第219話 このレアな生き物に救済を!!(1)

「皆さんっ、おやつはたくさん持ってきましたのでお腹が空いたら言って下さいね!」


 ゆんゆんが茶色い紙袋を俺たちに見せる。

 中身からしてたい焼きか人形焼きか、回転饅頭か。

 俺としてはシュークリームを腹一杯食べたいぜ。

(胸焼けからカロリーオーバーへ)


「それから私も水の初級魔法を覚えましたので綺麗な水も出せますよ。喉が乾いたら言って下さいねー!」

「だからうるさいです! 私たちは初めての遠足に来てるんじゃないんですよ!」


 ゆんゆんが大きく手を振って、空いた手のひらからさらさらとした水を出す。

 それを傍目にしていためぐみんはキレる一方だ。

 この恥ずかしい紅魔族組には変に関わらず、他人のフリをしておこう。


「ねえ、カズマ。このフワフワと浮いた綿毛のようなものは何かしら?」

「ああ、アクア、それはなケセランパセランという綿毛の精霊だ。人畜無害な生き物だから触らずにそっとしてだな……」

「わっー! フワフワがいっぱい♪」

「……って、人の話を聞いてるのか!」


 ケセランパセランは雪精の種類でもあり、毛玉の妖精でもある。

 つまりあまりしつこく触ったりすると、それらを司る大精霊が現れて反撃をしてくるという噂だ。


「なあ、めぐみん」

「ここにちょむすけは連れてきてもよかったのか?」


 俺はアクアの暴動を無視し、めぐみんに聞きたいことを訪ねてみる。

 そんなことも知らずにゆんゆんの足元を悠々と歩く猫的なちょむすけ。


「こんな危険な場所にコイツを連れていく意味なんて無いと思うんだが……」


 ちょむすけがトコトコと歩きながら目を細めて『なー』と鳴き声を出す。


『なーっ』て何だよ、しりとりかよ。

 いくら『なるファイアー!』と火を吹いてきても、しりとりなら負けないぞ。


「いいえ……ちょむすけはもしかしたら最後の切り札になるかも知れません」

「この子がこの場にいるだけで、魔王軍の幹部を足止めできるかも知れませんから」

「足止めって、セメントじゃあるまいし、どういうつもりだよ」

「砦に出現する幹部とどういう関係があるんだ?」

「それはですね……」


 めぐみんがいつになく厳しい表情で黙りこむ。

 まあ、話しづらいならしょうがない。

 これ以上の詮索は無理だよな。


 でも、あの黒い猫を邪神と言われてもどうも納得いかないんだよな、歩く毛玉の固まりだし……。


「──って、アクア!」

「それ以上、その毛玉を触るんじゃね。いい加減捕まえてグーで握るのはやめろ」

「えー、もうちょっとだけいいじゃない!」


 アクアがケセランパセランを握り、隊や平目や踊り子になりながら陽気に舞い踊る。


「この子のフワフワとした質感が遠くでお留守番をしているゼル帝(ひよこ)のことを思わせてくれるの。よよよ……」

「ゼル帝なら今朝ウィズの店に預けたばかりじゃねーか」


 アクアが涙を浮かべながら、両手で優しく握った綿毛を頬に擦り寄せる。

 いくら親バカでもコイツは重症だな。


 ……まあ、それは置いといて、なぜか平和過ぎるんだよな。

 モンスター分布マップで敵を避けて通っているとはいえ、厳しい戦いでもある最前線へのルートには確実に近づいているはず……。


「むっ!」


 そこで俺は木々の奥から、ある異変を感じ取る。

 おっと、考えてる最中にここで敵感知スキルが反応したな。


 数は一人じゃなく、複数でこちらの動きをさぐっているようだな。


「おい、用心しろよ。何者かが俺たちを狙っているぞ!」

「は? こんな休憩所もない場所で?」


 ソロキャンプ万歳。

 金もキャンプ道具もないアクアがやれやれと肩をすくめる中、ガサッという草の茂みから出てくる太い足。


「待ちな、そこにいる冒険者共!」


 前方の林から抜き身の大きな剣を肩にのせた大柄の人間の男が俺たちに近づく。

 片目には黒い眼帯、スキンヘッドに口周りには髭を生やし、ガッシリとした胸板を見せつけた衣装で体は少し肥えている。


 他にも2名がそのゴツい男を挟んで左右にいて、フードで口を隠し、ダガーを両手に持つ盗賊、魔法使いのローブを着て、片手剣を見せつけるなんちゃって盗賊ときたもんだ。


 その三人組の人相は悪魔の……いや、怪しい微笑みに包まれていた。


「ここから先には行かせないぜ!」

「痛い目に遭いたくないなら、ありったけの金と荷物を寄こすんだな!」


 その暗雲を生み出した違和感はモンスターの出現を越える。


 まさかの山賊の登場かよー!!

 

 俺たちパーティーは口をポカンと開けたまま、その山賊相手に目が点になっていた。


「へへへ……大人しくしな。金と荷物をくれたらここは見逃してやるぜ」


 俺たちパーティーは目が細くなり、信じられない空気に飲まれていた。


「おい、アクア検察官。アレってやっぱり……」

「ええ、検死官カズマ!」


 おい、俺はいつから死体処理班になった?

 まあいいか、人生は一度きり。

 死体ことをすればいいし。

(心から病んでいるカズマ)


「山賊が出てきたわよ!! 山賊なんて初めて見たわよ!」

「等身大な人形じゃなくて本物だよな、スゲエよー!」

「今日のカズマはついてますね。ネギを首に巻いたカモネギよりも貴重な人型のモンスターの山賊ですよ!」


 俺の脳内イメージでは異世界という場所は治安が悪くて、街外れの道を拠点とし、所々を山賊がうろついているだろうと感じていた。


 しかし、現実はそうではなく、モンスターが忍び寄るこの世界で街中から離れて山賊を職にするなんて、そこら辺の吐くまで飲む根性のある酔っ払いでさえも、なろうとは思えない。


 常にモンスターとの危険と隣り合わせの中、いつカモになるターゲットが来るか分からん山賊職業をやるよりも普通に冒険者をやった方が色々と安心だし、その方が断然儲かるからな。


 そんな普通の生活すらも苦手なレアケースな生き物に出会い、感激したのは俺だけでもなく……。


「これは凄いです‼ 私も生の山賊の人を初めて見ました! 魔道カメラがないのは惜しいけど、里のみんなの土産話にピッタリだわ!」


 ゆんゆんが拳を握ってえらく熱心になり、レアな人たちをその目に焼き付けているようだ。


「……ぐっ」

「おい、お前らふざけんなよ!? さっさと金を出せよ!!」


 テンプレの教科書通りの山賊とは、まさにこの連中に間違いないだろう……。

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