第03撃「その名は『DRESSER』」


 見覚えがある。

 白い羽。装甲。ところどころ見える真っ白な素肌。

 粉雪のように舞い散る緑色の粒子。変身後の波動によりなびく髪。

「格好は違うけど……まんま機械天使じゃねぇか!?」

 テレビの映像で何度も見たことがある。

 かつて、この東京を怪物から救った“純白の天使”だ。

「だから、ドレッサーだって」

 白衣の女性は少女を天使ではなくドレッサーと呼ぶ。

 空から舞い降りた使者でも何でもない。人類が生み出した科学の結晶を武装した新時代の戦士であると訂正した。

「……綺麗ていうか。何ていうか」

 映像の天使と比較すると、ところどころに違いがある。

 まず装甲と思わしきパーツが映像の天使よりは少なく見える。レオタードタイプのインナースーツは上半身のほとんどが露わになっている。

 代わりに脚部の装甲が厚い。というかデカい。最早バカでかいブーツだ。

 必要な装甲と装備全てを脚部に詰め込んでいる。腕には爪先のとがったグローブ。頭部は目元を隠すゴーグルのみ。

「アイツは真宿を救った機械天使本人なのかよ!?」

「違うよー。装着しているのは確かに昔の奴と一緒だけど、今は全くの別物さ」

「ほげぇ……?」

 一緒でありながら別物。一体どっちなんだ。

 困惑のあまり腑抜けた声を上げながら首を傾げる汐。

「あれは、英雄【ドレッサー・レイヴ】の後を継ぐ者。レイヴの片割れ。その名も」

 その名を口にする。


「【ドレッサー・レイド】」

 襲撃者。それがあの戦士の名だ。


「……んで、アンタの名前は?」

 映像の機械天使もそうだがこの白衣の女性は何者なのか。思い出したかのように汐は更なる質問をする。

 約束したのだから答える義理はあるのだろうと言わんばかりに畳みかけて。約束通り一つずつ、順序良く。

「いけないいけない! 私の自己紹介を忘れてた!」

 拳を頭にコツンとぶつけ、舌を出してウインクをする。どこぞの昭和のリアクションで寒気がしそう。

「【璃亞リア・シュノーケイル】だ。よろしく」

「え、ああ……ど、ども」

 手を出してきたので汐は握手をする。そういうところ、妙に律儀な少年だ。

(……やっぱ、この人どっかで見たことがあるような?)

 同時、汐は妙な既視感を璃亞・シュノーケイルから感じ取っていた。

 何処で会ったのか。何処で見たのか。見れば見るほどモヤモヤする。


『また現レタな……機械天使メがぁアア!』

 事態は動き出す。

 映像に映っている敵。異星人の怪物が腕を出す。

 骨と神経のない腕をゴムのように伸ばす。見た目からしてもしやと思っていたが……やはり伸ばせるようだ。テナガザルを思わせる異星人は戦士を見るなり怒りの咆哮と共に奇襲をかける。

