5.次の場所へ

 手元に見えるは真新しいタンブラー。

 いつものように、出勤して熱々のコーヒーを飲む柊さんは、わたしとおそろいの水筒型ボトルではなくて、コップ型のメタリックな赤い容器を手に持っていた。

 あの形、そして上に向かって色が薄くなっていくグラデーション。

 どこかで見たことがある。


「見過ぎだぞ、ウエハラ」

 思わず視線をそらすも、耳元で声をかけてきたのはニシジマだった。

「ウエハラがなにもいわないものだからさ」

「なんのこと?」

「柊さんのこと、どうかなって聞いてもなにもいわないし、いいってことだよね、わたしが近づいても」


 そうだ。ニシジマのタンブラーだった。

 ブルーのグラデーションで、イルカを形取った白いシールが貼ってあり、印象が違うが同じ形だ。


 わたしがちょっと近づきつつあるのが柊さんだってこと、どこかで耳に挟んでいたのだ。それであのとき、かまをかけてみたのか。

 わたしが手を出さないでと制さなかったのをいいことに、アプローチに打って出たのだ。


「それで。同じの、プレゼントしたの?」

「ご飯食べて、買い物行った」

 平然といってのけるニシジマがたくましく見える。

「すること早いな」

「まだしてないよ」

「そりゃあ、そうでしょうよ」

「そっちも、行ったみたいじゃない」


 インスタにタコライスをあげたのだから、比嘉に会いに行ったことをニシジマも知ってて当然だった。

 わたしはあのあと草木染めの彼女とタコライスを買って帰った。

 終わるまで待ってたらといわれたが、手伝いもしないのにそこまではできなかった。

 あれ? 手伝うのが正解だったのか?


「家でタコライス食べてどうすんのよ」

 ニシジマにまで突っ込まれて、「だって……」と口ごもる。

 やっぱりわたしは恋愛ベタだ。

 大学生の時に初めて付き合った人と別れて、それきり誰ともなにもない。

 相手に任せてうまく気流に乗ろうっていうのは、あまりに都合がいいってもんだ。


「ま、いいわよ。お互い、一歩は踏み出せてるんだから」

 ニシジマはわたしの肩をポンと叩き、柊さんのもとへ向かった。

 これからか。

 比嘉のこと、もっと知っていこうかな。

 ヒグラシヒガッチのインスタは、いつでも比嘉の居場所を知らせてくれていた。

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ぐるっとめぐるキッチンカーの縁結び 若奈ちさ @wakana_s

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