第193話 この感謝祭を繁盛させるための糸口を‼(2)

 感謝祭の夜、光の玉の魔法で点々と照らされる会場。

 旅人が鳴らすギターの弾き語りに乗って仲の良い男女の恋人同士が踊り、その青春を謳歌しながら酒を飲むじいさん。

 子連れの母親も娘に屋台で買った団子を与え、のどかに祭りを堪能していた。


 そう、予想外にも夜になっても祭りは静けさを増すことはなく、華やいで賑やかだった。


「ふーん、夜になっても活気づいてるな。引きこもりには人混みは苦手分野なんだが、みんな楽しそうだし良しとするか」


 そういえばこの辺の出店はアクシズ教団が担当のフロアだったが、何事もなく無事にやっているだろうか。

 俺はその事が一番の気掛かりだった。


「誠にすみませんが、許可もなしにこのようなものを売らないでもらえますか!」


 おいおい、何の真似だ、この周辺でいきなりストリート乱闘騒ぎか?


「何よ、失礼ね! あのアクア様の考えで生み出したお店に対して!」


 奥のフロアでセシリーが何かの商売をしているようだが……手に持っている簡素な釣り竿は何だ?


「おい、セシリー、お前何やってんの?」

「あっ、カズマさん、聞いてくださいよ」


 俺は私服警官に冷めた駅弁ならぬ、出来立ての熱弁を語るセシリーを引き止めるよう、彼女の間に割って入る。

 いていえば、ご飯のおかずの間に敷かれたバランのように。


「この男がアクア様が寝る間も惜しまずに考えたとっておきの出店を即刻中止しろと文句を言ってくるのです!」

「文句とは何ですか! 普通に考えてもやってはいけない商売でしょうが!」


 横長な水槽がある形からして金魚すくいのようなものだろうか。

 俺はその場にしゃがみこみ、大きな水槽で緩やかに泳いでいる黒い物体を覗き込む。


「この水の中を泳いでるのはおたまじゃくしか?」


 そのわりにはやたらと大きく、大人の握りこぶしくらいはある。


「ええ、アクア様が祭りの定番には金魚すくいが儲かると言ってきまして。でも私にはよく分からず、とりあえず野良金魚がこの辺にいないから、おたまじゃくしでこの店を始めたのですが……」

「こんな場所でジャイアントトードの子供を売るなんておかしいでしょ!」

「それにこの子供、すぐにあのカエルのように大きさを増すんですよ!! この街がカエルまみれになって、街の住人らが飲み込まれても責任はとれるのですか!」

「まあ、落ち着いてくれ警官さん。こいつ責任とかとれる大人なお嬢じゃないですから。よし、状況は理解したから、この中に殺虫剤を振り撒こうぜ」

「やめて! 私のお店は潰させないわよ!!」


 やれやれ、コイツらの思考は大丈夫か?

 祭りの許可さえとれば、後はオッケーの言葉は常識さえも水に流す風呂オケのことだったのか?


「ふふっ、私の出店は序の口よ。ここの周辺にある出店はアクシズ教団が考え抜いて作り出した伝統のあるお店ばかりよ!」

「アクシズ教団による素敵な出店にて、時間を忘れて存分に楽しむといいわ!」


 セシリーが自慢げに他の店へのアピールをする。

 そこまで言うなら暇潰し……じゃなく、偵察も兼ねて、他の店にも行ってやろうじゃないか。


****


「さあさあ、そこのお嬢さん。クラーケン焼きはいかがでしょうかー?」

「クラーケンの子供を焼いたこのクラーケン焼き、ここでしか味わえない絶品で美味なクラーケン焼きですよ!」


 クラーケン焼きと熱い書体で書かれた看板を掲げた出店の中で、豊満なスタイルのお姉さんがうちわで炎に空気をおくり、鉄板で串に刺したイカらしきものを焼いている。


「ねえ、これ、普通のイカと食感も味も変わらないけど……?」


 クラーケンらしきものを食べながら、不思議さを感じて質問するお客の女の子。


「何を言っています。あなたはあの凶暴な本物のクラーケンは食したことはないでしょ? これはアクシズ教団が悪魔の島で命懸けの一本釣りで捕らえたクラーケン焼きで間違いないのです!」

