第184話 この厄介ごとの火種を消すために正しき道を‼(1)

「だっておかしいでしょ。エリスの先輩であるアクア祭りがないだなんて! ゼル帝に私の勇姿を見せるチャンスなのに!」


 クリスが苦しくむせながら、アクアへの目線を逸らす。

 そりゃ、目の前で先輩が自己中さをアピールしてるんだ、同じ女神として、顔も合わせ辛いよな。


「それに私よりも凡人な方のエリスの評判が良いみたいだけど、あの子はね、お嬢様風に見えて、実はやんちゃな性格なのよ」

「勝手にたくさんの仕事を抱えて頑張ってちゃう社畜なあの子を、私がどれだけサポートしたことか!」


『ヒソヒソ……おい、クリス、そんなに仕事をフォローしてもらったのか』


 俺はクリスの耳元でアクアに悟られないように尋ねてみる。


『うん、一度だけね。でも仕事を押しつけたのは先輩で、どうしようもなくて混乱していたら、『エリスは私がいないと本当にダメダメね!』と言われて……』

「何だよ、それじゃあ、ただのパワハラじゃないか」


 この女神はこの家で、いくつ罪を重ねれば気が済むのだろう。

 家を出るならセ○スイハウス。


「いや、アクア、お前に非があるのだぞ。日頃からエリス様を困らせる暴言ばかり吐いているから、良い運に恵まれないのだ!」

「何ですとー! 予防注射をしてない野良犬に噛まれたり、買ったアイスごとカラスに頭をつつかれたりしたのも、全部エリスの仕業なのね……!」


 アクアとダクネスの絡みを遠くで眺めていたクリスがそれは誤解だと首を左右に振る。


 しかし、アクアはそこまでされてよく病院行きにならないな。

 あっ、この世界のイタいダメージは治癒魔法で治せるんだったな。


「でも私は手助けできぬぞ。今は領主代行の仕事が山積みだからな」

「何よー、この薄情者! この前、お父さんとか色々助けたでしょ!」


 運にも見放され、絶望した矢先に見返りというものを求める女神、見事に惨敗だな。


「そうかも知れないが、元から私はエリス教徒だし、裏切るような真似は……」

「もういいわよ、ダクネスの後のせバツイチ!」

「ガーン!」


 アクアの痛恨な言葉がダクネスの心に突き刺さる。


「ずーん……私の刻んだ人生は後のせの天ぷらソバ並みなのか……」


 ダクネスが絨毯に両手をつけて己の罪を呪った。

 どうせ呪うなら、領主の顔写真が付いた藁人形と釘もいるか?


「じゃあ、めぐみんはいける?」

「まあ、生け花程度ならやれないこともないですが。別にエリス教徒でもないですし」

流石さすが、めぐみんね。私の意味深な暗号を一回で読み取るなんて。将来、有望な部下にしてあげるわ」


 なあ、スパイみたいなこと言ってるが、ただの感謝祭の手伝いだよな?


「カズマもいけるわよね!」

「いや、例え、旨いあんこ餅を食わされても俺はやんねーぞ」

「あんた何様よ! ちょっとは手伝う気がないの、クソニート!」


 アクアが俺が逃げないように身に付けたマントを握ってくる。


「あんた毎日寝て過ごしているだけでしょ! 『今日もお美しいアクア様、どうかお願いされます!』は!!」

「ええい、何か言葉遣いもおかしいし、その汚れた手を離せ! それにエリス祭りをなにがしろにすること自体が無謀だろ。エリス教団の怒りの制裁が来てもいいのか?」

「そこを何とかするのがカズマ大統領の仕事でしょ!」

「おい、例え、地位を利用して偉くさせてもやらないものはやらないぞ」


 戸惑いを隠せないクリスが俺とアクアの喧嘩を止めようとしてるが、もうどうにも止められない。


「もういいわ、カズマのごく潰し!」

「こうなったらめぐみんとクリスの三人でやるから!!」


 ええー!?


