第188話 この聖鎧アイギスを無事に盗むために潜入を!!(1)

 俺は例の仮面を被り、クリスと一緒に深夜のアンダイン邸の広い庭に忍び込んでいた。


「ねえ、助手君。もう少し早く来た方が色々と都合が良くないかなあ?」

「いえ、お頭。人間という生き物はこの時間くらいに一番深く眠っているものなんです」

「何か人間辞めた仙人みたいな口振りだね……」


 人間、眠ってすぐの状態だとちょっとな物音だけでも簡単に目を覚ますからな。

 ジャパニーズの生活の時、家族が寝静まった夜に、こっそりと冷蔵庫にて食料を求めに行っていた引きこもりの直感が告げているのだ……フハハハハッ!

(仮面の道化師カズマはただ笑う)


「何、ボクの顔を見ながらニヤニヤしてるのさ。もう仙人通り越してキミには呆れるよ……」

「……それはそうと背中にかるってるその大きな荷物は何なの? 細長い形からして、アンダインが好きそうな女の子の水着姿の等身大ポスター?」


 俺の背負っている風呂敷の中にはおっさんの夢と希望が詰まって……って、冗談抜きでキモいわ!


「いえ、これの中身はですね、前から時間をかけて作っていた衝撃吸収材ですよ。鎧を盗む時に音が漏れないようにこれで包むんです」

「あー、知ってる。日本でよく出回っている緩衝材のぷちぷちだっけ? ねえ、ちょっとだけ触ってもいい?」

「いえ、潰させません。これ意外と作るのに手間がかかるんですよ」


 俺はわきわきと手を伸ばす嬉しそうなクリスの願望を抑えながら、アンダインの屋敷の中へと潜入した。


****


 俺とクリスは暗い室内の廊下を壁づたいに進んでいた。


「そういえばお頭は暗視能力は使えないのですか? こんな暗闇にできたら便利なのに」

「ボクのこの体は仮の姿なんだよ。アクアさんのように悪魔やアンデッドを見通す力もないんだ」

「まあ、女神のオーラで楽に成仏したいアンデッドが近づいてくる心配はないから安心だけどね」

「なるほど、今は普通の女の子なんですね。危ないですから俺が手を握って」

「いや、平気だから」


 クリスが口を塞いでいたフードを外しながら俺に笑いかける。


「いえ、お頭、夜をなめてはいけません。王城に侵入した時とは違い、今夜は月明かりさえもない曇り空。さあ、言われるがままに手をかして……」


 俺はキラリとした一番星になった王子様スマイルでクリスに手を差し出す。


「……佐藤和真さとうかずまさん」

「私に対してセクハラ行為をすると強烈な神の裁きが堕ちますよ?」

「すみません。調子に乗りすぎました。だから勘弁して下さい」


 クリスは笑顔だったが、目は笑ってなく発言にも毒が籠められていた。

 俺は恐怖になり、彼女への不可抗力を捨てた。


「──あっ、お宝の絵画発見だよ、これなんて売ればいくらするんだろうね」

「お頭、盗賊職の本性で物が気になるのは分かりますが、いちいち反応しないで下さい。今回は神器だけ盗んで帰るのですから」


 暗闇に目が慣れた廊下の壁には大量の絵画が飾られていた。

 中には素人の俺でも分かるモ○リザやム○クの叫びなどの有名な絵もある。


「うん、神器の件は分かるんだけど、これ一つでどれだけの貧しい子供が救えるんだろうと考えちゃって……」


 切なそうに頬を掻く姿に、また女神の心優しいお言葉が胸に染み渡る……。

 ああ、男の頑なな心を揺るがす胸キュン……。


「どうせ盗るのなら宝物庫に行けば、もっと高価で持ち出しやすい物がありますよ。今は時間が惜しいですから、先を急ぎましょう」

「それもそうだね」


 こうしてる間にも限られた時間は過ぎていく。

 俺たちは駆け足で目的地へ急いだ。


****


 宝物庫の扉の前には魔法陣のような施錠が掛けられており、力任せの人力でも動かせぬよう、扉の四方に光の鎖が掛かっていた。

