第3章 馬小屋との別れ、幽霊騒ぎな物件の屋敷にて

第18話 この寒すぎる場所から心安らぐ温もりを‼

「寒すぎる……誰でもいいから俺に金をくれ……」


 冬の北風が厳しい季節。


 一本のろうそくの灯火ともしびを頼りに、何の暖房もない馬小屋で、俺はあまりの寒さで一人震えていた。


「このままでは凍死してしまう……」

「何、落ち込んでいるのよ、ヒキニート。たまには気分転換しないと春はやって来ないわよ。はい、ホットココアでも飲んで♪」

「何が飲んで♪ だ! お前が街中を破壊して借金を作ったからこうなったんだろーが!!」


 俺は震えながらもアクアからのココアを受け取った。

 お湯もないせいか、中身はほとんど無かったが……。


****


「……どうですか、ダクネス。仕事のクエストは?」

「うーむ。めぐみんか。報酬はそれなりに良いのばかりだが、高難易度のクエストしかない。望んで高い報酬を手に入れても、税金で半分以上は引かれてしまうしな……」

「何なのよ、私たちはこの街を救った正義のヒーロー(主にヒロインなのでは?)なのよ!」


 うーん、安全で高収入が期待できる仕事ねえ……。


 いくら探してもやっぱり無いなあ。

 俺たちは歴戦の格闘家じゃないから、狼や熊を相手にする内容とかは危険過ぎるし……。


「なら、これなんてどうだ? 雪精ゆきせい退治?」


 俺はギルド内の仕事紹介の掲示板から一枚の紙を取る。


「ああ、白くて丸くてお饅頭の体つきで、人に危害を加えないモンスターなのよ。倒した量によって春が近付くというマスコットにも似た愛らしいモンスターでもあるわ」

「なら、アクアが言った、この安全そうなクエストでOKだな」

「分かったわ、カズマ♪」


****


 極寒の吹雪が吹き荒れる白き大陸で俺は身も心も震えていた。


「ほら、カズマ、そこらじゅうに雪精が飛んでるから、その虫取り網で捕まえて」

「俺の心の方が先に捕まりそう(寒さでダウン)だぜ」


 こんなに寒い場所だったら、分厚い辞書みたいな防寒着を着て来るんだった。


「お前らはいつものそんな薄着で何ともないのか?」

「これくらい冷蔵庫と一緒よ。気合いで乗りきれば大丈夫よ」

「私は体の隅々まで冷えているが、それがまた心地よくてな……」


 アクアは能天気馬鹿で、ダクネスは頭の先まで温かい変態か。


「しかし、この雪精とやら、素早くて捕まえにくいが本当に何も攻撃しないんだな……」


 雪精を素手でキャッチしながら野球選手の投球ポーズを真似てみる。

 本当、お笑いネタも寒いな。


「カズマ、避けて下さい。我が爆裂魔法で一気に片付けます‼」

「えっ、めぐみん、ちょっと……」


『エクスプロージョンー!』


『ドオオーンー‼』


 大爆裂により、勢いあまって流れた雪崩に頭を突っ込み、上空から降ってくる雪解け水。


「カズマ、これで全滅ですね! レベルも一つ上がりましたし、一石二鳥です!」


「俺たちは冷凍の七面鳥か……? まあいいか、これで百六十万エリスか。美味しすぎるクエストだぜ」


 俺たちは何とか雪の山から這い出すと、遠くから一つの人影が見えてくる。

 その姿は雪の体でできていて、刀を腰に付けた戦国武将のような鎧武者だった。


「ようやく来たわね。このクエストの最大の難所、雪精たちのかたきをとろうとする冬将軍の登場よ」

「何なんだ、この狂った世界観は?」

「もう世界観とか細かいことはいいから。それより、冬将軍はとっても偉い精霊様よ。雪精を逃がして、土下座して見逃してもらうのよ!」


 アクアと俺は冬将軍の前で懸命に土下座をする。

 ちなみにめぐみんは魔力切れで雪に埋もれてダウンしている。


「ははー、このわたくしが悪うございました……って、ダクネス、何をボサッと突っ立ってるんだよ!」

「こんな冬将軍モンスターからパワハラを受けて、聖騎士としての私の立場が……」

「ええい、こんな時だけ正論を言うんじゃない!!」