「異星人の野郎が動きやがったぞ!」

「さぁ、莉々! 君の特訓の成果を見せる時だ!」

 璃亞はテンションはやけに上がっていた。

「パァーーーっとやっちゃってぇえ!!」

 大人っぽい見た目のわりに意外とミーハーな温度差でマイク片手に叫び出す。映像の向こう側にいる機械天使。ドレッサー・レイドこと、莉々にエールを送っている。

『成果、見せる』

 微か。本当に微かな声。

 ヘッドホンの外に漏れない声。それほどに小さな声で莉々は返事をした。

『-----。』

 莉々は槍のように伸ばされた触手攻撃に反応。首を軽く横に傾ける。

 触手は莉々の顔面のすぐ横を通過する。一本目は回避成功だ。

 しかし伸ばされたもう一本の腕は莉々の腹部を狙っていた。その距離数センチ。回避はとても間に合いそうにない。

「あんな呑気で避けられるかよッ!? このままじゃ当たっちまうッ!!」

「……おいおい」

 璃亞は呆れた表情で首を横に振る。

「研究データの為とはいえ……心臓強すぎるんじゃないかい? 」

 心配の様子を見せていない。絶体絶命であるはずの莉々に対して。

「我が娘ながらクレイジーだねぇ……喜ぶべきか、心配するべきか」

 璃亞の表情から『調子乗りすぎではなかろうか?』的な呆れが見える。



「……ッ!!」

 触手は莉々の腹部を貫いた。


『なニッ!?』

 -----が、触手に感触はない。

 虚空に浮いたままの触手。既にそこには誰もいなくなっていた。

 貫かれたはずの莉々の姿が何処にも見当たらない。

『まタ、か』

 怪物は目の前の現実に唸りだす。瞬く間に消えた機械天使に咆哮する。

『また! 我々ハ理解を拒ムゥウウ! 何をしタァ! 人間ンンンッ!?』

「-----さぁ?」

 ドレッサー・レイドは現れる。

 莉々は眼光を光らせ……で呟いた。

「武装選択。ブレイド・リーパー」

 軽く飛び上がり、莉々は巨大な足を振り上げる。

 ほんの一瞬。瞬き一つ許さない、コンマ以下の世界。

 怪物も。映像の前にいる汐も。その場で何が起きたのか理解できないでいる。


 いつの間にかドレッサー・レイドは怪物の後ろへ回り込んでいたのだ。


[WEAPON. BLADE REEPER.]

 よく見ると脚部のかかと部分の装甲に、緑色の光を放つ刃が見える。

 それは以前変身した汐が使ったものと同じもの。謎の輝きを放つブレードが腕ではなく脚についていた。チェーンソーを思わせる駆動音を響かせながら。

「死ね」

 かかと落とし。刃が怪物の脳天をブチ抜く。

『ガ、ギャァアアアアア――――ッ!!!』

 怪物の首から緑の血が噴き出す。スライムのような血が。

『エ、栄光、ア、、エイ、エイ! エェエエ====』

 やがて怪物の頭はトマトのように砕け、血の噴水を首から撒き散らす。

 直後風船のように膨れ上がる胴体。マグマに投下された氷のように……怪物の体はドロドロに溶けてなくなった。


 終わった。まさに一瞬だった。

 ドレッサー・レイドは異星人を瞬殺した。


「何が起きたんだよ。今の一瞬で……!」

 汐はモニターに映る莉々から目を離せないでいる。

『-----。』

 瞬間、目が合う。

 映像の向こう側にいる莉々と、映像を見ている汐が。

「アイツ……!」

 向こう側にいる莉々がカメラを眺めたまま棒立ちで動かない。

 そして----またも映像から

「また消えやがった……!?」

 あっという間に。瞬き一つしていなかったというのに。

 いつの間にか莉々はカメラの映像からフェードアウトしていた。


「アイツは何処に行きやがったんだよ!? 何処に行ったって聞いてんだよ!! コラァアッ!!」

「おいおいおいおい……」

 これまた、璃亞は困り果てたように頭を抱えている。

 しかし璃亞の苦悩はギャーギャー騒いでいる汐に向けられたものではない。


「帰ってきた」

 声が聞こえる。この部屋に汐と璃亞以外にもう一人、誰かいる。


「データが可能な限り沢山欲しいとは言ったけれども」

 璃亞はヘッドホンを取り、振り返る。

「ここまで帰ってくるのにも、そいつを使うとはね」

 璃亞は視線の先にいる……その客人に声をかける。


 -----莉々だ。

 さっきまでモニターに映っていた。さっきまで向こうで戦っていたはずのドレッサー・レイドが何食わぬ顔で研究室に戻っていた。


「あれれれぇえええッ!?」

 莉々の存在に気付いたか、汐は驚愕のあまり発狂。モニター、そして戻ってきた莉々に視線を向けるの反復横跳びを繰り返す。

「ついさっきアッチにいたよな!? なんで、ここにぃいいッ!?」

「武装、解除」

 莉々が一息吐くと同時に、その体が小さな光で包まれていく。

 次第に装着されていたほとんどの武装がホログラムに戻り消失していく。動きやすいインナースーツのみの姿となっていった。

「教えてくれよ! どうやってやったんだ!? まるでイリュージョンみたいにどうやって瞬間移動を! どうやってここに!?」

「-----」

 莉々の表情が鋭くなる。

 彼女は太腿にセットされていたホルスターから何かを取り出した。

[うるさい。黙って]