 まあ、お宝の秘密基地だけに罠の一つくらいはないとな……。


「これは警報の罠だね……何、助手君? 何か言い出しそうだけど?」

「いえ、もう俺はあの王城でのように煩悩にまみれて……ではなく負けたりしませんよ」

「……何を言ってるんだか」


 その時、俺の中のスキルからある気配を感じ取る。

 だが、相手はモンスターでも敵でもないようだ……。


「よし、解除完了。助手君、鍵も開いたから部屋に乗り込むよ!」

「ちょっとお頭、大海原に出る前に待って下さ……」


 俺が止めるのも空しく、鼻息を荒くして生き生きとしたクリスは遠慮なく扉を開ける。

 部屋の中は黄金色の空間を映し出し、金銀財宝の山で満ちていた。


「わあ、助手君。これは凄いよ! あの貴族、物凄いお宝を隠し持っていたんだね!」


 クリスが宝の山を見て、子供のように熱狂しながらも俺は冷静に気配を研ぎ澄ます。

 いや、大剣や宝箱、鏡やツボの影からではない……ここには誰もいないが、何かの気配はしっかりと感じる……。


「ホラ、これなんてかなりのお金になるんじゃないかな!」


 クリスが金のロケットペンダントを俺の前に見せつける。


「あー、お頭だけズルいですよ! それは俺も狙っていたんですよ! それ一つで好きな物がどれだけ買えるか……」

「……助手君、一応確認するんだけど、盗んだ財宝は全額寄付の形だからね……?」


 そうだ、我に返れ、俺の欲望よ。

 こんな所で二人仲良く盗賊ごっこをやっている場合じゃない。


「お頭、お目当ての神器という物がここにはないみたいですが」

「そう言われてみれば……神器レベルのお宝の気配はするのにね」


「いや、この壁の向こう側から神器の気配がして……」


 俺は何も飾られてない方の壁に手を触れる。


『ガコン!』

「うわっ!?」


 その拍子に俺が手を置いた壁が回転し、反動でこけた先には新たな部屋が続いていた。


「なーる。隠し扉ときましたか。やるじゃん、名探偵な助手君!」

「イテテ、まさに名探偵困難ならぬ、満身創痍……」


 先の隠し部屋の中央にはがんじがらめの無数の鎖で縛られた灰色の鎧が飾りのように立っていた。


「これが例の……」

「そう、聖鎧せいがいアイギスだよ。この世界で最高に頑丈な鎧で身に着けた者に勝利を約束する神器だよ」


 俺は鑑定士のように、その鎧を隅々まで観察する。


「しかし、よく見ると傷だらけだな」

「……そうだよ。魔王軍を相手にしながらご主人様を守ってきた鎧だからね」

「この鎧の持ち主はどんな戦いでも負け知らずの強さを誇り、持ち主が一人になるまで、最後まで勝ち続けたんだよ」

「……ご主人様が病気で旅立つ時まで主を守り抜いて……キミはほんと、勇敢に頑張ったね」


 クリスがよしよしと鎧の胸に手を当てて、優しいまなざしを送る。

 その清楚な動作に、またもや俺の心がキュンと締め付けられた。


『おい、坊主。気安く触るんじゃねえ』


 そこへ、どこからか野郎による非難の声がした。


「えっ、どこからの声!? 助手君があたしのことを坊主呼ばわりしたの!?」

「俺じゃないです。というか俺の耳にもハッキリと聞こえました!」


 そう、目の前の鎧の方から聞こえたんだ。

 そこに誰か隠れて腹話術でもしてるのか?


『おおう、なんだ、坊主じゃないのかよ。なら、体をなで回すように触ってもいいぞ』


 言い方がおっさんのような言葉なんだが……。

 セクハラ発言通訳オケ?


『ああ、初めましてだな。お二人さん』

『俺の名前は聖鎧アイギス。喋って歌う高スペックな神器でもあるぜ』

『まあ、呼び方はアイギスさんで頼むわ』


 何だ、このよく喋る神器から気配を感じたのか。

 ……って、神器の鎧が喋るだとー!?

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