第175話 このおっさんを迎えに現れた地獄の公爵を‼(1)

「この、くそったれがー!」


 屋敷内の暗い地下室でアルダープは四つん這いなマクスの体に何度も蹴りを入れる。


「お前がちゃんと出来る悪魔だったら、あの教会でララティーナはワシのモノとなっていたのに!」

「お前のはその程度なのか、くそがー!」


 偶然にも手に入れた神器で適当に悪魔を呼び出したのはいいが、これほどまでにダメなヤツだったとは……!


「ヒュー。教会は神聖に近い場所だけあり、悪魔の力が抑えられるからね。それよりも腕利きの者により、例の呪いが解除されたようだよ。アルダープ」


 マクスがもやしっ子のようにヨロヨロと立ち上がる。


「何、あの呪いが解けた!? ふざけるなよ! お前はたった一人のあのジジイさえも呪い殺せないのか!」


 お前もジジイだろとツッコミたいアルダープの渾身の蹴りがもやしっ子なマクスの腹に当たる。

 だが、マクスは時折、ヒュー、ヒューと息を漏らしながら無反応であった。


 ──ワシの言ったことをすぐに忘れるこのろくでなしフルーツをうまく利用し、いずれかは願いを叶えた分だけ素敵な代価をあげようと誤魔化しながら利用してきたが、もうこいつは用済みにするべきか?


 いや、あの教会の前でララティーナにあんな暴言を吐いてしまった。

 煙草につけた火のように、揉み消すには、まだこいつという灰皿がいないと……。


「マクス! 明日の早朝までに今回の結婚式に来た参列者とワシの言葉を聞いた者たちの記憶を都合よくねじ曲げてつじつまを合わせろ!」

「ヒュー、無理だよ。未来から来た猫型ロボットじゃあるまいし、僕にそんな凄い力はないよ」


 何だと、今まで何を望んでも決して無理とは言わなかったのに?


「何をほざいている! 記憶のねじ曲げはお前の得意分野だろうが! これは主の命令だぞ、ガキみたいに拗ねて拒否らずにさっさと行動しろ!!」

「ヒュー、僕には無理。強烈な強い光が二度と呪いをかけまいと強い耐性を持っている……だからソース(中濃)の二度がけは無理……ヒュー」


 チッ、ソースなんてウスターでもお○ふくでも何でもいいじゃないか。

 ソース選びごときで悩む使えない悪魔め!! 


「もういい! 貴様とは今限りで契約を切る! 他に力のある悪魔を召喚すればそれまでだ!」

「さあ、お前に最後の命令を下す! お前の強制の力で今すぐララティーナをここに連れてこい! それが出来たら貴様に今までの代価を払ってやるぞ!」


 マクスが喘息混じりの呼吸を止めて、アルダープへとギョロリとした目を合わせる。


「えっ、代価を払ってくれる?」

「ああ、お前はおバカだからワシが代価を払っているのを忘れてるだけだ。今回もきちんと払うからララティーナを連れてこい」


 このバカは最後まで上手に利用しないとな。

 バカにつける薬はなしとは、まさにこのことだ。


『……カツーン』

「領主殿はいらっしゃるか?」


 地下室のように階段を降りてくる音がして、アルダープはマクスから目を離す。


『カツーン……』

「今日の騒動について謝罪に来たのだが……」


 この透き通る綺麗さに上品さを重ねた声は間違いなく、あの娘だ。

 しかし、どうやってこの地下室を知ったのだ!?


「ララティーナ!」


 ワシの前に長い階段を降りてきたララティーナが姿を現す。


「よし、マクス! お利口さんだ!」 


 アルダープがマクスを初めておすわりが出来た犬のように褒める。


「では約束の代価とやらを払おう。貴様との契約もここで終わりだ。これからは自由にしてやる!」  

「代価を払う? 契約も解除? まだ何もしてないのにかい? ヒュー……」


 マクスが床に両手を付きながら、こみあげる感情を押し殺す。 


「申し訳ありません、領主殿……式でのことでご無礼を……」

「……ですので私の身体と引き換えに仲間を許してあげてもらえますか……!」


 くっ、薄布に身体のシルエットがくっきりと出たエロすぎるワンピース姿。    

 もう、辛抱たまらん!!


