第171話 このクルセイダーの花嫁姿に祝福を‼(3)

 街外れにある神聖な教会にて、本日ダクネスの結婚式が開かれる。


「こらっ! お前たちはこの先には進ませんぞ」

何人なんびとたりとも、一般人はこの式が無事に終わるまで中には入らせん!」


 しかし、教会への立ち入りは禁止だった。 

 黒服を着たボディーガードのような男集団が教会周囲を取り囲んでいたからだ。


「何だよ、貴族しか入れないのかよ。折角せっかく、幸せそうなダクネスの花嫁姿を見に来たのによ」


 残念がっているのはキースだけじゃない。

 日頃からお世話になっているダクネスの結婚式がこんな状況なのだ。


 まあ、貴族同士、万が一に備え、危険な目には合わせたくないのだろう。

 そういう尾ひれのついた噂を聞き、遠路はるばる来た者も申し分ない気分だった……。


****


 綺麗な教会のステンドグラスの下で奏でられるオルガンの伴奏。

 それを耳にもせずにアホ面でアルダープ。

 アホはともかく、盛大な式に拍手を送る貴族たち。


 その熱い声援の中、黒スーツのハーゲンとドレスを着たブーケを持ったダクネスが腕を組んでレッドカーペットの上を歩く。


 祭壇の前では夫になる白いタキシードのアルダープが待ち構えていた。


 ここで嫌だろうと思うが、このヨダレを垂らして興奮しているおっさんの思考へと移ってみよう。


 ───ララティーナ、早く来るんだララティーナ。

 あのララティーナがついにワシのモノになるのだ。

 何もかもがワシの思うがままに……。


 思う存分貪ってやるぞ。

 朝も昼も夜も飽きるまで味わってやる。

 気が済むまで隅から隅までな……!

(ケン○ッキーフライドチキンの話か?)


 いや、少しは落ち着くんだワシ。

 まずは聖職者から祝福を受けてあのプルンとした唇から奪ってやる。


なんじ……」


 女の声のローブ姿な聖職者が頭のフードを脱ぐ。

 その相手は浮世離れした羽衣を着けたあの女だった。

 以上、おっさんからのチキンカツな実況からでした……。


「──ダクネスはこの豚と猪を二つで割ったような下劣なおじさんと結婚し、女神でもある私の定めに逆らって、川に流されるようにどんぶらこっこと夫婦になろうとしています。ユー、オケ?」


