第2ーA話 この女神に湖の浄化作業を‼(1)

「みんな、例え辛くてもクエストを請けにいきましょう」

「何だよ、俺にド○クエの最新作をやれとでも?」


 ギルドのテラスでいつものようにパーティーと朝飯を食べている最中、アクア一人がテーブルを叩き、やたらと血気盛んだ。

 魔王軍の侵攻のせいで難易度の高いクエストしかない今世紀、俺にゲームのコントローラを握れと?


「俺たち金はたんまりあるんだから、そんなゲームより、もっとワイルドでオープンな遊びにしようぜ」

「いいえ、難易度の難しいクエストしかないのは、それ相応の強いパーティーがいないからよ! それなら私たちが強いモンスターを倒して借金を返す……じゃなくて弱い人々を守るのよ!」


 はあ? 

 今、お前何て言った?

 俺が借金を肩代わりしたのにアクアのヤツめ、また新しい借金を作ったのか?


「自称、天を司る女神が守るべき人間様に借金をするなんて何様のつもりだ!」

「でもご飯食べないと死んじゃうしー!」

「ならせめて俺の了承を得てからツケをしろ!」

「えー、だってカズマさんケチそうだもん」 

「ケチで悪かったな、疫病神!」


 怒った俺は鞘を収めた剣を振り回し、アクアに脅しをかける。


「あの、カズマ、私ならクエストに参加してもいいが……」

「私も同感です。このままでは爆裂魔法の腕が鈍りますし」

「そうか……そこまで言うならしょうがないな」


 ダクネスとめぐみんの同意を受け止めた俺は一息つき、まあ、お手軽なクエストなら良いかという大人な結論となった。


「えっと、じゃあね、スカイダークドラゴンとレッドアイズホワイトドラゴンによる天空での縄張り争いの討伐を……」

「ふざけんなよ、俺たちは空を飛べないし、天にも昇れないし、明らかにカードゲームに出てきそうな強そうなモンスター二匹だろ!!」

「大丈夫よ、二匹が集まって喧嘩してる時を狙って、めぐみんの爆裂魔法でお陀仏だぶつよ!」

「その集め役を俺にやらす作戦なんだろ。頼むからもっと体に優しいクエストをな!」

「もう……しょうがないわね」


 えらく不服そうだが、俺はお前さんの奴隷になった覚えはないぞ。

 アクアは壁にある掲示板で別のクエストの張り紙を探す。


「あっ、これはどうかしら?」


 その依頼は水の浄化だった。

 水質が汚染された湖にブルータルアリゲーターというモンスターが集まるようになってきたので、人々の安全のために湖の浄化をお願いする……とのことだが……。


「そういえば水の浄化ってお前さん……」

「フフッ、よく分かるわ。その答えが喉元まで出かかっているんでしょ? 私の女神としての存在をよーく分かってるじゃない」

「ああ、トイレの神様だろ?」

「違うわよ! 平民は黙って聞きなさい」


 水を操る優秀な一級である女神アクア様にとって汚れた水の浄化なんて得意中の得意で、私にピッタリなクエストとか言ってるが、それ汚物処理と一緒じゃね?


