第207話 このクリスに一輪の花を!!(1)

 夜の暗闇の街灯りをほのかに照らす光の玉。

 球体は一軒の大きな建物も光を放ち、悠々と光輝く。

 その建物となる、冒険者ギルドと連なる酒場は賑やかな活気に満ち溢れていた。


「カズマ、何ボセーと寝過ごしてるのよ! みんな宴会の準備は出来てるわよ」


 俺がのほほんと惰眠をし、日頃の疲れをとった夕暮れに目を覚ましたら、家の中には俺以外誰もいなく、食卓のテーブルのメモによる書き置きでここまで来てみたらこれだ。

 みんなすでに酔っ払い上等! となっていて、怒られたばかりのアクアもすっかり酒に溺れているようだ。


「お前、さっきのダクネスの説教に懲りてねえのか? 光通信並みに切り換え早いよな」

「それはもういいのよ。お祭りは大成功だったし、ここは飲んで楽しまないと!」


 アクアがテーブル席に座り直し、酒の入った木のジョッキを片手に豪快に飲む。


「ぷはー、最高ー!!」


 口にビールの泡を纏わせながら今回の行事に満足げのアクアなおっさん。


「まあ、それはお前の勝手だが……」


 周りにはアクシズ教徒とエリス教徒が同じテーブルを囲んでいて、セシリーはエリス教徒の女の子と頬擦りをしている、


「これじゃあ、悪魔と女神を同じ部屋に監禁しているような感覚と同じだな」

「ちょっと何怪訝そうな顔してるの、そこの黒幕ニート!」

「いくらニートの分際でもエリスと教徒の子たちを悪魔呼ばわりするなんて酷いじゃない」


 いや、親バカ勘違いしてね?

 アクシズ教徒が悪魔って言ってみたつもりなんだけど。


「それに今夜はお祭りが無事に終わってみんなで楽しむ宴会よ。ウチの子たちは宴会を前に喧嘩なんて起こさないわ」

「お前らって、いくら腹が立って暴動をしても宴会をさせれば常に平和主義なのか?」

「まあ、その主張も間違ってもないわね。私にも言える立場よ。これからも私の手をわずらわせたくないのなら、毎日、高級酒を持ってきなさい」


 お前さん、自分が世界の中心になって厄介ごとを起こすことをおおやけに認めたな。


「ほらほらダクネス! それにめぐみんも!」


 クリスが酒瓶を持ち、ダクネスのジョッキに酒を注ぐ。


「おいっ、クリス。めぐみんには酒を勧めるな!」

「ダクネス。いつまでも私を子供扱いしないでもらえますか!」

「カズマも言ってあげて下さいよ。カズマとは二つしか歳は違わないですし」

「いや、ロリっ子にはまだ酒は早いだろーが」


 この異世界では16から大人扱いされ、酒が飲める設定であるが、残念ながら幼女めぐみんはその歳にも満たしていない。


「それにめぐみんとの年の差はまた少し離れたんだ。今日は俺の誕生日でもあるしな」


 己から誕生日を明かすのはモテない男の風物詩みたいでちょっとアレだけど。


「ふーん、おめでとさん」

「じゃあカズマ、私にプレゼント頂戴な」


 アクアの話によると、この国では誕生日を迎えた本人が無事に一年を過ごせた証として、お世話になった人たちにプレゼントをあげるという風習があるらしい。


「マジでか。ならきちんと準備しないとな」

「カズマ、そんな風習はありませんよ。お誕生日おめでとうございます。後で私からプレゼントを用意していますので」


 めぐみんが俺の後ろから正論を口走る。


「テメエー、また俺を騙したな! この年齢不詳のババアのくせしてー!!」

「うわあああーん! ニートのくせしてカズマがまたもや言ってはいけないことをー!」


 俺はムキになって、泣き叫びながら逃げるアクアを追い回す。

 その酪農牛追い祭りの情景にクリスは口に手を当て、淑やかに笑っていた。


****


「──本当に色々とあったよね」

 