 俺は中腰になり、ダクネスの頭を強引に下げさせる。


「いけない! カズマ、急いで頭を下げて‼」

「へっ?」


 アクアの声も届かず、俺の視界が地面に転がり落ちた……。


****


佐藤和真さとうかずまさん、死後の世界へようこそ」


 神聖な神殿でゆったりとした口調で話しかける一人の女性。

 誰だ、この物腰の穏やかな美人は……。


「誠に残念ですが、この世界でのあなたの人生は終わりを迎えました……」


 そうか、俺はもう死んだのか。

 そう思うと切なくて涙が止まらない。


「……私はエリスです。あなたに新しい道を導く女神と申します」


「……とりあえずは、これでも飲んで落ち着いて下さい」


 エリスから湯呑みをもらい、その温かいお茶を飲みながら様子を垣間見る。


 青く露出の少ない清楚な長袖の法衣のドレスに、背中まで伸びた銀髪、さらに青く透き通った濁りのない瞳。 


 雰囲気からして、どこぞの女神と全然違うよな。


「日本からこの異世界に来たのに、このような辛すぎる仕打ち。もうこんなにも苦しまないように、これからは幸せに暮らせる場所へと転生させましょう」


 そうか、死んでしまったら天国で生きるか、赤ちゃんから人生をスタートさせるんだったな。


 短い間だったけど、あの異世界での面白おかしな仲間との冒険を忘れないぜ……。


 ──エリスの細い指先が全てを委ねた俺の頭に優しく触れる……。


『カズマー、そんな場所で何やってるのよー!!』

「ごわー!? 頭が割れるぅぅー!?」


 アクアの声が巨大スピーカーのように、この静かだった聖域を激しく揺らす。


『何、あっけなく死んでるのよ。私が蘇生魔法リザレクションをかけたからさっさと戻って来なさい‼』

「あっ、もしや、見覚えのあるプリーストがいたと思いきや、その声はアクア先輩ですか!?」


『あらら、その声、後輩のエリスじゃん。知り合いのプリーストが居て良かったわ。

カズマをさっさとこっちに戻してくれる?』

「えっ? でもカズマさんは一度生き返っていますから、これ以上の蘇生は無理でして……」


『はあ、何様のつもり? 女神として一目いちもくおかれて、国教や通貨に自身の名前がのったからって偉そうに。

そんなにウダウダ言うんだったら、カズマの前でスクール水着に変身させてもいいのよ。

何枚もの胸パッドで無理して底上げしても意味がないということを十分に思い知らせて……』

「わ、分かりました!」


 エリスは豊かな胸? を両腕で隠しながら気が動転しているようだった……。


****


「カズマさん、これであなたはあの世界へ戻れます」


 楕円形の合わせ鏡のような光のゲートを作り、俺を歩ませようとするエリス。


「でも、本来ならどんな偉い人でも駄目なのですからね。どうか、この件は内密にお願いしますね?」


 人差し指を口に添えて、可愛くウインクをするエリス。


「ああ、ありがとな。ストウ♪」


 あれ、何でこんなに気分がウキウキするんだ。

 別にお昼休みのバラエティー番組じゃないんだぞ?


****


「……カズマ、カズマ‼」

「あっ、俺は帰って……」

「ようやく目が覚めたようね。全くエリスは真面目過ぎるんだから」


 俺はアクアからひざまくらされた状態で目を開ける。


 涙を溜めて叫んでいためぐみんと、青白い顔だったダクネスの二人も頬をゆるませ、ほっと胸を撫で下ろしていた。


「ボーとしちゃってどうしたのよ。私たちに言うことくらいあるでしょ?」

「ああ……」

「うん?」


 アクアがこの上なく優しい笑顔で見つめてくる。


「あの純情可愛い娘のエリスと、この汚れきったクソビッチをチェンジで」

「このクソニート! そんなに会いたいなら、瞬時にあの場所に送り返すわよー‼」


 しかし、エリス様、可愛いかったな。

 また会えるよな……?


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