第170話 このクルセイダーの花嫁姿に祝福を‼(2)

「まあ、そう毛嫌いするでない。貴様を救うかも知れない重要な商談だぞ?」

「本当か? 話なら窓の外へと蹴り飛ばすからな」

「まあ、そう申すな。まずは新しく開発していた商品を見せてもらおうか」


 バニルは俺に興味を引かせるようにケースを軽く叩く。

 中身は生でも生野菜の詰め合わせか?


「そして我輩は貴様が満足できるような十分な金を用意してある」

「いや、急すぎる話だし、俺はお前と取引をするとは一言も言ってないだろ」


 すると、バニルが生野菜ではなく、金が入った大きなアタッシュケースに手を添えながら口元を緩ました。


「助けに行きたい気分で頭の中は一杯だが、助けに行って鎧娘に嫌われることを恐れる意気地無しの男よ」

「うっ……」


 悪魔に痛いツボ(声)を突かれ、のどの奥から声が漏れる。

 同じ漏れでも断じて布団にできた世界地図ではない。


「貴様は全ての知的財産権と引き換えにして、この鞄の中身を我が物とするであろう」


 先を見通す悪魔さん。

 こちらからは見えない監視カメラみたいな存在で本当に困ったものですね!


「……なあ、バニル。正直、苦手な取引相手でもあるが、お前さんは色々なことが分かるんだよな」

「うん? 何だ?」


 バニルが俺が作った小型扇風機を手に取り、俺と交渉モードに入ろうとする所で、気になる点を聞いてみる。


「うむ、大抵のことは見通せるぞ。今、貴様が気にかけているあの鎧娘の件とかな」 


 なぜ、ダクネスの家があの領主に莫大な借金をしてるのか、何とかして助けられないか。

 なぜ、あの領主はあれだけ罪を重ねても証拠が全然出てこないのか。

 バニルには何もかも、お見通しらしい。


「バニル、お前、インチキ悪魔のくせにな……」

「インテリ(インチキでは?)な悪魔のクセになぜ、貴様に協力するのかと? まあ、今回は貴様と利害が重なっただけのことだ」

「だから教えてやろう。あの娘が借金をした真の理由とは……」


 確証を得るために、俺は無言で首を縦に振る。


『セイクリッド・エクソシズム!』

『ゴッ!』


「むおっ!?」


 不意にバニルの体が眩い光の力で浄化され、仮面だけを残し、細かい砂となって消え去る。


「えっ? バニルさんどうした? 何ごとだよ!?」 


 バニルを襲った張本人が俺のすぐ後ろで両手を開いて、前に突き出していた。

 これは例のアクアによる悪魔払いの魔法か?


「アクア、またお前の仕業か!! 今、俺らは命を左右する大事な話をしてたんだぞ!」

「おい、バニル平気か? お前なら下水道の女神の攻撃なんかで殺られはしないだろ?」


 俺はバニルの安否を気遣うために、このうるさい女神から一歩距離をおく。


「カズマ、何で悪魔なんかに気を許してるのよ! それに私は汚れのない水の女神よ!」

「やかましいわ! 怪しいミネラルウォーターを売りさばく分際で毎回余計なことをしやがってー!」


 俺はアクアの脳天にウルトラチョップを食らわす。


「不意打ちするとは我々の悪魔の考えと変わらんな……チンピラ女神め」


 地面から砂を出して再生中のバニルもアクアの存在を心底嫌そうにしていた。


****


 俺と機嫌が悪いアクアが座る三人がけのソファーの向かい側にある同じソファーに天国に逝きかけたバニルが腰を下ろす。


「さて、ポンコツ女神は差し置いて話を続ける……」

「あの娘が多額の借金をした理由だったな?」


「……事の始まりは貴様たち冒険者が機動要塞デストロイヤーを倒した所からに遡る」

「なっ、どういうことだ?」


 ──バニルはこう語る。

 今までの街ならデストロイヤーに滅ぼされると、領主は財産を失い、街は焼け野原になり、多くの住人が路頭に迷うのだと……。


 だけど、この街ではデストロイヤーは街の目の前で倒され、街や住人に対しての被害はゼロだった。


 しかし、街に続く治水や穀倉地帯は無事では済まなかった。

 デストロイヤーの進行方向にあった物や資源はとことん破壊され、灰色の地となった。


 そうなると農業をしている農家たちは仕事も財産さえも無くしてしまった。

 しかも荒々しい爪痕を残した穀倉地帯はそう簡単には元に戻らない。


「そこでだ、その農家の者たちは領主に助けを求めた」


 うわっ、この展開、嫌な感じしかしねーな。


 ──そう、この街の領主は言った。

『贅沢を言うでない、命があるだけ儲けものだと思え。文句が言いたいのなら、穀倉地帯を守れず仕舞いだった冒険者たちを責めるがいい。あいつらはデストロイヤー討伐で多額の報酬を得ているので、そいつらから補償金をもらえ!』と……。 


「うわっ、あの桃太郎侍も頭が上がらないな……」

「うむ。今回のことは責任から逃れた冷酷な領主以外、誰も悪くはないだろう。冒険者たちは充分に頑張りを通した」


 だが、被害にあった農民たちはこのままでは生活が出来なくなってしまう。

 だから泣きついてお願いをした。


「貴様らと深い関わりのあるダスティネス一族の者にな」


 俺の思考が真っ白に染まる。

 話からして嫌な予感しかしねえぞ。


 ──彼らは言った。

 冒険者たちが洪水で破壊した建物の弁償金の大半を支払った心優しきダスティネス様、どうか我々も助けて下さいと……。


「えっ、で壊した建物って? 弁償金なら赤字覚悟で払ったじゃないか?」


 洪水の原因を起こしたアクアが体育座りして、バツが悪そうに真っ赤になって黙りを決め込む。


 水の女神は代謝がいいのか?

 あんなにも大汗をかいて……。


「あれだけ派手に壊した建物が数億程度の弁償金で済むはずがないだろう。貴様は言われなかったか? 全額ではなく、一部でも支払ってくれ……と」


 ダクネスめ、俺らに黙って、また勝手なことを……。


 ──ダスティネス家はその資産のほとんどを建物の弁償金に利用した。


 そして、大半の資産を失ったダスティネス家の鎧娘は、それでもデストロイヤーで被害を受けた者たちを放っておけずに助けようとし、あの領主に頼み込んで金を借りたという。


 金を貸すのをケチる領主に、もしダスティネス家の当主の返済が困難になった場合、自らの身体を担保として……。


 ──俺はきつく拳を握り、もぐら叩きのように思いっきりテーブルをぶっ叩いた。

 あの変態おっさんめ、大概にしろよ!


「おい、ダクネスの借金の金額はいくらか分かるか?」

「へい、毎度! お客様の持つ資産とこの鞄の中身を合わせると、その借金と同額になります」

「それでは運命を左右する商談を始めようではないか!」


 左右も何も関係ない。

 俺はいつになく真剣な顔でバニルを見ていた。


「燃えるような瞳の色ときたか……。もう小僧の中では契約は成立な考えをお持ちのようだな」


 ああ、今から取り戻しに行く。

 金じゃ買えない大事なメンバーを!

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