「それでどうやって浄化するんだ?」

「水に浸かったまま、浄化魔法を半日中かけてじっくりとやればいいのよ」

「長いわい! 煮込み鍋ごっこならお前が一人でやってろ!」

「ま、待ってよ‼ カズマ!」


 こんな変人には関わるまいと、その場から立ち去ろうとする俺のマントを掴んで離さないアクア。


「浄化の最中にワニのモンスターがやって来ると思うからカズマたちは私の浄化が済むまでヤツらの気をひいてほしいの」


 アクアが床でお願いしますと土下座する中、俺の脳内に極悪非道なワニのイメージが広がる。

 あの巨体な象を大きなアゴの力で仕止めるくらいだからな。

 非力な冒険者なんて一口でパクリだろう。


「別にいいのではないか? モンスター退治ではないし、危険はないだろう」

「いや、ダクネス、ワニをなめたらいけないぜ……」


 日本で流行ったゲーセンのオモチャのワニワニパニックとやらも強敵だったからな。

 本物相手はさらに手強いだろう。


「……いや、ちょっと待てよ」


 ふと、俺の中にあるイメージが沸いた。

 虫ではない、あくまでもイメージだ。


「アクア、安心して浄化に専念できる作戦が浮かんだんだが、その作戦にのってみるか?」  


****


 アクセルの街から離れた山のそびえ立つ草原に足を運んだ俺たちは早速、例の湖の前で作戦を実行することにした。


「ねえ、本気でやるの……? 冗談抜きで怖いんだけど……?」

「私、今度こそ人身売買にかけられた女神みたいなんですけど……」


 街で購入した猛獣専用の四角い鉄檻をめぐみんが操る荷馬車でここまで運び、中で大人しく座っていたアクアが現場に下ろされたなり、遥か昔に俺がやった出来事を言う。


「ダクネス、俺の横に回り込んで、この檻をもう少し押してくれ」

「ああ、こうすればいいんだな」

『バシャーン!』

「きゃああ!?」


 大きな水飛沫と悲鳴をあげて、湖の浅瀬に浸かる檻。


「うっし、これでいいだろう」

「カズマ、か弱い女の子が入っているのよ。もっと丁寧に下ろしなさいよー」

「文句を垂れるな。その頑丈な檻ならワニが攻撃してきても平気だろ」


 アクアがぶうたれて座っている中、俺はアクアの緊張感をどうにか和らげてやる。


「だからお前さんは意識を集中し、水の浄化をしろよ」

「それもそうね」


 アクアが水に手を沈めて、浄化の呪文を唱え始める。


「じゃあな。俺たちはそこの辺の木陰にいるからさ。危なくなったら呼べよ」

「何かあったらすぐに来てよー!!」


 アクアがお湯に浸した紅茶のティーパックになっているのを見届けながら俺たちは遅めの昼食をたしなむ。 


「カズマ、アクアに対して冷たくないか? 浄化だからって何時間も水に浸かっていたら、いくら何でも風邪を引くぞ」


 淹れたての熱い紅茶が入ったティーカップを持ったまま、ダクネスが心配そうな言葉をかける。


「あんな水責めなプレイなら私自らが喜んで引き受けてやるのに……誠に残念だ」


 アクアを心配してると思いきや、自身の欲望が優先かよ。

 まあ、水の女神は一日中湖に沈んでも心身共に平気って聞いたから問題はないだろ。


 小一時間経過……。


「おおーい、順調にいってるか? トイレに行きたいんなら難なく呼べよ。簡易トイレも持参したからなー!」

「問題はないわよ。それにアークプリーストはトイレには行かないから気にしないで!」


 おい、不注意な台詞で歳がバレるぞ。

 いつの時代のアイドル気分だよ。


「あの様子だと大丈夫みたいですね。ちなみに紅魔族もトイレには行きませんので、そこの所よろしくです」

「ふああーあー、よろしくぅー……」


 大きなあくびをしながら、めぐみんの発言に頷く俺。

 飯という炭水化物を食べたせいか、眠いな、少し芝生で横綱になりたいぜ。


 どすこーい!


「この調子でブルータルアリゲーターが来ないまま作業が終わるといいのですが……」

「おいおい、めぐみん、そんなこと言ってるとヤツは突然現れるもんなんだぜ……」

「カ、カズマ、クルセイダーもトイレには行かないぞ」


『パシャ!』


 そのキリがいい会話と同時に湖の中央辺りから水が跳ねる音がする。


 そして水面を流れる複数の影。

 影は水から顔を出して咆哮し、鋭く尖った角を光らせる。


 出たな、ブルーチーズアリゲッター!

(違う)


「カ、カズマー‼ 何かいっぱい来たんですけどー‼」


 気がつくとアクアのいる檻を目がけて何体ものワニが大型な台風みたいに、急接近していた……。

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