 ──聖職者役であったアクアがノリノリで新婚夫婦をいじり倒してくる。


「あなたはどんな時でもそのおじさんを愛し、命の続く限り、堅く純潔を守ることを約束しますか」

「んー……、まあ、無理な話ですね。盛りのついた野獣と、断ろうにも断れない美女ですもの」


 いきなりのアクアの登場にダクネスもアルダープも興醒めしていた。


「そんなことより、私がこのままダクネスをお持ち帰りして、帰って旨いお酒をグイッとやりたいわ……」

「お……お前はワシの屋敷で散々な嫌がらせをした女ではないか! こんな所に何のようだ!?」

「えー……そこのダンディなおじさまに依頼されて二人の結婚の邪魔……じゃなくて、祝福に来たのよ?」


 ダクネスの後ろにいたハーゲンが軽く咳払いをしてみせる。


「ハーゲン、お前、何のつもりだ?」


 ダクネスが尋ねても何もないように冷静に振る舞うハーゲン。


「だって私、この街で一番位の高い聖職者だし、ぴったりの役でしょ。てへぺろ」


 可愛く舌を出したつもりなアクアが額に軽く拳を当てて誤魔化す。


「なめるなよ小娘。有能な貴族の結婚式なんぞに易々と顔を出しおって!」

「貴様のような貧乏プリーストは引っ込んでいろ!」


 アルダープがアクアに強く反論するが、女神にとっては悪ガキが騒いでいるようなものである。


「そうだぞ、アクア。こんな冗談混じりなことをしたら、マジで処刑されるぞ」

「何てバカなことをしでかすんだ!」


 アクアの隣で黙っていた俺もローブを脱ぎ捨てる。


「うるせーんだよ、この大バカ女!!」

「お前だってこんなバカなことばっかりして‼」

「なっ、カズマ……」


 ダクネスが予想外な俺の登場に驚きのあまり、言葉を詰まらせた。

 魚の骨が喉に刺さった的な。


「大体、人の意見も聞かずに勝手に俺の借金を払うなよな! お前は俺の奥さんなのかよ。優しく手当てして、遠くから黙って指をくわえて俺を見てるんじゃなくて、俺のことが好きなら好きと面と向かって言えよな! 俺は心の声が分かる超能力者じゃないんだぞ!」

「なっ、何を言っている。人の気も知らず、お前までこんな所にまで来てからに。大バカなのは貴様の方だろう!」


 俺とダクネスの息の合った口喧嘩にアルダープがポカーンと遠巻きで見ていた。

 だが、すぐに魂が戻ってくるアルダープ。


「小僧、貴様までワシの結婚を邪魔しに来たのか! 冒険者ごときが何様のつもりだ!」

「お前が好きなララティーナはこのワシに多額の借金をしているのだ! そんなにララティーナが欲しいのなら、まずはこの女を買う用意をしてこんか! この能無しで低スペックな貧乏人が!」


 俺はその言葉を待っていたかのように持ってきたアタッシュケースを開ける。


「この無能な耳でしっかり聞いたぞ、おっさん!」

「男なら約束くらいは守れよな!」


 そのままケースを大きく振り回し、貝殻の輝きみたいな中身を宙に投げ込んだ。

 あまりの出来事に動きが固まるアルダープと、周辺に舞い落ちるエリス銀貨の山。

 低スペックでも心を掴むメロディーは作れるんだぜ。


「ほらよ! ダクネスが借りた金をエリス特製銀貨で全額だ。これで満足か、おっさん」

「これでダクネスはおっさんが言った通り貰っておくからな‼」

「後、ダクネスは大事な仲間で好意は寄せてないからな!」


 そうさ、ダクネスのことは大事なメンバーと思っていてだな……。

(カズマ、恥ずかしさのあまり自主規制)


「おおっ、金が、ワシの金が……」


 だが、目先の欲にくらんだのか、アルダープが地面にしゃがみこみ、床に散らばる金を拾い集める。


「この金はワシのモノだ! みんな、拾ってくれ!」


 よし、これでおっさんの動きは封じた。


「さて、このまま逃げるぞダクネス! アクアもな!」


 俺は金に夢中なおっさんを尻目にダクネスをお姫様抱っこして出口へと走る。


「カズマ、何のつもりなのだ。しかもあの大量の金は?」

「ああ、全部売ったんだよ」

「何だと!?」


 俺の精一杯出し尽くした全ての知識と権利、それと今までの討伐金の貯金を丸々足したら、ちょうどお前の借金と同額になったという筋書きだ。


「まあ、そのお陰で地道に稼いでいくという道しかなくなったが、お前が自由になってめでたしだぜ」

「馬鹿者、誰がそんなことをお願いした! いつもお前は後先考えず、本当に自分勝手で……!」

「私はな……私は……!」


 ダクネスが目に涙を浮かべながら異論を言う。

 そんなに泣くなら祝いの寿司はサビぬきでいいよな。


「もうどんな言い訳も聞かねーぞ。お前は俺のモノになったんだ! 俺の全財産を無くした分、これからはその身体でしっかりと払ってもらうぞ! 分かったら返事をしろ!」

「はっ、はひっ!」


 俺の強引な責めにダクネスの声が裏返る。


「皆さん、お嬢様を頼みます」


 騒々しい喧騒の中、ハーゲンは落ち着いた表情で俺らの行方を見守っていた……。

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