第191話 この夏を彩る強烈な風物詩の鳴き声を!!(2)

「お二人さんもやる気満々ですね」

「なら私は数で勝負です。誰よりも多くのモンスターを灰にしてあげますよ」


 手を顔に当て、いつものように紅魔族流の決めポーズをするめぐみん。

 乗り気なのはいいが、頼むから人類までも灰にするなよ。


「……」


 あれ? 

 何かいつもと様子が変だ。

 あいつが何もしないで動かないなんて……。


「……ねえ、さっきから私の顔をじっと見てどうしたの?」

「いや、こういう時はアクアが調子に乗ってとんでもないことをするっていう相場がな」

「あんた、私にどんな変なイメージを持ってるのよ?」


 あっ、残念ながら自覚症状はないんだな。


「私にも学習能力というものはあるんだから」

「見てなさいよ。あんたたちはいつもみたいに調子付いて、ろくな討伐にならないまま、今回も自己犠牲な戦いを終えるに決まってるわ」


 今までにないアクアの賢い台詞に俺の動きが止まる。

 めぐみんとダクネスもだ。


「私は神の世界から舞い降り、この地を旅立ってから色々と学習してきたの」

「自由奔放で調子に乗ると、その分しっぺ返しが来るんだって」


 まさか、あのアクアが。

 何かをする度に余計な災いを起こしていたアクアが……。

 こんな風に立派に成長するなんて。


 お父さんはお父ちゃんは、お父ちゃまはとても嬉しいよぉぉぉ……!

(反響するカズマパパの心の声)


「どうしたのよ、カズマ! 目頭を押さえて急に泣き出して……!?」


 気のせいか、アクアの姿が聖母のように眩しすぎて、溢れ出る涙で目すらも合わせられない。


「──冒険者の皆様ー!」


 親と子の感動の対面の最中、ギルドのお兄さんの呼びかけにより、どこからか羽の羽ばたく音が近づいてくる。


「早速ですが、モンスターの第一陣がやって来ましたよ!」


 カブトムシにクワガタ、アシナガバチなどと人の子供サイズな大量の虫がこちらに向かってきた。


「それでは駆除の担当の方、よろしくお願いします‼」


 お兄さんのレディーファイトなかけ声に冒険者たちが勇敢に昆虫相手に戦いを挑む。


「うわっ!!」


 戦士の強そうなおじさんが大きな盾で巨大カブトムシの攻撃を防ぐもの、あまりもの激しさに足を踏ん張り、耐えるのが精一杯だ。


「くっ、数が多すぎる!」

「誰か援護を頼む!!」


 囮となった戦士系のメンバーは苦戦しつつも昆虫と互角の接戦を繰り広げていた。


「はぶっ!!」


 そんな中で一匹のカブトムシが頭にスカーフを巻いたおっさんの胴体にツノごと体当たりした。


「ぐわあああー! いってえ! 腹に刺さりやがったー‼」

「おい、気をつけろ! 虫だからとなめてると簡単に串刺しにされるぞー!」


 状況は瞬く間に一変し、戦士たちの苦しみ、もがく悲鳴が俺の元まで伝わってくる。


 何て暴力的で狂暴な虫たちなんだ!

 男カズマ、怖いんでちょっと撤退します。


『ヒール!』

『パアアアアー!』


 痛みに苦しんで腹の傷口を押さえていたおっさんに眩しい光が射す。


「あれ、腹が痛くない。おお、これが回復魔法というやつか!」


『ヒール!』


 次々と怪我人を魔法で治療する献身的なアクア。 


『ブレッシング!』


 気づけばメンバーの運の良さを上げ……、


『ヒール!』


 傷ついたメンバーへ回復を繰り返し……、


『プロテクション!』 


 さらに鎧の防御力までアップさせる。 


 いつも宴会芸気取りだったお笑い系の彼女とは雰囲気が違い、クールでカッコいいぞ!


「うっしゃ、こいつはありがたい!」

「数に怯むな、押し返して反撃だ!」


 アクアのサポートのお陰か、冒険者たちが活気づいた勢いになる。


 どうしたんだ、本日のアクアは!

 こんなデキる女じゃなかったはず……!?


