第200話 この聖鎧アイギスを盗み出すための二度目によるアイデアを‼(2)

『ピシッ! ピシッ! ピシッ!』


 クリスのバインドで縛る予定だった魔法がムチのようにしなり、縄として結ばれずにアイギスの足元にポトッ、ポトッ……と次々と空しく滑り落ちる。


「あれ、あたしの魔法が効かない……」


 俺もクリスと同様に複雑な表情を浮かべている。 

 マジシャンでもない鎧なヤツなのに、どういうカラクリなんだ?


『お前さん、俺の正体をご存じですか? この世に伝説と無双を語り継がれてきた聖鎧せいがいアイギス様ですよ?』

『この世界でもっとも堅い鎧で魔法もスキルも効かないうえに、着ているご主人様の傷も状態異常も自然に癒す、歌って踊って心の底から騒がす聖鎧ですよ?』


 ですよ語尾を強調する、やたらな強気の鎧になったアイギスの体が光を反射してキラキラと輝く。


 くっ、今ごろになってメイドが磨きあげたというワックスの効果が出るとは。

 鎧の分際でこの宝石のような輝き……中々やるじゃないか。

(※この鎧は宝石店、ジュエリーショップには売ってません)


「あー、色々と面倒な鎧だな!」

「お頭! 確かにアイツにはスキルは通用しないけど、鎖の封印から解けたばかりでそんなに力は出ていないみたいだ」


 俺は歯を食いしばりながら、憎きスケベ鎧を睨みつける。

 コイツを野原に放てば、女の子たちの純潔がピンチになるんだ。

 このまま聖害せいがいなるお前を逃がしてたまるかよ。


「じゃあ、助手君。二人で取り押さえて動きを止めるよ!」

「うっしゃー、今夜はいつになくノリが良いぜ、お頭。そうこなくちゃな!」

『おおぅ!?』


 俺は後ろからヤツの背中に飛び乗り、クリスは前から抱きついて、アイギスの体を両方から羽交い締めにし、身動きが取れないようにする。


『なっ、何だ、お前たち、気持ち悪く引っ付くんじゃねー‼』

「お頭! こうなったら粉々に砕いて、そのままリュックに詰めて帰ろうぜ」

「あまりやかましく泣き叫ぶようなら、兜だけこの部屋に遺してもいいしな!」


 俺は遺産となるべきアイギスの体に一段と力を込める。


『おい、随分と物騒なことを言うな、犯罪者』

『言っとくが俺のボディは分解は出来ねえ仕組みだぞ!』

『ご主人様がこの鎧を着る時は合言葉を唱える必要があるんだよ』


 アイギスがまた変なことを言い始めた。

 お前、鼻声だけに合言葉じゃなくて鼻言葉じゃね?


『そうだな、俺を簡単に運びたいなら着ていく方が無難だぜ』

『合言葉は『あたしはあなたの鎧少女になーる!』だぜ。さあ、お嬢ちゃん遠慮せず、唱えてごらん!』


 アイギスが胸元にいるナマケモノの宙ぶらりん体勢なクリスの説得にかかる。


「あ……あたしはあなたの鎧少女に……」

「お頭! ヤツの言葉に騙されてはいけません! そんな合言葉なんてあるわけないでしょ!」


 純粋な乙女を惑わせて、どんだけ卑猥なことを言わせるんだ、このスケベ鎧が!


 くっ、それもだが、コイツ意外と力が強いな……二人がかりで腕を押さえてるのに、どんどん前へと引きずられていく!


「このままじゃマズイぞ! 部屋から出られたら消音の効果が無くなる!」

「ああっ、ちょっと待って……」


 俺もだが、クリスも相当焦っているのが見てとれる。


「ぶっ……無礼もほどほどにしなさいよ、アイギス!!」


 ガチになったクリスがエリスの語り口で怒鳴り込み、アイギスの暴走を止めにかかった!


「私はエリス。この世界を裏から支えている幸運の女神エリスです!」

「私にはあなたを連れ戻し、この世界で堕落に染まったあなたを正しき道へと更生させるという義務があります。無駄な争いはやめて、ここは大人しく私と同行しなさい!」


 クリスが喉から発したエリスの本心が伝わったのか、アイギスの歩みが止まり、クリスの方に兜を向ける。


『わざわざご丁寧なお芝居をどうも。可愛い顔をしているのに虚言癖があるとはな』

『やっぱ、人間見た目もだけど、中身も大事なことを思い知ったぜ……新たなご主人様を探す時には結婚詐欺にも遭わないよう、充分に気をつけるわ』

「何だとおおおおおー!」


 クリスがわめきながらアイギスの体にしがみつく。 

 そうだよな、目の前にいるのはクリスなんだもんな。

 大人の女性的なエリスとは違い、目の前にいるのは明朗活発で銀髪の男の子みたいなお頭……信じないのも当然かもな。


『それじゃあ、俺を拉致する予定だったお二人さん、ここでさいならだ』

『……お嬢さん、気持ちは分からないでもないが、俺を求めたいのなら、男を引き留めるような魅力を身に付けることだな』


 つまり今のクリスじゃ、役者不足と言いたいのか。


 お前、女を見る目ないだろ。

 ああ、こんなに可愛くて素直な女性なのに。


『……例えばそのペッタンコな胸とかな』

『この世では貧乳こそ背徳的で美的感覚があると騒ぐ輩もいるが、俺から見たら猫に鰹節な感覚だぜ、ロリガキさんよ。ハッハッハッー!』

「……くっ」


 アイギスの挑発にクリスが声にならない叫びを顔に表す。

 そんなクリスと俺の腕から離れ、アイギスは堂々と隠し扉から出ていった。


『世界の宝でもある、惜しくも俺を守れなかったアンダイン家の仲間たちどもよ!』


 アイギスが隣の宝物庫でいきなり大声を上げる。

 バカ、お前の声で部屋中に灯りがついて周りが騒々しくなったじゃんか!


『君たちとは長い間、この部屋でお世話になった』

『俺は僭越せんえつながらご主人様探しの旅でこの部屋を空ける』

『俺のことを求めているのなら、世界で指折り数えるほどの美少女でも用意することだな。それなら俺もお昼休みにウッキウッキな喜びの気分で戻って来ようじゃないか‼』


 俺もクリスも気の抜けた面構えでアイギスの遺言書のようなやり取りを黙って聞いていた……。

 それよりこのヤベー状況からどうやって逃げるのかが先決だったが……。


『パリーン!』


 アンダイン邸の窓ガラスを蹴破り、二階から飛び降りて、路上へと滑り込むアイギス。


『これからの女の楽園は自分の力で探す大航海時代だぁぁー!!』 

『ヒャッーホォーオーイイイイィィ……!』


 アイギスは高鳴る興奮を抑えきれずに走り出し、キテレツな奇声を上げながら夜の街へと消えた……。

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