終わりは迎えない」


『旦那、売り飛ばす前に俺らにも女騎士の蜜の味をあわせて下さいよ!』と体をモジモジと揺らすダクネス。


「そうして旦那と言われたスキンヘッドのお頭であるお前は口元を緩ませてニタニタと下品に含み笑いをしながら、こう言うのだ!」


 ああ、勿論もちろんだぜ。

 こんな上玉が目の前にいるのにボケーと見惚れているだけじゃ味気ないだろうと……。

 心のブレーキがないダクネスの一人芝居はますます加速するばかりだ。


「そうやって、私たちに容赦なき乱暴をこの身に叩き込まれ……」

「──じょ、冗談じゃねーぞ!」


 山賊三人組がダクネスの熱狂音頭? に背を向けて、一目散に逃げていく。


「おっ、おい。どこに行くのだ、貴様ら。トイレならカズマが持っている簡易トイレがあるぞ!?」


 あのさ、緊急事態でもないし、これタダじゃないし、猫型ロボットの秘密兵器みたいに見ず知らずのもんに使うトイレじゃないからな。


「ここに貴族がいるのなら、ここら辺に騎士団が身を潜めているはず!」

「しかもアイツの仲間には赤い目の紅魔族もいたぞ」

「お前ら、早死にしたくないのなら全力で逃げるぞ!!」


 この世でもっとも怖いものワースト3。

 ガン、糖尿病、狂った異性がもたらす生活価値感病。


「おい、待つんだ! 若くて色気たっぷりの女たちを前にしてそんな逃げの戦法でいいのか!?」

「安心しろ、ここに騎士団は隠れていない!」


 ダクネスの言葉に聞く耳も持たずにスタコラと逃げていく山賊たち。


「貴様ら逃げるな! 山賊としてのプライドはないのかー‼」


 ダクネスが山賊連中を地の果てまで追いかけ回し、山中でそのまま夜となった……。


****


「──おい、ダクネス」

「お前が山賊たちを執拗しつように追いかけるから、俺たちはここで野宿することになったんだ。お前、ちょっとは自分の行いを理解してるのか?」


 たき火の周りをメンバーで囲み、肌寒い夜に暖をとりながら、俺はダクネスに文句をぶつける。


「うう……いや、私は騎士だから民衆に悪い害を及ぼす人間を放っておくわけには……」


 ダクネスが人さし指通しをくっつけて、困ったような対応をする。

 いや、内に秘めた『変態』の感情が抑えきれないだけだろ。


「でも私も山賊を相手にしたかったです」

「あのレアなモンスターは退治すると金銀財宝をいっぱい持っているのですよ」

「いや、めぐみん。その財宝はアイツらが自らの手で盗んだもんだし、野生の山賊はモンスターじゃねーからな」


 いくら山賊でも中身は人間。

 奪い取った宝の内容によっては白いお好み焼き粉とかもありそうだし、下手をしたら警察に捕まる恐れもあるからな。


「それで野宿をするということは見張りが必要よね?」

「すまぬ……アクア。見張りなら私が責任を持ってやろう」

「いえ、ダクネスさん、見張りなら私にお任せを! こんなことがあろうかとキャンプ道具一式を持ってきていましてね!」

「ゆんゆん、あなたには徹夜はさせませんよ。どうせ、今回の旅が楽しみでろくに寝ていないのでしょう?」


 三人寄れば文殊の知恵ではなく、一人増えて四人も女が集まると中々騒がしい。


「……いや、お前らは長旅に備えて休んでろ。俺が見張りをやるから」

「敵感知や暗視スキルを持ってるのは俺しかいないし」

「うう……すまん。恩に着るぞカズマ」


 たき火の明かりに揺らぐダクネスの姿が申し訳なさそうに映っていた。


「だけどダクネスもそれなりの大人なんだから、知らないおじさんにホイホイ付いていくなよ。世の中のおじさんの行動力をなめるなよ?」

「大丈夫だ、カズマ」


 ダクネスが拳をぎゅっと握りしめる。

 いや、そこは大丈夫じゃないだろ。

 お前のためを思って言ってるんだぞ。


「あの連中は山賊という女騎士の弱味を握った相手だったから、理性の歯車を狂わされただけだ。私は本当に好きな相手にしか身を捧げないと心の底から納得しているからな!」

「……お前さん、自分の台詞に酔ってるのか? 言ってる意味がよく分からないぞ」


 それとも長い間、異世界にいるせいでイントネーションがずれてきてるのか?


 俺、若くして死んだけど、日本人辞めてないからな!

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