第174話 この親父さんに最期の言葉を‼

「お……お嬢様、そんな格好でどうなされました!?」


 太陽が真上から照りつける昼過ぎになり、ダスティネス家の廊下を足早と進む花嫁ドレスを着たままのダクネス。

 執事たちが不思議そうに声をかけるのも無理はない。


「確か、今日は結婚式のはずでは……」

「すまん、急いでいる。話なら後でな!」


 ダクネスは何かしら焦っていた。

 その原因は彼女自身にあったのかも知れないと……。


****


「お父様、失礼します」


 父の容態を気遣い、ノックをせずに挨拶だけを告げて部屋に立ち入る俺らとダクネス。


「お父様……私です」


 部屋のベッドにせっている親父さんにダクネスが話しかける。

 それに勘づいた親父さんは微かにまぶたを開く。


「おお、ララティーナか。こんな時間にどうしたのだ? 今は式の真っ最中では……」

「いえ、お父様。申し訳ありません。話せば長くはなりますが……」


 親父さん、あんなにやつれた顔をして。

 前よりもさらに体調が悪くなってるようだな……。


「……と言うことで私が勝手に決めた結婚でしたが、パーティーの仲間と一緒に何もかもぶち壊して逃げてきました」 


 ダクネスが親父さんの前で、さっき起こった教会騒動事件(テロリスト紛い)の全てを打ち明ける。


「そうか……! それなら良かった。ララティーナが望んだことなのだ。何も気にせずとも良い」


 親父さんは優しい笑みをこぼしていた。


「ララティーナ、そのドレス綺麗だな……」

「……まさに母さんの生き写しみたいだ」


 そうか、ダクネスの母さんは先に旅立ち、親父さんはその面影をダクネスに映していたんだな。 


「カズマ君、ちょっとこっちにも来てもらえるか?」

「えっ、俺ですか?」


 ご指名された俺は親父さんの寝床へと近づく。


「……さて、私は魔力も貰いましたし、外の空気でも吸ってきますね」


 めぐみんが静かに席を立つ中、俺は親父さんの声に耳を傾ける。


「よくやってくれたね。君には感謝しきれないよ。ありがとう」

「いえ、俺はお宅の娘さんに借りを返した……それだけの理由ですよ」


 少し疲れたのか、親父さんが目を瞑る。


「カズマ君、どうせならウチの娘を貰ってくれんか」

「「えっ!?」」


 俺とダクネスが驚きの声を上げる。


「別に入らないですよ、こんなじゃじゃ馬娘なんて。何の競走馬による罰ゲームでしょうか」

「なっ!? 貴様、ウ○娘ならまだしも、今、罰ゲームとか言ったなっ!」


 ダクネスが俺の首を絞めて左右に頭を揺らす。


 よせっ、このままでは死んでしまう!

 苦しいし、まともに皮膚呼吸 (ちょっと違う)ができん!


「ははっ。本当に仲の良い夫婦漫才みたいで面白いなあ。もしララティーナと結婚してくれたら私も安心なんだが……」


 そうか……親父さんに残された時間はもう無いんだ。


 親父さん、了承です。

 変な男に騙されて取られるくらいなら、この俺が彼女の傍にいて、面倒を見ます。

 だから、親父さん……。


「ララティーナ、今の暮らしは素敵か?」 

「……例え、全ての財産を無くしてでも?」


 親父さんがダクネスの現状の理解をしようと疑問のキャッチボールを投げかけてくる。


「はい、楽しいです。お父様」

「全てを捨てたとしても、大事な仲間たちを守りたい想いに満ち溢れています」

「……そうか、それは良かった」


 しっかりと投球を受け取った親父さんは、そのダクネス選手に精一杯の笑みを浮かべた。


「ララティーナ、お前は好きな道を選びなさい。後のことは任せるといい」

「こんな身体でも最後に激辛麻婆豆腐を食らうことくらいはできるだろう」

「お父様……!」


 親父さん、今、そんな物食べたら確実に堕ちます!


「……ララティーナ、もっと近くに来て、その顔を見せてくれ」


 ララティーナが泣きながら親父さんの震える痩せ細った手を取る。


「ええ、心から愛しています。お父様。これまで育ててくれてありがとう……!」

「お父様が元気になったら、またいつか、亡くなったお母様のことを話して下さい」

「ああ、愛してる。我が娘よ……そうだな。いつの日か、お前が眠るまで夢中になっていた大好きだった母さんの話をしてあげよう……」


 優しく眠りにつく親父さんを見て、無言で表情を殺したアクアと、あまりにも辛すぎて顔を背けてしまう俺。

 ああ、誰だって目の前で愛する人を喪うのは心の底から辛すぎるだろ……。


『セイクリッド・ブレイクスペル!!』

『カッ!』


 親父さんのベッドの下から巨大な魔法陣が浮き出て、親父さんの身体が光のシャワーに包まれる。


「ああいいうううえええーっ!?」


 親父さんが演劇部の発声練習みたいな叫び声を上げ、親父さんの体内から抜け出した黒いオーラが綺麗に浄化されていく。


 次の瞬間、親父さんの身体はしっかりとした肌つやになり、健康な肉体そのものとなっていた。


「これは悪魔の呪いよ!!」

「このおじさん、腕利きの悪魔から強烈な呪いをかけられていたのよ!」

「でもこれで安心よ。私がサクッと取り除いてあげたから!」


 あの、アクア先生。

 悪性のガンを取り除いたみたいに誇らしげに語らないでもらえます?


「本当、危なかったわー。あのままじゃ死んでいたものね」

「まあ、これで大丈夫。呪いは完全に消えたからね!」

「えっ、お礼なんていらないわ? 苦しい人を助けるのはアークプリーストとして当然の義務だから」


 だから一人で盛り上がってるアクア奇術士さん……いや、アクプリなら、ちょっとはこの場の空気読んでもらえます?


「そういうわけでダクネス良かったわね。ダクネスのお父さんもお母さんの話を何度でもしてあげてね!」


 凍りついた時の間で真っ先に動いたのはダクネスの親父さんだった。

 体にかけていた布団を頭から被り、申し訳なさそうに撃沈された駆逐艦のように深々と沈みこむ。


 親父さんに続き、俺とダクネスもこのシュールな状況に固まったまま動けない。


 この場の雰囲気を何とも分からんアクアだけが、のほほんとアホのようにはしゃいでいたのだった……。

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