「──あはははっ、この程度のモノか」


 遠くから昆虫の塊にたかられ、人の形すらも分からないダクネスが一人で勝手に吠えている。


「いけるぞ! 今日の私はまだまだいけるぞ!」

「もっと来い、私を邪魔する虫けらどもよ! 私ならおかわり自由だ!」


 体に大量の虫が張り付いたダクネスは両手を広げ、更なる最期の晩餐を求めていた。


「おっと、俺ものんびりしてる場合じゃない」

「出来るだけみんなの援護をしないとな!」


『ブアアアアー!』


 俺は竹筒の容器の取っ手を引っ張って殺虫剤で虫たちを迎撃する。

 その煙をまともに食らったカブトムシたちが地面に落ちて仰向けになり、小刻みに痙攣していた。


「よし! 今日の俺も絶好調だ!」


 ただ殺虫剤を撒いただけなのに、どうしてここまで心が高揚するのだろう。

 俺は今抱いてる気持ちの本心の呼び名が知りたかった。


「カズマー!」

「さっきからずっと待っているのですが、私の出番はまだ来ないのですか!?」


 めぐみんがその場から去ろうとする俺を引き止める。


 相変わらず分かりきった質問するなよ。

 ちょっとは空気読めよ、ロリッ娘めが。


「悪いな、お前の出番は今回はないぜ」

「この森の中で魔法を使って、この辺の木々に当たったりしたら昆虫もろとも俺たちもお陀仏だ。分かったなら今日は大人しくイメトレでもして……」 


 俺の命令を無視し、めぐみんが不敵な笑みを浮かべて、杖を宙に掲げる。


『エクスプロージョンッッッ!!』

『ドオオオオーン!』


 めぐみんが上空に放った爆裂魔法により、周辺の昆虫に人や物なども爆風で空を舞い、辺りは死の海と化した。


****


「──ふっ……めぐみんはレベルが上がりましーた~♪」

「このバカたれが!」


 地面から顔を上げ、魔力切れで動けずに寝ているめぐみんに俺は苛立ちをぶつける。


「お前ってヤツはどうしてそんなにも自分勝手なんだ! 冒険者のみんなにちゃんと謝れよ!」

「大丈夫です。このアクセルの街の冒険者は私の撃つ爆裂魔法に慣れていますから」


 冒険者たちは何気ない顔をして、やれやれと苦笑を浮かべていた。


「……揃いも揃ってアホばかりだな」


 確かにみんな傷だらけだが、爆裂魔法でダウンした者は全滅したモンスター以外、一名もいない。

 こりゃ、心配して損したぜ。


「カズマ、ちょっといいか?」

「何か体がチクチクと痛むのだが……」


 俺がダクネスの様子を伺うと、地面にうつ伏せのダクネスの鎧に無数の黒い爪痕が刻まれつつあった。


「おっ、お前、鎧に蟻が集まって来ているぞ!」

「なっ、それはまことか!?」

「ふざけた子供のように敵寄せポーションを浴びまくるからだ、このマヌケが!」


「あっ、ああっ! 鎧の中に蟻が入って痒い!! カズマ、私に水か殺虫剤をかけてくれ……!」


 ダクネスが地面に寝そべり、ゴロゴロと転がりながら俺に救いの手を求めてくる。


「お前が悪いんだろうが。毎度ながら面倒なヤツだ」


 とりあえず俺は蟻というだけにすることにした。


「えっと……皆様、お疲れさまでした」

「それでは第二波がやって参りますので心してかかって下さい!」


 えっ、爆風で服も髪も乱れた格好のお兄さん、それ、どういう意味?


「あの第二波とは……?」

「はい。先ほどの爆裂魔法の攻撃により怒った虫たちの反逆のことです」


『ゴゴゴゴゴー!』


 彼方から肌に感じてくる羽音の気配……。


「ねえ、カズマさん。私……物凄く嫌な予感しかしないんですけど……!」


 アクアの言うことも理解できるほどのただならぬ殺気……。


『ブブーンーン!!』


 前方に巨大な影の塊が俺たちに迫ろうとしてきた!


「のわー! こりゃヤベエー! 全軍待避だー!!」


****


「ううっ……今回の私は真面目にやっていたのに……」

「調子にも乗らずに大人しくやって……」

「まあ、そんなにメソメソするなよ」 


 夕暮れに染まる街での帰り道、俺はめぐみんをおぶって歩きながら、傷心のアクアを優しく慰める。


「今回の戦いではお前はかなり優秀だったと俺は思うぞ」

「うう……それでも……」

「まあ、第二波の時はヤバかったけど、沢山モンスターを退治出来たし、臨時報酬も上乗せしてくれるから良いじゃないか」


 それよりも問題はアクアより、こっちの方だ。


「カズマ……ハア……ハアハア……」


 荒く息を吐きながら手足をびくつかせ、心から悶えるダクネス。


「蟻が……今でも蟻が……私の鎧の中を這い回っていてっ……!」

「こっ、これは……癖になりそうな新感覚なプレイだぞ、コレは……!」


 俺はこんな変態クルセイダーを助けるのに、どうしてあの結婚式場で全財産を投げ捨てたのだろうか……。

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