「分かった。仲間には手を出さん! だからララティーナ! お前はワシのモノだ……!」


 アルダープがララティーナに触れようとした瞬間に彼女の形が粘土細工のようにグニャグニャになり、ヒビが割れて粉々になっていく。


 ララティーナだった者は煙となって気化し、変わりにその場にはタキシードを着こなした変な仮面を着けた男が立っていた。


「フハハハハ! ララティーナと思ったのか? 残念ながら我輩は悪魔である!」

「何だと、純文学のような台詞を吐く貴様は!?」

「おおっ、これは強烈な悪の感情! 久々に高級レストランのような美味しい味である」


 仮面の男が美味しそうにこの場の感情を味わっている。


「貴様、マクスと同じ悪魔とか言ったな‼」

「ふむ。人間風情が我輩のボケに色々とツッコミを入れるとは中々やるな」

 

 男が仮面に片手をつけて、ニヤリと笑う。

 これはウケてるのか?


「なっ、なめてるのか! おい、マクス! このおかしな仮面の悪魔を殺せ!」

「ヒュー? 何で僕が同じ種族を殺さないと駄目なの?」


 マクスが眼鏡を指で整えながら、アルダープに困ってシマリスな視線を送る。


「……おや? 君とはどこかで会ったのかも知れないね」


 マクスが首を傾げると、仮面の男がマクスと目を交え、今度は軽く腰を曲げてお辞儀をする。


「これはこれは。貴公にこうやって挨拶をするのは何千回目だろうか。では今回も初めましてである、マクスウェル」


「つじつま合わせで真実をねじ曲げるマクスウェル。我輩は見通す悪魔のバニルという者である」


 何だと、このイカれた悪魔はマクスではなく本名はマクスウェルと言うのか?


「ヒュー! バニル! 君とは何だか以前も会ったような懐かしい雰囲気がするよ!」

「フハハハハ。貴公は会う度にそれだな。貴公の名はマクスウェル! こことは違う異世界から記憶を無くしてやって来た我輩の仲間でもある!」


「我輩は貴公を迎えにここに来たのだ。真実をねじ曲げる悪魔、マクスウェル。そなたの住む地獄へと帰ろうではないか!」


 地獄に帰るだと!?

 温泉地獄巡りという雰囲気でもなさそうだが……。


「おい、待て! そいつはワシの下僕だぞ! 勝手なことは許さぬ!」

「下僕だと? 我輩以上の強者で、地獄の公爵の一人でもあるマクスウェルがか?」


 同じ地位、いやそれ以上に値する仲間なのに、アルダープに下僕と言われ、不機嫌になったバニルとやらがアルダープに反論する。


「悪運のみが強く、自己中で心のちっぽけな男よ。貴様は運に恵まれただけだ。最初に呼び出したのがマクスウェルだから何ともなかったのだ」


 何だと、マクスが地獄の公爵!?

 男爵イモの間違いじゃないのか?


「もし他の悪魔を召喚していれば代価を持ってない貴様はズタボロに引き裂かれて殺されていただろう!」

「我輩以上に力はあるが、中身は赤ん坊のマクスウェルである! その彼のお陰で貴様はその凄まじき財力が保てる地位にまで上りつめたのだ。彼に深く感謝するがいい!」


「そして、マクスウェルに貴様はこうも言ったな」

「約束の代価とやらを払おう。貴様との契約もここで終わりだ。これからは自由にしてやる! とな」  


 しまった、つい、ワシとしたことが口を滑らせて……!


 アルダープは何とか考えた。

 この焦げついた状況をフライパン返しのようにひっくり返す秘策を……。

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