 汐の眼前にそれは押し付けられる。

 スマートフォンだ。会話用のSNSの画面だった。

 画面には大きく彼女からのメッセージが表示されていた。

「ふぅ」

 莉々はとても不機嫌だった。

 そのメッセージ通り本当に声が大きくて耳障りだったのだろう。戦闘後の体に疲れが祟るからやめてくれというアピールなのかもしれない。

「お、おう、わりィ」

 頭を掻きまわしながら、気まずそうに汐はそっぽを向く。


「おかえり莉々。【レイダー・タイム】の使い勝手は? 体に負担とかは?」

「……えっと、ね」

 おかえりなさい。挨拶と同時、プロフェッサー璃亞は莉々へ問う。

 莉々はテクテクと璃亞の下へ。帰って来て早々の質問に対し、彼女の耳元でコソコソと返事をしている。

「ふむふむ、体には特に異常はない。反動に耐えられるよう鍛えまくったから……さっすがぁ! いっつもトレーニング頑張っていたもんねぇ~!!」

 璃亞は満面の笑みで莉々を抱きしめ、頭を撫で回す。

「この様子なら十秒以上は余裕で耐えそうだね! 初戦は大成功だ!」

「……うんっ」

 大喜びの璃亞。それに対し、嫌がるどころか嬉しそうに笑みをこぼす莉々。温度差こそ感じるが二人は楽しそうだった。


「な、なぁ……その瞬間移動。そのドレッサー・レイドの力ってやつなのか?」

 汐はモニターでリピート再生される戦闘映像を見て呟く。

「超高速瞬間移動【レイダー・タイム】。かつて真宿を救ったドレッサー・レイヴが使っていたとされる兵器の一つだね」

 三十年前、ゼノバスと戦闘を行った機械天使もまた、その力を使った。

 瞬き一つ許さぬスピードでの瞬間移動。周囲の対象よりも十倍近くのスピードで行動を可能とする身体強化システムの一つだ。

「やっぱりお前は三十年前に戦っていた機械天使本人なのか!?」

 ドレッサー・レイドの変身者。

 莉々が真宿を救った英雄本人なのか。戦闘映像を背に汐は本人に問う。

「だーかーらー……」

 これでもう何度目か。何度違うと言えばいいのか。璃亞は頭を抱える。 

 すると莉々はそんな璃亞を見兼ねて、スマートフォンに文字を入力し始めた。

[あれは私じゃない。お母さんは違うって何度も言った]

 汐の質問に対し、違うと返答する。そして再度文字の入力を始める。


[あれは、私のお母さん]

 三十年前の映像の機械天使が何者なのか。莉々はその正体を明かした。


「ん、お母さん……? 確かさっき娘がどうとかって話をしていて……んん!? あぁああーーーーッ!?」

 そこでようやく汐は璃亞に対して抱いていた既視感に気づく。

 長身で金髪。スタイルも良い。ナイスバディでテンションが高い。

「三十年前の機械天使って、お前ェエーーーーッ!?」

 三十年前の映像と璃亞の姿が重なった。間違いない。間違えるはずがない。

 プロフェッサー・璃亞こそが……英雄ドレッサー・レイヴの正体だ。

「いやぁ~! バレちゃったか~!」

 璃亞は照れ臭そうに頭を掻きまわしながら胸を張る。

「そうだとも! 何を隠そう、この私こそが! 三十年前に世界の危機を救った大英雄のドレッサー・レイヴこと、璃亞・シュノーケイルだとも!」

 この胡散臭い研究員の女こそが噂の機械天使本人。


 ドレッサーへ変身するための力。

 【ドレッサー・システム】の開発者にして、それを使用し変身した第一号ドレッサーだ。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



<テナガザル・ゼノバス>

 猿型のゼノバス。両手の触手をゴムのように伸ばし敵を刺し殺す。

 伸びる腕は移動にも使え、振り回し鞭のようにも扱える。

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