第208話 このクリスに一輪の花を!!(2)

「そうなんだ。わざわざエリス様の好きな花まで調べて。とてもお利口さんだね」


 一本、それまで!

 クリスの外観のエリスは心からの本心を言った。


 エリス様はキミらのようなお子さんにまで大事なお小遣いを使って、お供えの花を買うのは嬉しいかもだけど、エリス様のことだから私なんかに余計な気遣いをしないで他のことにお小遣いを使って欲しいなと思うに違いない……。


 このお花のお供えも今回限りにしたらエリス様はもっと喜ぶに違いないと……。

 ううっ、エリス様は絵に描いたように優しいよな。


 それを聞いた妹がお姉ちゃんと一緒に口をつむり、目線だけでやり取りをする。


「うーん……、私たちはエリス様にお礼をしたかったの」

「お礼って?」

「うん。えっとね、昔からお母さんに聞かせれていたんだ……」

「この世界が平和で過ごしやすいのは、エリス様が色々と力をくれたお陰で、冒険者が悪い魔王に戦いを挑めるようになったからって」


 それからと女の子は告げる。

 みんなからは見えない所でもエリス様は日々一生懸命に頑張っている。

 だからその願いをこの花に込めてエリス様をこれからも応援するとか……。


 その熱意に朗らかに笑いかけるエリス様も感極まる心情らしい。

 クリスはその感情を頬を掻くことで照れ屋な表現を柔らかくさせる。


「そうなの。これからはお供え物をしなくても、その気持ちだけで充分だとエリス様は喜んでくれるよ」

「キミたちもいつも応援ありがとうってね」


 クリスのメッセージに何かを悟ったのだろうか。

 妹とお姉ちゃんがクリスの顔をボーッと見て、彼女の間近に寄ってくる。


「よく見たら髪の色も目の色もエリス様にそっくりだね」

「えっ?」


 何てことはない。

『じゃじゃーん、呼ばれて飛び出すエリス様ご本人なのだからー‼』と大きな声を上げて叫びたいのは山々だが、そうしたとしてお嬢ちゃん二人を怖がらせ、そのまま警察に連行されたら洒落にならん。


「はい、どうぞ」


 お姉ちゃんが持っていた一輪の花をクリスの手元に握らせる。


「あの……これは何の真似かな?」

「いいの、受け取って。お供えの花は妹の分があるから。冒険者さん、モンスターから街を守ってくれて……」

「「ありがとう!」」

「えっ……いや、あのね」


 笑顔の姉妹によるお気遣いが神過ぎて、本場の女神様も調子を狂わしたようだ。


 そう、今のエリス様に言葉は必要ない。

 俺は緊張をほぐすため、そのクリスの肩に手を置いて元の彼女に戻そうとする。


「あははっ、いやー、これはどうしたものか。こちらこそありがとう!」


 不器用に笑ったクリスが片手を頭に乗せて、見かけは子供、心は立派な大人の姉妹に感謝の意を表す。


「じゃあ私たち、これで行くから。お兄ちゃん待たねー!」

「「バイバーイ!」」

「バイバーイー……」


 クリスに手を振る姉妹のお別れのさよならに、クリスがヘラヘラと笑い、手を振り返しながら異変を察した。


「……あっ!?」


「ねえ、ちょっと誤解だよー! あたしこう見えてもお姉ちゃんだからねー!!」


 細かいことはいいじゃないか、隣にいた俺の存在は永遠にスルーだったぜ。

 唯一の悩みと言えば、銀髪盗賊団の一員として、俺もクリスのようにイケメンなメンバーになりたかったな……。


 まあ、この想いは胸に留めておこう。

 そのことを言ったらクリスは怒るだろうからな。


****


「しかし驚きましたよ。エリスの頭文字を取ってクリスという適当に付けた名前じゃなかったんですね」

「キミさあ、ネーミングセンスのない駄目な女神って思いながら、今まであたしに接してきたわけ?」


 クリスが不機嫌そうには声にスパイシーな強みを効かせる。

 おおぅ、普段は大人しい女神でも怒る時もあるんだな。


「まあ、たった一人でも必死になり、人知れぬ影として頑張っている真面目でひたむきな姿。俺にとって、憧れの女性像だという気持ちは断固揺るぎませんよ」

「……うむうむ。そうなんだね。それなら黙って許そうではないか」


 俺はクリスの異変に早くも気づく。

 どうやら俺のターン、ドロボーの時が来たようだな。


「おおっとっと、お頭競走馬、言葉遣いが変ですよ。クリスなのに柄にもなく照れていますよね? 以外にもツンデレオーラ全開ですね、ツンデレの競走馬お頭」

「助手君、ちょっとだけそのやかましい口を閉じようか」

「顔をこっちに向けなくてもバレバレですよ。耳から尻尾の先まで真っ赤じゃないですか。エリス様はやっぱ可愛いですね。俺と結婚してこの世界で愛を育みませんか」

「さっきからうるさいですよ、カズマさん!」


 クリスが怒った声で返しはするものの、それは表面上で何の怖さも感じない。


「それ以上女神をからかうつもりなら神の裁きを受けることになりますよ」

「それから気安く結婚などという台詞を言わないで下さい。女性にとって結婚とはその後の運命を左右させる大イベントの一つなのですから」


 そっか? 

 お前のことが好きだから結婚してくれないかなんて、巷では釣れた魚を逃がすまいと叫ぶ男のキーワードとも聞いたぜ?


「呑気に構えるのも今のうちですよ。めぐみんさんやダクネスにも告げ口しますから」


 満月が俺たちの先の見えない礎を照らす中、少女に貰った一輪の花を胸に抱いたクリスがようやく俺の方を向いた。


「ねえ、助手君……あのさあ」

「ヘイ、何です、兵隊のお頭?」


 クリスがエリス様を思わす母性ある微笑みで俺の目をまっすぐに見る。


「色々と手伝ってくれてありがとう」


 感謝祭は紙吹雪と共に終わりをもたらす。

 両者の女神様に感謝という想いを伝えながら……。

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