掌編#4 小犬のロンド

 コツコツと石畳を急いたリズムで走る。プレストには及ばず、モデラートに届くかどうかだ。若い頃のように疾く駆けることのできぬ足が、乱れる呼吸が、寄る年端が恨めしい。いや、そもそも孫娘と待ち合わせて帰る約束を忘れ、草案作りに熱中してしまった己の迂闊さを省みるべきであった。彼は大きく息を吐いた。

 約束の時刻はとうに過ぎた。初秋にさしかかったものの、空はまだ明るい。冬ならば心細い思いをさせただろう。護衛が控えているとはいえ、とても引っ込み思案な性分の子なのだ。薄暗い庭園での待ちぼうけは不安であろう。犬を家族に迎え、末の孫娘の供をしてもらうのはどうだろう。でも王妃殿下は猫派か。王宮に犬を連れてくるのはやはり駄目かな等々思案していたら、四阿が見えてきた。

 遅刻の謝罪をする前に呼吸を整える。と――沈んだ声が聞こえてきた。


「……殿下の方が私よりもずっとお上手ですね」

「そりゃそうさ」


 歪な形の花冠を持つ末の孫娘に少年は大きく頷いた。夕明かりに金髪が煌めく。


「俺は君よりも王子様力とお兄様力が高いからね」


 少なくとも三年分は君よりもあるぞ、と少年は胸を張った。それから、自身が手にした整った形の白い花冠を孫娘の栗色の髪にふわりと載せ、微笑んだ。


「教えるのがとてもお上手でした賞」


 二つの力を高めると技が使えるんだ、と王子様は孫娘に片目を瞑ってみせた。

 頬を染めて礼を言う孫娘に少年は笑った。人見知りが激しく、兄王子のそばに付いてばかりいた第二王子殿下が浮かべた明るい笑顔。なかなかどうして、立派なお兄ちゃんである。


 こちらに気づいた第二王子殿下が青い目を輝かせた。こんばんは、とこちらに笑いかけてくる。花冠を贈られた孫娘も笑みを滲ませ、殿下と並んで立ち上がった。ふわふわ尻尾を振り、こちらに駆け寄ってくる二匹の子犬にシュプリーム宰相もまた頬を緩めた。

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