「……あっ、そうですか……」


 女の子は店員の気迫に飲まれ、何も言葉が返せないようであった……。


****


「さあさあ、寄ってらっしゃい! この出店で一番の見せ物によるアトラクションだよ!」

「この店の中には、魚人間のマーメイドと半魚人マーメイドの間に生まれた珍しいハーフの魚が中にいるよ!」


 ねじり鉢巻をし、腹巻きに片手を入れたどこかの天才おじさんが次々と客を誘う。


「ざけんなよ! 水槽にデカい魚が泳いでるだけじゃねーか!」

「だから魚人間のハーフだって言ってるでしょ!」

「何ホラ吹いてるんだ、どう考えても詐欺だろ! 払った金返せ!」


 早くもこっちもこっちでもめてやがる……。


「さあさあ、射的はどうですかー。あの的の眉間に当てれば豪華な景品をあげますよ!」


 あちらでは弓矢を持ったターバンを被ったお兄さんがやる気の無さそうな顔で接客をしている。


「何よ、的にされた人形がエリス様にクリソツなんだけど! エリス様に対しての恨みなの? いい加減に……」

「くっ、何て悲しきことでしょう。祭りの初日からエリス教徒が店に因縁をふっかけてくるとは!」


 手を顔に当てて大声で救いを求めるホケーとしたお兄さん。


「お巡りさん、こっちに来てください! 営業妨害なんでここのエリス教徒を捕まえて……」


 二人の私服警官がまるでやる気のないお兄さんの身柄を拘束する。


「いや、だから捕まえるのは俺じゃなくこの女のエリス教徒であって……」

「いいからこっちに来い! 悪ふざけの商売にもほどがあるぞ!」


 次々と起こるアクシズ教団による出店のトラブル。

 俺、ここから立ち去った方がいいような気がしてきた……。


****


「ねえ、姉ちゃん。これ本当にドラゴンの子供なのか?」

「もちろんドラゴンよ」


 木椅子に座ったアクアが少年の目線になり、優しい声をかける。

 アクアの前には数匹の子供のトカゲたちが大きなケージの中でうろちょろしていた。


「今はね、アクシズ教団ではモ○ハンみたいにドラゴンの子供を楽しく育成するのが大人気なの」


 モ○ハンに出てくる恐ろしいモンスターをよくこんなにも手懐けたな。


「お祭り特別特価として、激安の一匹五百エリスよ。是非、あなたも買って育ててみなさいな」

「えー、でもそれ買うと俺の小遣いが全部無くなっちゃうよ。それにトカゲみたいに見えるし……」


 アクアがケージの中にいるトカゲみたいな生き物? の首を撫でてあやす。


「そうなの、でもそうなると、この子たちは売れないままで最悪な末路になるわ」

「売れ残ったドラゴンは街の外に放つと危険だし、この子たちは保健所行き確定ね」

「そこでも飼い主がいないのなら、このドラゴンの子供たちは全部処分されてしまうわ……」


 つまり、このドラゴンもどきは檻に閉じ込められて毒ガスで殺され、焼却されるということか。


「そんな……でもどう見てもトカゲだよね!? その辺に逃がせば早いじゃんか!」

「あなた、それ、本気で言ってるの!」


 いつもの冗談ではなく、真剣そのもののアクアが少年の両肩を乱暴に掴む。


「よく見てご覧なさい。この子たちは本物のドラゴンよ!」

「買うの、買わないの? どっちなの?」

「ここでこの子を買わないときっと後悔するわよ。その決断でいいの?」


 順丈じゃないアクアの問いかけに少年の肩が震え出す。


「だっ……だって……そいつを買ったら小遣いが全部なくなるんだよ……」


 アクアに責められた少年が目に涙を浮かべ始め、何かの恐怖に怯えていた。


「そう、どうしても買わないのね?」


 アクアがこの世の者とは思えないほどの冷酷な瞳を揺らす。


「ああ、可愛そうなドラゴンの子供たち。みんな保健所送りに決まってしまいましたとさ。おしまい」


 アクアが両手を宙に上げて残念そうな顔つきになる。


「おい、お前! 子供相手に何の脅しをしてんだ! この大バカもんが!」

『ぱこーん!』


 気がつくと俺の我慢は限界を越え、そんなアクアの後頭部を思いっきりぶっ叩いていた。

 さっきから様子見で出店を見回ってきたが、こいつは商売を何だと思っているんだよ!

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