びっくりするほどユートピア

るつぺる

びっくりするほどユートピア

 人間、あっけないものでその最期とは不意にやってくる。俺は受験会場へと向かうバスに乗り込み、それがよもや大事故かまして死人を一人出すなどとは思いも寄らなかったわけで、この流れから察しの良い方ならお気づきかと思うが俺がその可哀想な被害者である。

 起きたことを受け入れるための度量、さすがに十八でこれからという矢先には備わっていなかった。ひたすら泣き喚き駄々を捏ね世界中の憐みを集めても神には届かなかった。俺は死んだのだ。

 さて死んでからもこうして残る思念には、悲しみの果てでは気にとめている余裕もなかったが、改めて考えてみるとスター状態だ。俺のことを死に至らしめるものは何一つないのだ。なぜなら死んでしまっているから。無敵だ。そして幽霊である俺は漫画で読んだように透過性100%中の100%であり、漫画で読んだようにそこらじゅうに忍び込み放題何時間でも無料だったし、どこに移動するにも疲労感というものがこれっぽっちもなかったのである。18禁のAVコーナーに行ける! 初めはそんなことを嬉々として思いついたがサブスクの台頭によりレンタルビデオ店は軒並み閉店している悲しい現実に衝突した。そのうち助平心よりも見たことのない世界が見たくなった俺は持て余す暇を利用してチベットに入山した。チョモランマは偉大だ。山は凄い。圧倒された。とはいえまるで達成感のない疲れ知らずの霊体が虚しかった。俺にはもう将来性というものがない。成仏ってどうすればいいんですか。もう誰も俺の声なんて聞こえないんだ。

 慰みのつもりで好きだった子のウチを訪ねてみようと思った。純粋な好意。それは秘められたまま空気に溶けたけれど、生憎居残り生活を賜った俺である。バチも当たらんだろうよ。

 ミヨちゃんはクラスの華だった。俺のような日陰者が口を聞くことすら許されないようなキラキラした世界の人だ。俺は陰険なのでそんなミヨちゃんの隠された痴態を地獄まで持っていってやろうと思ったんだ。ところがどっこい、ミヨちゃんは穢れ知らずの聖女だった。そんなものはこの世にないと何度も言い聞かせたがミヨちゃんのそばでずっと彼女を見守ってきた俺は保証するよ。彼女は生き仏です。そんなミヨちゃんのことを世の野郎どもが放っておくはずもなく掛かる声は数多のオロチだったが彼女はそのどんな甘い囁きにも靡かなかった。そして俺は衝撃の事実を知る。ミヨちゃんが友達とシャレオツなキャフェテリアで茶をしばいている時だ。女同士の恋バナとやらが咲き乱れた。聴いてるコッチは恥ずかしくなるぐらいの甘酸っぱいジャムジャム最高踊ろうよな話題に赤面したかと思えば、辛辣な男性批判に串刺しになりながら疲れ知らずのはずの霊体がブルブルと震え上がっていたところ、ミヨちゃんが口走ったのだ。俺の名を。嘘だろ。耳を疑った。ミヨちゃんはそのまま帰宅すると、自室に戻って徐に引き出しを開けた。いつ取られたのか全然記憶に残ってない俺とミヨちゃんのツーショット写真。彼女は思い出したようにポロポロと涙を写真の上にこぼした。出来杉くん。俺は彼女を抱きしめれない。


 すっかりとミヨちゃんの守護霊と化した俺は鼻高々に相変わらず言い寄ってくる三下共を見下した。テメーらにはわからねえだろうな。ミヨちゃんはホの字なんよこの俺にぃ! 無駄無駄無駄ァァ! ただ俺も何もできないんだけどな。虚ムナ虚ァァ!! でもアドです。


 幸せな日々、これもまた呆気ないもので死後の世界であれ世の中上手く行かぬが世の常である。ミヨちゃんは急に体調を崩しがちになった。医者にも原因が掴めないらしい。そうだろうな。コイツらの所為だから。ミヨちゃんの周囲に蠢く無数の黒いモヤ。巷では悪霊だの呪いだのとうたわれる者。これは霊勘ってやつで分かるのだがコイツらが集まった原因はきっと俺なんだ。この世にいちゃいけないはずの俺が私欲のために彼女のそばに居過ぎた。そういう霊圧に晒されて彼女は蝕まれたんだ。何も悪くないのにだ。遂に意識不明にまで陥ってしまったミヨちゃん。なすすべもなくやつれていく姿は見るに堪えなかった。俺は陰険なのでこのまま彼女が死んでしまえばコッチ側で一緒になれるんじゃないかと思った。クソカス一歩踏み込んだところで、あの日写真の上に流れた涙のことを思い出した。


「どうせな! ミヨちゃんには俺のことなんて見えやしねえんだよ!」

 泣きながら服を脱いだ。俺、服着てたんだな。

「覚悟しろよ化けカスどもが! オリャァリャリャアアアア!」

 白目ひん剥いてイニシエのインターネットに頼ることにした。ガチで効くのかはわかりませんが。

「ユートピア……」

 悪霊共の目つきが露骨に変わる。奴らは俺の霊体を引き裂こうと全力で突っ込んで来る。やりゃあいいじゃねえか。だが道連れだ! 尻をハンドスラッペンスラッパー、伊達にあの世は見てねえぜ!

「びっくりするほどユートピア! びっくりするほどユートピア!」

 悪霊達は怒気を募らせ、俺を消滅させようと霊当たりしてくる。痛えな、これが痛みか!

「びっくりするほどユートピア! びっくりするほどユートピア!」

 尻をバシバシ叩きながら、ミヨちゃんの横たわる病室のベッドの上をゆらゆら昇降する。

「びっくりするほどユートピア! びっくりするほどユートピア! びっくりするほど……ユートピアアアアアアアアアアアアアアアアア………








「三代子? 三代子! 三代子三代子三代子!」

「お母  さん?」

「先生! 患者さんが意識を取り戻されました!」

「三代子ぉおお! よかった……よかった」

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