 祭りの喧騒を終え、静かになった夜の商店街を背にして、俺はクリスを宿泊先の宿まで送ることにした。


「ダクネスから一部始終聞いたよ。キミが全ての元凶だったんだね?」

「はい……、その説に関しては誠にすみません」

「……でもこんな騒動があったからには女神エリス感謝祭はこれからも……生きるしかばねになっても続けないといけないって役員たちが高らかに叫んでいました」


 ──あの後、女神エリス自らが自身のコンテストに出たということは大きな騒ぎとなり、アクセルの街は女神エリスが降臨したという、エリス教徒たちにとっての聖地になるのではという所まで発展しているのだ。


「そうなんだ。まあアイギスとあたしを助けてくれた一礼もあるしね。キミの功績を素直に評価して今回は許してあげるよ」

「それでアイギスはどうなったんです?」

「ああ、あれ以降から良い香りがする素敵なエリス様と鼻息をフンスカ出しながらも、急に大人しくなってね。あたしの言うことにも素直に従うようになってさ……」


 将来的にはアイギスが希望するべっぴんなソードマスターの持ち主を探し、対魔王軍の切り札にしようと考えているらしい。


「それは良かったですね」


 これにてドタバタな神器探しも、アクシズとエリスによる二つの教団のぶつかり合いもうまく終結したな。

 本物の女神様による実力を思い知らされたぜ。    


「──ああ、この街のどこかにエリス様いないかな。初めてあのイラストを見た時から憧れの存在でさ」

「バカだなあ、お前みたいな煩悩にまみれたヤツに顔を出したりするかよ。まあ俺みたいな真面目なエリス教徒には姿を現すかもな」

「お前だって煩悩の固まりじゃないか。彼女との結婚資金に手を出して、わざわざエリス様に会いに来たんだろ」

「何の。俺はエリス様に結婚を祝福されるようにここに来たんだ。彼女の許可もきちんと得てある」

「ちゃっかりしてんなー」


「……と遠くの野次馬野郎が口にしてますよ。エリス様。お二人の祝福を」

「助手君、あたしはエリスじゃなくクリスだから」

「それにね、今のあたしに出来ることはキミの家からお宝を奪って、あの人の結婚資金を増やしてあげることくらいだよ」


 このお頭は俺の何を盗む気なんだろう。

 恋するハートならとっくの昔に奪われてるけど。


『どん!』

「わっ」


 不意に立ち止まったクリスの後ろに当たってくる女の子の声。


「あ、あのぶつかってごめんなさい」


 ツインテールをリボンで結んだ小学校低学年くらいな女の子が申し訳なさそうに謝ってくる。

 隣にはその子の友達だろうか、同じ歳くらいの長髪の女の子が一輪の花を持ったまま、こちらを不思議そうに見上げていた。


「いいや、こちらこそごめんね、周りをよく見てなくて。大丈夫? 怪我はない?」


 クリスが地面に落ちた一輪の青いバラの包み紙をリボンの少女に手渡す。


「ごめんね、折角買ったクリスを落として!」

「えっ? お頭、クリスってその花の名前?」

「そうさ、この花はクリスって言うんだ。諦めない心が花言葉なんだよ」

「へー、色々と詳しいんだね。ねえ、ほっぺたに傷があるってことは、いつもお父さんが言ってる乱暴な冒険者の人なの? どうしてそんなにもお花のことを知ってるの?」


 クリスは照れ隠しに頬を掻きながら、少女の前に屈んで目線を合わす。


「この傷はね、魔王軍の悪いヤツを相手にした時に付いた傷でね。それに冒険者なんだけど中には心優しい冒険者もいるんだよ。隣のお兄ちゃんみたいに」


 俺はエリス様のありがたいお言葉に声も出さずに頷く。

 エリス様、よーく分かってらっしゃる。


「それに花に詳しいのはこの花とあたしの目の色が同じだから。あたしはクリスの花が大好きなんだよ」

「そうなんだね。この花はお姉ちゃんとお小遣いを貯めて買ったんだ。エリス様にお供えするの」


 なるほど、顔立ちが似てると思いきや、隣の女の子は姉だったのか。

 しかしエリス様って野郎共の視線に追われるだけでなく、こんな子供にまで慕われて……世代に関わらず老若男女に人気があるんだな。

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