第190話 この夏を彩る強烈な風物詩の鳴き声を!!(1)

「山にいるレッサーワイバーンを狩る方はこっちです!」

「森に昆虫モンスターの襲撃が! 職業もレベルとも不問で大人数での参加をお願いします!」

「平原に大量に現れた草食モンスターの駆除ができる方を募集します! そのままにしていると大型の肉食モンスターが寄ってきますのでなるべく早めの対応を!」


 何だかいつにも増して、ギルド内に冒険者が大勢いて騒がしい。


「おい、アクア。いつもの二倍熟カレー以上に冒険者が集まっているぜ。この有り様は何だ?」

「ええ。この周辺にいるモンスターを退治しないと安心してお祭りが出来ないからよ」


 俺の隣で腰に手を当てたアクアが親から目線でその場を見送っている。


「それに今の時期は強いモンスターは出てこなくて絶好の稼ぎ時でもあるのよ」

「ふーん。でもこの前のヒュドラ戦で儲けた連中ならこんな小金のクエストに参加しそうにもないのにな……」

「おおっ、ようやく来たかカズマ」


 奥の部屋には片手剣の納まった鞘を担いだダストたちを含めた冒険者のグループもいた。


「何だよ、お前らもいたのか。金欠なダストはいいとして、他のメンバーは金には困ってないだろ?」

「何言ってんだよ。例の店の常連客が。この時期には男の冒険者は必ず参加をしてるぜ。なあ、キース」

「ああ、てっきりカズマのことだから、あのお店の従業員にいい格好見せて、この大規模な討伐に参加するとね」


 例の店ってあの大人な店のことだよな……。


「しかし、どういう気の変わりようだ? お前らそんなに祭り好きだったのか?」

「ああ、それはちょっと違うぜ。女の冒険者は祭りのためにモンスターを退治しているが、俺たちは森でのモンスターを倒すクエストを希望しているのさ」

「森がどうかしたのか?」


 ダストメンバーによる話の意図が全く掴めない。

 そこへギルドの男性の店員がその場で謎に答えるために口を開いた。


「皆様、森に大量発生したモンスターの討伐は責任が重大です! 今年の祭りをストレスなく大いに楽しめるかは皆様の腕っぷしに掛かっています!」

「増えすぎたモンスターたちを滅ぼして安楽な生活を!」

「「「おおう!」」」


 夏を快適に過ごすのと森でのモンスター討伐に何の関連性があるんだ?

 アクアはモンスターが増えすぎたら森で仕事が出来ないとか呟いていたが、別に森限定じゃなくても困るよな。


「カズマ、その正体はセミですよ」

「あ、めぐみん」


 めぐみんの言葉に続き、ダクネスも後ろからひょいと出てくる。


「モンスターが森に大量にいるとセミ取りの業者が仕事をできないで困るのですよ」

「めぐみんの言う通りだ。そうなると捕獲を逃れたセミがこの街まで飛んでくる。どうしてもセミが来るのは祭りの時季と合わさってしまうのだ」


 セミなんて夏の季節には欠かせないだろ?

 あいつら何年も土で過ごし、ようやく外で大人になれて短い一週間ほどの生涯の中で命を燃やしながら鳴くんだぜ。

 少しばかり喧しいからって一斉に捕まえるとか、人としてどうかしてるだろ……。


「そう言えばカズマはこの世界の仕組みが分かってない頭スカスカのカスマな人間だったわね」

「何だと、このエセカスミ女神」

「イカスミはともかく、この国のセミは気合いが入りまくりなの。日本のセミとは違い長い間生きていられるの」


 どうせ、引っかける聖水が鬼のように匂うとか、数年も生きるとかじゃないだろ。


「大袈裟だな、セミは夏の昆虫の主役なんだし、そっとしておこうぜ」

「でもね、日本のセミとは違う部分が二つあるの」


 アクアがいつになく真剣な表情になり、俺に淡々と語り出す。


「一つはセミの声量が日本のセミの数倍ほどに大きいこと」


 あの音が数倍の喧しさなのか……?

 それは確かにご近所迷惑だけど……。


「あと、このセミは夜でもガンガン鳴き続けるのよ」


 その言葉に俺の頭の中が真っ暗になる。


 ──心音が聞こえてきそうなドキドキ気分で依頼内容に自身の欲望を紙に記し、それを綺麗でグラマーでセクシーなお姉さんに手渡して……。

 悶々とした気分を抱きながらお姉さんが叶えてくれる願望を夢見るために早めに床につき……、


『ミーンミーンミーンミーンミーンミーンミーンミーン!』


 ああー‼ 

 セミが五月蝿うるさくて寝られるかー‼


 俺の妄想を知って知らずか、周りの男連中も無言でうんうんと頷く。


「そりゃ、大迷惑だ! お前ら、さっさと狩りに行くぞー‼」


 男の夢を壊したくない俺はみんなの先頭に先立って真っ先に登録所へ向かった。


****


 ──俺たちはアクセルから少し離れた森の山奥に集合し、ギルドのお兄さんからの説明を受けていた。


「それでは防御力に自信をお持ちの方はこのモンスターを寄せるポーションを体に塗って下さい」

「後方での援護の方はこの殺虫剤で攻撃をお願いします」


 手元に液体の入ったガラス瓶と水鉄砲式の竹筒の容器を持って、俺たちに使い道を伝えるお兄さん。


「なお、弱いレベルの昆虫のモンスターばかり出てきますが、数が数だけに決して油断はしないように気をつけて下さい!」

「「「おうっ!」」」


 俺たち男性陣は気合いも余力も充電も満タンだ。


「ああ、私もやってやろうじゃないか!!」


 ダクネスが折り畳みテーブルに置いていたポーションを数個取り、水浴びのようにジャンジャンと体に振りかける。


「領主代行でもある私が全てのモンスターの相手を引き付けよう! 守りなら私に任せろ!」

「おい、そこの変質者クルセイダー。それは水のようにぶっかけるんじゃなく、塗るもんだぞ。お兄さんの話をちゃんと聞け」

「それにお前はウチのパーティーだけ守っとけ。そんなにも浴びていたらモンスター以外の生物まで反応するだろ」

「おっ、おう、望むところだ! 何であろうと私の守りは鉄壁だ。どんな生物でもかかってこい!」


 ポーションでベタベタの姿で言われても説得力は皆無だ。


「しかし、カズマ、お前もいつも以上にやる気だな」

「当たり前だ、俺をみくびるなよダクネス。昆虫くらい俺にとってはへでもないぜ」  


 夜の間にも鳴くセミのせいで眠れないとなると、あのサキュバスが叶えてくれる素敵な夢が見れなくなる。


 街の冒険者を代表……いや、男の夢を背負った冒険者として、厄介なモンスターを一匹残らず駆逐してやるからな!


 ──次回予告、進撃の昆虫編。

 俺の勇姿にご期待下さい。

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