第1ーB話 このアクアに美術品を‼

「前回の件で水商売は私には向いてないと分かったわ」


 アクアが商店街の路地で愚痴を溢しながら大きなサイズの段ボールを開けはじめる。

 開けてたまげたビックリ箱だろうか?


「もっと真剣に物作りを試みて、真面目に商売をすることに決めたのよ」

「随分とお前らしからぬ心がけだな……」

「それで……今度は何を売る気なんだ? インチキ商売女神」

「インチキじゃないわよ! 私の物作りの心得はいつだって本気よ!」


 アクアが段ボールの中から長方形の箱を取り出して、俺に差し出す。


「フフッ、どうかしら。私の水の能力を最大限に引き出して作ったオリジナルの石鹸よ。是非ご賞味あれ」

「ご賞味って職人じゃあるまいし、石鹸は食べれないだろ? しかし今回も変なの作ったよな、大丈夫か?」

「カズマ知らないの? 石鹸を作るには綺麗な水が必要なのよ。つまり私の使う水で作ったら凄く上品な石鹸ができるというわけよ」

「それは分かったけど、こんな街中で石鹸とか買うお客がいるのか? ネット通販でポチポチじゃあるまいし」


 この世界にはネットというものが存在しないことは認識済みだよな?

 それに無駄にデカイ箱だから持って帰るとしても荷物になるぞ。


「フフッ。馬鹿にするのも今のうちよ。開けてビックリ驚きなさい!」


 やっぱりビックリ箱じゃないか、心臓止まったら蘇生してくれるよなと内心ひやひやしながらも俺は箱のフタを開ける。


『ドーン!!』


 音のない効果音を鳴らしながらも俺の手元には乗ったのは、前足を蹴りあげた馬にまたがり、天に吠えるポーズを決めているフィギュアの石鹸であり、コースターのような台座に馬の足先が引っ付いていた。


「ぬわっ、すげー作りだな! これ、石鹸とかいうレベルじゃねーぞ!」

「へへーん。他にも色々とあるわよ」


 俺の率直な感想に自慢げなアクアが他の石鹸を見せてくる。


「幻想的な精霊シリーズとか、荒野の侍たちのシリーズとか!」


 俺はそこで少し違和感を感じた。


 いや、いくら作り込みが良くても所詮は石鹸だし、そこまでヒットするような商品には見えないんだが……。


「なあ、アクア。結構売れてるって聞いたけど、どんな石鹸が売れたんだ?」

「ええ……」


 アクアが人差し指を口に当てて、少し考え込む。


「そうね、美少女関連の売り上げが主ね……」


 やっぱりそっち系の分野か。

 太古の昔から美少女とは憧れの存在であり……って、地球最初の美少女って誰だよ。


「ちなみにお風呂で使用するとだんだん防具が溶けるダクネスの石鹸は即座に売り切れになったわよ」

「おい、そのことをダクネスが知ったら大きないかずちが落ちるぞ」


 俺は溶けていくダクネスを想像しながらも、ダクネス本人による鬼の剛力でボロ雑巾にされるアクアが思い浮かぶ。

 お前の商売には安らぎというもんはないのか?


「アクアさ、芸術の神様ピ○ソアクアに名前を変えてこの石鹸で食っていけば?」

「ええっー、私は麗しき水の女神なのよ。そんな芸人ごっこでお金なんて稼ぎたくないわよ」


 アクアが胸に片手を当てて、自身の弁解を求める仕草をする。

 お前さんの秀でた才能をこの世に引き出さないなんて、もったいねーよな……。 


「あの、すみません。そこのお二人方」


 俺たちが色々と今後の売り上げを計画に練っている中、若い男の声の呼ばれに同時に顔を向ける。


「私は警察という者ですが、ちょっとお話しをよろしいでしょうか?」 


 背後には貴族風な制服に黒いマントというガッチリと身を固めたお兄さんが警察という証明カードを見せつけながら立っていた。 


「盛り上がりの所すみませんが、ここら辺で不健全で怪しい石鹸を販売して者がいると伺ったのですが?」

「い……いいえ、不健全なんてそんなことしてないですよ。至って健康そのものの暮らしぶりです……」 


 警察の前で身の潔白を証明するアクアよ。 

 何か日本語がおかしいし、それでは不健全ではなく、不健康の捉え方になってしまうが?


「それにあなた、ここでの販売の許可は取っているのですか?」

「えっと……こっ、これはプロも認める美術品であって、そのように見えるのは芸術に対する価値観が分かってないからです」

「うーん、そう言われましても……許可証も持ってないなら、こちらで差し押えすることになりますが?」

「それは困ります‼」


 口で言っても強情な相手に、アクアが無言で、そのお兄さんに一体の美少女石鹸を渡す。


「ななっ! こ……これは確かに凄い……」


 石鹸を手にした途端、冷静だったお兄さんの顔つきがガラリと変化する。


「こっ……これはもしかしてあの魔道具の店主ウィズさんのお姿では……!? おおっ、エプロンにしろ、フリルにしろ細かな部分まで作りが行き届いていて……!」


 お兄さんは警察という立場も忘れて、腰をおとしてしゃがみ込み、その石鹸を前に熱狂していた。

 それを商売人アクアが黙って見ているはずがない。


「あのですねー、その商品なんですけど、そのエプロンの部分はお風呂で使う内に……」

「ええ、存じています。衣装が溶けていくんですよね! まあ美術品ですから良いですよね」


 ゴマをする女神につられ、お兄さんは美術品という名目でその石鹸をマジマジと眺めている。


「まあ、美術品ですから使用はしませんが、保管用と観賞用で二つ貰えませんか?」

「お買い上げありがとうございまーす♪」


 ニコニコ笑顔なアクアが二つの箱をお金と引き換えにすると、お兄さんの方も満足げな顔をしていた。


「所でさ、素敵なお兄さん、ここで商売するのに何とか力添えできないの?」

「うーん、まずは行政に申請して定められた金額を払わないといけないですね……」

「そんな面倒なこと、お兄さんの力でパパッと解決できないの? じゃなかったらここは見逃してよ!」


 世の中、買わせたもん勝ち。

 ここで土壇場なアクアの説得が始まる。


「見逃してくれたら、あの伝説の美少女と噂される女神、脱いでも素敵なエリス女神の石鹸がセットで付きますよ」

「うおおー、あの意地でも脱がない噂の女神様がいきなり大胆な水着姿だなんて、これはレア過ぎる!!」


 これを知ったらエリス様もしばらくは地上に下りてこないだろうな……。


「いやですね、僕も思っていたんですよ。同じ人間なのに他人の行動を取り締まることに疑問を感じていたんです」

「あと、オーダーメイドもできます? 僕の同僚の女性警察の石鹸もいくらか準備できたらありがたいのですか? 男仲間たちへのお土産品みやげということで……」


 あまりの卑猥ぶりな会話に無感情となった俺は、和気あいあいとした変態二人から離れて、ストストと歩き、近くにいた女性を呼びつける。


「女性警察さん、あいつらヤバいんでお願いできますか」

「……オッケー」


 眼鏡をかけた彼女は手縄を携えながら、ゆっくりとアクアたちに近寄っていく。


 二人ともここでさよなら。

 俺は今日のことを永遠に忘れない。 




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