第176話 このおっさんを迎えに現れた地獄の公爵を‼(2)

「必死に秘策とやらを思い悩んでいる貴様よ、心して聞け。貴様とマクスウェルとで契約をしているということが気になり、こうやって察しに気づいた我輩が自ら打って出たのだ」


 バニルによる意図を思わす発言に引っかかりを感じたアルダープ。


「ワクチンでもあるまいし、自ら打って出ただと……? 貴様、まさかあのことも!」

「ほお、領主だけあり、ウィルスの到達速度も物事の理解も早いようだな」


「我輩があの小僧に、娘が『偉大なる借金返済中』というRPGの駆け出しみたいな危険なる真似事をしていることを話し、そのついでに貴様のことも教えたのだ」


 冷静に考えることよりも頭に血が上ったアルダープが震える拳を握りしめる。


「貴様ら、まんまと騙しおって。こんな遠回りなことをせずに、正体を明かしてくれれば、こんなおかしな悪魔など即座に返上してやったのに……」

「あらかじめ知っておれば、こうやってわざわざ赤っ恥をかかずに済んだのに……!」


 これでは領主としての面子もプライドも粉々だ。

 こんな火の荒れようでは後始末が大変である。


「フハハハハ。この方が面白くて見物みものであろう。今回だけはあの腹グロ女神でさえも我輩の策に見事に誘導されたということになろう!」

「娘との禁断の恋をし、そのいびつな恋が実り、結婚という形でようやくモノにできるという瞬間に嫁を奪われた時の、貴様の極上刺身盛りな悪の感情ー!」

「我輩はもう天日干しにされ、悪魔を辞めて、イリコのように干からびても悪くはないと思うくらい美味であったぞ!」


 つまり、ワシはイリコのダシとして利用されたということか。

 その味噌汁は悔し涙で、ちょっとしょっぱいかな。


「では領主殿。貴様とはこれでさよならだ。マクスウェルを故郷に帰したら、我輩はまたあの貧乏店主の元でせかせかと働かないといかんからな」


 ちっ、あの言いなりのマクスがそんなに強い悪魔だっただと……。

 アイツがいなくなれば今後の悪事の証拠を上手く揉み消せないじゃないか……。


「バニル! バニル!」


 マクスが今までにない笑顔でワシの方を向く。

 何がそんなに嬉しいんだ、この悪魔は……。


「ちょっと帰るのは待って。僕はアルダープから代価を貰うんだ! さっき言ったんだ。僕に代価を払うって!」


 そう言えば勢いに任せて、『ボウヤ、おじちゃんがお年玉あげる』風な代価のことを口走ってしまったな。

 くそ……マクスの無邪気な笑顔がしゃくに障るがここはグッと我慢だ。


 あんな満足そうな顔して、何を持っていく気だ。

 さっさとせんか、このウスノロが……。


『ボキッ!』


 耳元からする肌を通じる異音。

 マクスが手に取ったワシの腕がありえない方向に曲がっていた。


「ぎゃあああああー!」

「ワシの腕があああっー!」


 イタイイタイ、何てことをするんだ!

 強引に折られた腕からほとばしる激痛に気が狂いそうだ!


「ヒュー。アルダープ! 中々、良い声出すね。最高だよ!!」

「痛い……イタイだろ!」


 この調子だと、マクスがもがき苦しむ元主の反応に快感を覚えたようだ。


「離してくれマクス。お願いだから離してくれえ!!」


 だが、マクスは玩具のゴム人形のようにワシの折れた腕を引っ張って遊んでいる。


「フハハハ。おままごと遊びな気持ちは分かるが、今は時間が惜しい、マクスウェル。続きは地獄に帰ってからにしようではないか」


 バニルが仮面を微調整しながらワシの苦痛な表情を覗き込む。


「しかし、端から見ても凄いものだな。この領主からマクスウェルに捧げる代価は運河のように飛び抜けた量となっておる」


「その代価とはマクスウェルが好物な悪の感情を年額として放ち続けることだが……フム……。貴様は随分とマクスウェルをこきつかってきたのだな。その分の代価の量では到底、残りの寿命では払いきれぬぞ?」


『ゴキッ!』


 マクスがアルダープの折れた腕を床に無造作に置き、今度は反対側のアルダープの肩の骨を砕く。


「ぐっぎゃああああああー!」


 湿った地下室に広がるアルダープによる血の悲鳴。


「わ……悪かった。マクス、今まで手荒てあらにしてすまなかった。こっ、こうしよう……ワシの莫大な財産を半分ほど分けてやるから……」


 荒い息を吐き、真っ青になったアルダープがマクスにこびを売るが……。


「フハハハハ。世界を制する魔王でもあるまいし、半分とは何の冗談だ。その貴様の資産はマクスウェルが故郷に帰ることにより、全ての悪行が判明し、全財産を失う運命だ」


 なっ、何だと?

 ワシはこれまでの罪を背負い、さらに無一文のホームレスになるのか!?


「ちなみに貴様の代わりに家の執事などを差し出そうとする点も無駄な足掻あがきだ。代価を支払えるのは契約者のみである」


 違法に取り立ててくる受信料と同様で、ワシはとんでもない相手と契約を交わしてしまったんだな……。


「マ……マ……マクス」

「わ……ワシはお前に散々な仕打ちをしてきたな。す……まん、恥を忍んで頼むが、ワシを助けてくれないか……?」


 こうなれば命乞いをするしかない。

 マクスは赤ん坊の頭脳とあのおかしな仮面が言っていたではないか……。

 生きてさえいれば、コイツらをいつかこともできるはず……。


「ワシは……お前のことが嫌いで、このようなことをしたわけではないのだ……。好きな上の愛情表現というやらで……信じてくれ……!」

「ヒュー、アルダープ。それは僕も同じ気持ちだよ!」


 マクスの開けた後頭部からの喘息が激しくなる。

 普段の2割マシくらいだろうか。


「ヒュー、地獄に一緒に帰ったら僕がこうやって、手取り足取り面倒をみるよ、アルダープ」

「ヒュー、ヒュー。君の絶望的でカレーなる(華麗?)感情を生涯味わせてよ、アルダープシェフ!」


 マクスが料理人となったワシを見下した表情で息を弾ませる。

 こんな心から嬉しそうなマクスの顔は初めてみる。

 ワシは死の調味料よりも恐ろしい運命を感じた。


「おお、両想いではないか。良かったなアルダープ。マクスウェルはああ見えて、好きな相手にはとことん尽くす一途なタイプだ」

「四六時中、貴様を骨の髄まで愛してくれるぞ。フハハハハ!」


 もう二対の悪魔の声も届かない。

 ワシの心と身体は完全に朽ちていた。


「ヒュー。アルダープ、これからも君のことは大切にするよ」

「拐った女性を飽きるまで愛し、ゴミクズのように捨てていった君とは違って、僕は君が壊れない程度にほどよく大事にするからね! ヒュー!」


 そうか、ワシがこの悪魔を心から好きにならなかった本当の理由とは……、

 この悪魔の秘められ、隠された悪の心情に、ずっと恐怖を抱いていたからだろう……。


 だったらこの世界にいる女神とやらに、一つだけ内なる願いを……。


 この壊れているマクスが私を愛することにすぐに飽きてから、楽に死なせてくれますようにと……。

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