第177話 ダクネスお帰りなさい!(1)

「今、執事やメイドたちが必死になって捜しているが、どうやら領主が行方不明らしい」

「えっ? あれだけ選挙カーのごとく、ララティーナ好きだ、ぞっこんだ! と叫んでいたアルダープのおっさんがか?」


 ダクネスとの結婚騒ぎから一夜明けた朝、俺の自宅の玄関先でダクネスから明かされた真実。

 しかも話はそれだけで終わりではない。


 今日の日が昇ったと途端に領主の悪事や不正などがあちらこちらから浮き彫りになり、王都にアイリス宛に体を入れ替える神器を贈ったのも領主だったとか……。


「うへぇー、人間悪いことはできないな……」

「そんな理由で不正事実を隠し通せなくなり、夜逃げをしたのではと考えられているらしい……」


 うーん。

 あの金と欲望にまみれていたおっさんがあっさりと逃げるだと……。

 俺は旅行カバンを片手に持ちながらダクネスの話を聞いていたのだが……。


「だからお前たち、もう夜逃げをすることはしなくていい。手元の荷物を下ろすんだ」


 ダクネスの明確な指示に安心したのか、周りの緊迫したムードが薄れていく。


「アクア、もう逃げなくても解決したらしいですよ」

「あら? この世界の警察も中々手が早いじゃない」


 大きな風呂敷包みを背負っていたアクアとめぐみんが不思議そうな顔で俺とダクネスを見る。


「私たち、ほとぼりが冷めるまで遠くの海で漁師でもやろうかと思っていたんだけど?」

「毎度ながらお前たちには呆れるな。漁業は船がないとできないだろ……」

「だってダクネス、カズマさんが朗らかに自信満々で言ったのよ、泥からでも船が作れるって」


 それ、どこ情報ですかね?

(恐らく泥酔状態のカズマ)


「まあ、それなら安心だな。一件落着ということでダクネス、折角顔を合わせたんだ。早く家に入れよ」

「い……いや、私は……」 


 ダクネスは一歩たりとも玄関の敷居をまたごうとしない。


「ダクネス、どうしたんです? トイレならこの屋敷の中にありますが?」 


 めぐみんがダクネスのモジモジとした様子を本能で感じ取る。


「あっ、めぐみんはずっと教会にいなかったから分からないわよね。ダクネスはね、何とカズマに買われたのよ!」

「カズマがダクネスの借金を払った代わりに俺のモノになったから、今後はその身体で支払えって……」

「ダクネスはね、カズマに何をされるのかが怖くて家に入れないらしくて……むぐっ」


 俺は歩く機関銃なアクアの口を慌てて手で塞ぐ。


「おい、ちょっと女神さん。色々と誤解の招くおかしなことを。言っていることは合ってはいるが、隣のお子様に悪影響だ。捉え方が悪すぎる!」 

「むぐむぐっ!?」

「ほお、その隣のお子様とはどこにいるのか詳しく聞かせてもらおうか……?」


 アクアが何かを言いかけ、めぐみんも喧嘩腰になっているが、全て無かったことにしよう。

 俺が反乱を行った教会での武勇伝は今ここで白紙にされたのだ……と思いたい。


「……この、ハレンチカズマ」

「めぐみんも毎回勘違いするなよ!」


 めぐみんが不機嫌そうに眉を吊り上げる。

 釣るんだったら、よその川でやってこい。


「いや、そうではないっ!」


 ダクネスの決死じみたワントーン上げた声に俺たちの動きが止まる。


「本当にすまん! 今回は私事とはいえ、勝手なことをして大変迷惑をかけた!」


 ダクネスが柔らかい体を生かしながら前屈じゃなくて……深く頭を下げる。


「自分でもおかしなことをしたと思って反省している。その……理不尽かも知れないが、こんな私でも許してほしい」  


 俺たちはダクネスの謝罪に口を開けたまま、今にもヨダレを垂らしそうだった。 


「別にいいじゃないですか。こうやって無事にここに帰って来れましたし」

「カズマが色々と失いましたが、この男は少しでも収入が多ければ働かなくなるダメなヤツですし、これで良かれですよ」


 おい、めぐみん、さらりと俺の悪口を吐いただろ。

 さらりとしてる梅酒がキーワードか?


「そうよ。今回の件があったからダクネスのお父さんが呪いだったことが分かったんだし!」

「今度はあの呪いをかけた真犯人を見つけないとね!」


 梅酒に憧れためぐみんもホー○ズアクアもあれだけ騒ぎを起こした相手を庇うのか。

 中身はアレだけど、何だかんだで良いヤツらだよな。


 頼りになる二人の協力者相手にダクネスは顔を赤くしながらも、未だに頭は下げたままだ。


「カズマ……特にお前には大きな借りができた。私を助けるために全財産を投げ売って注ぎ込んだようだが……それは後で国から補填される。でも……」

「お前が売った知的財産は二度と戻ってこない。私は命を削らない平和な商売人として安全に生きようとした、お前の大切な仕事を奪ってしまった……」


 申し訳なさそうに俺の前で目を閉じるダクネスは心の底から俺の将来を気にしていた。

 おい、保護者を含めた三者面談でもあるまいし、もっと気楽に生きていこうぜ。

(輝く白い歯)


「そんなに気に病むなよ。ついこの前、料理スキルを覚えたからさ、屋台でも出して、ジャパニーズの料理を作って稼ぐのもオツだぜ……って、金が戻ってくるのか?」

「ああ、きちんと返済される。今回、身を通して払ってくれた二十億。それプラス建物を破壊した金も戻ってくる」


 この街を守った功績で発生した高額な賠償の金額。

 本来ならあのおっさんが補填するべきだが……ダクネスは何を思い、あの領主の言いなりになり、多額の金を払ったのか不思議でならないようだ。


「それにしても、なぜ今さら次々と悪行がバレたのだろう……それが気がかりで……」

「おい、ダクネス、今はそれどころじゃないだろ。今、何が返ってくると言った?」

「だから二十億」

「にっ、二十億が戻ってくるだとー!?」


 二十億一千万? の計算を脳ミソに浮かばせた俺の瞳が一層輝きを増す。

 ……ということはもう俺は一生働かなくていいわけで……まあ、二十億もあれば自分が望む夢の島で暮らすことも可能だな。


「あら、今日のカズマさんってばとてもイケメンだわ。ねえ、私、ゼル帝が住むための大きな小屋が欲しいんですけど!」


「ええ、カズマは昔からアレな感じでイケメンって私は思ってました。私には魔力向上の魔道具とかが欲しいです」


 俺のほっぺたをツンツンして物をねだる二人の顔馴染みな女。

 ビッチめ、早速金の匂いを嗅ぎつけたか。


 でもダクネスの姿勢は低いままで変わらないままだった。

 やれやれ、こいつはやたらと忠犬でお堅い部分があるからな。


「おいおい、ダクネス。柄にもなく、そんなにペコペコして。まだ本調子じゃないのか?」

「もう過ぎたことはいいだろ。お前は俺たちが起こした騒ぎを綺麗に片付けてくれたんだろ?」


「今回はこれで借りはなかったことにして、さらに大金が返ってくる。それで昨日のことはなかったことにしようじゃんか」


 まあ、返ってくる金額の桁が凄いから、どうでもいい話だけどな。 


「それはお前が『私を買った』と言ったこともチャラになるのか?」


 俺の体がその言葉にピクリと反応する。 

 この先、何が起きてもへのへのもへ字では済まないことを……。

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