 クリスは若干照れながらも、混乱の渦に飲まれていた……。


****


 朝日が屋敷の窓ガラスから刺しても気づかずに惰眠だみんを貪る俺。

 そんな俺にアクアがズカズカと入り込み、俺の寝ていた布団に手をかけ……、


「さあ、起きなさいクズマ! 仕事の時間よ!」


 ……強引に布団を剥ぎ取られたのだった。


****


 朝日が眩しく清々しい街の商店街を俺を引き連れて歩くアクア。


「おい、アクア。俺は手伝わないと言ったよな。ダクネスかめぐみんと行動を共にしろよ」

「駄目よ、ダクネスは忙しい身だし、めぐみんは今日は大事な知り合いに会うから無理って」


 都合が悪いのも分かるが、アイツらって本当に自由人だよな。


「でもさ、今からこの街のアクシズ教会に足を運んで信者を集めるとか無茶だぜ。俺は直接アクシズ教徒には関わりたくないし、苦手な人種なんだし、そんな器用なことができるわけないだろ」

「そんなこと気にしなくてもいいわよ」


 いや、お前女神失格だな。

 普通、気になるだろ?


「人から神と崇められずに、人間のクズとして信頼さえされないニートなカズマには理解できないだろうけど」


 何だよ、お前だって似たようなものだろ。


「信者たちに私直々の口から『私を祝うお祭りを行うのよ』と言うのも恥ずかしいじゃない。カズマは私の付き添いになってもらって信者たちに、この祭りの話題を振り撒いてもらいたいのよ」

「何だよ、普段は空気すらも読まんお前がそんなことを言うなんて。明日から天気は大荒れか?」

「まあ、台風と同じで神にも色々あるもんよ。私の計画に手伝ってくれるからゼル帝に一回だけ餌を与える権利をあげるから」

「あん? 俺が手伝う前提でご褒美がひよこの餌やりとか理不尽だろ」


 俺の屋敷は戦国カズマ動物園じゃないんだぞ。


****


 俺とアクアは街から少し離れた、奥ゆかしい民家が立ち並ぶ場所にやって来た。


「ここがアクシズ教徒たちが集まる教会よ。見た目は小さいけど教徒らしい謙虚さが漂ってきて良い雰囲気よね」

「いや、いかにもちょっとした風で吹き飛びそうなボロい教会だな」


 木製の古びた小屋か?

 時間と予算が足りないので、即席で作ってみました感が拭えない。


「あのさ、ここの責任者はまともなんだろうな? もし変なやつが出てきたら、俺は即座に帰るからな」

「何の、アクシズ教団の信者たちはみんな優れた逸材だから問題ないわ。まあ、ここの責任者にはまだ会ったことはないけどね」


『……ほれ、約束のブツはこれでいいんだな?』

『まあ、確かに文句なしの作りですね』


 そのボロい部屋から男と女の声が漏れ出す。


『でもこんな品を仕入れるのも今回限りにして欲しいぜ』

『平気よ。コレの扱いには慣れてきたし、ヤバいこともない。今回は私が楽しむだけだし』

『ふむ。なら良いけどさ、あまり派手にやるなよ。それのせいで毎年死人が出ているんだからな』


 おい、これってどう考えてもヤバいブツの取り引き話では?

 これは出直して警察を呼ぶしかない‼


「ちょっとカズマ、ここまで来て逃げる気なの? ウチの子たちがこんなことしないわ。何かの間違いよ」

「いいからお前も逃げるんだよ。ここに居るのがバレたら何をされるか分からねーぞ」


『ほんと、あなたは昔のまんまですよね』


 退却しようとした俺の足取りが止まる。

 えっ、今の声はいつものロリッ子だよな?


『それほどまでにこの白い粉がお好きなのですか? 前回も私にお勧めしてきましたが、そこまで良いものなら私も試してみたいですね』


 やっぱり何度聞いてもめぐみんの声だ。

 今日は用事があるとか言って、何でこんな現場で怪しい取り引きに加わっているんだよ!


『ならよく聞けよ、お嬢ちゃん、この白い粉はお湯に溶かすとな……』


 どうする、このままじゃ、めぐみんが悪の道に染まってしまう。

 でも警察を呼ぼうにも時間がない!


『そうね、あなたがそこまで気になるならここで試してみる? 最初は怖いかもだけど、一度味わってみたら病みつきになるのを保証するわ……』


 女の落ち着いた声が俺の知っている美少女を毒牙に誘う。


「早まるな、めぐみんー!」


 彼女の不正行為を防ぐため、俺は思いっきり、教会の扉を蹴飛ばした!

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