第02撃「SUMMER SCREAM 2025」
あれから数時間、汐はどれだけ眠っていたのだろうか。
夢を見る事すらなかった。ただの無。真っ黒の中。
「はっ……!」
闇の中から聞こえた。
聞こえてきた声、その話の内容は一切分からない。
揺さぶるのが目的なだけの冷ややかな声で、汐は目を覚ます。
「-----。」
目の前に人がいる。
白と黒のアシンメトリー。カラーリングが独特なウェーブの長髪。
細身で小柄。ゴスロリを思わせるフリル付きの洋服。黒い手袋。
身を包む衣装の何もかもが黒ずくめの少女が汐を冷たく見下ろしている。
「誰だ! テメェ!?」
前のめりになろうとした矢先に汐は違和感に気づく。
手足が縛られている。パイプ椅子に固定される形で捕縛されている。
身動き一つ取れない体を必死にジタバタさせるが抜け出せそうにない。体を縛る鎖を解くことが出来ない。
「ここは何処だ!? 俺をどうするつもり、」
「-----。」
少女は何も言わない。
「ッ!?」
無言のまま、拳銃を突き付けてくるだけだ。
「……クッソ。何なんだよ、一体!」
汐は拳銃を向けられると驚きのあまり身動きを止めてしまう。
『あ~、テステス。聞こえるかなぁ~?』
女性の声が聞こえた。これだ、汐が耳にしたのはこの声だ。
喋っているのは目の前にいるゴスロリの少女ではない。何処かノイズがかかった声、部屋の隅にあるスピーカーからその声は聞こえる。
「声……?」
汐は一度、辺りを見回している。
パイプ椅子に繋がれた自身の身。そして拳銃を構える少女。
少女の背中には電子ロックがかけられた自動ドア。
天井の隅には監視カメラが数台とスピーカーが一台。それ以外は特に何もない殺風景の部屋。電灯の光が反射する真っ白な壁と床が眩しい。
『聞こえていたら返事を頼めるかな?』
「ここは何処だ!? 何処から喋ってやがるッ!?」
『……うん、聞こえているみたいだね。突然だけど、こちらの質問に答えてもらっていいかい?』
「こっちが先だろうがよ! ここが何処だ!? あとお前は誰で何処から喋って、」
スピーカーの声に対し、苛立ちを募らせる。ここは何処なのか。その質問に答えるつもりはないのかと暴れ出す。
「だまれ」
身の程知らずの汐に対し、少女が動き出す。
「あがっ……!?」
口を塞がれた。
拳銃の銃口だ。少女は汐の口の中に銃口を突っ込む強硬手段で無理やり黙らせたのだ。引き金に手を添え、殺意を秘めた瞳で汐を睨みつける。
『【
スピーカーからの命令。
「-----うん」
少女は拳銃を口から抜き、元の位置へと戻っていく。視線は殺意の籠った冷ややか視線のままだった。
「げほっ、げほっ……」
『君、質問はするとしても一つずつにしなさいな。そう一気に何個も聞こうとするのはルール違反。質問されてる側も困っちゃうよ。まぁ先に質問するのはこっちなんだけどね』
スピーカーからは呆れた声で説教が返ってくる。
『ここから先は勝手な発言は控えるように。さもないと今度は本当に撃たせるからね。君の質問は私の後でしっかり答えるさ』
「本当かよ」
『……結果次第だ』
これから始まる尋問に対し、ちゃんと答えるかどうか。
その“回答の内容次第”でここから生きて出してもらえるかが決定される。汐は一度無言になって、声の主に従うかを考える。
「わかったよ。答える」
今回は大人しく従う。まずは向こう側の質問に答えることにする。
『よろしい。では、問1。君の名前を聞かせてもらえるかい?』
汐が質問に答える姿勢を見せたところで、スピーカーから質問がやってきた。
「汐だ」
『……苗字は?』
下の名前だけではなく、フルネームで答えるようにと返ってくる。
「ねぇよ。そんなもん」
反抗的だ。しかし嘘をついているようには見えない。
「お前、何処から見てるのか分からねぇが……俺の顔が見えてんだろ?」
部屋の隅にある監視カメラに視線を向ける。
狼のような耳、狼のような牙、トカゲのような鱗皮膚が張り付いた頬。
そこらの人間にはまず存在しない部位を汐は見せびらかしてくる。
「三十年前。怪物達が地球に降りてきた話を知ってるか? ああ、そうだ。東京に隕石が降ってきたあの事件だ」
汐の口から語られるのは……本来なら不可解な話。
『あぁ知ってるよ。有名な話だもんね。大変だったもんね』
妙な話だというのに……声の主は、それは常識だと言いたげに肯定する。
「隕石から現れた怪物達は着々と東京を侵略していったが……その矢先、空から現れた機械天使様の手によって、怪物が全滅したって話だ」
空から降ってきた怪物達。そして怪物を殲滅した英雄の天使。
これは怪獣映画やSF映画の話をしているわけではなく……
三十年前、実際にこの街で起きた災害の話なのである。
-----三十年前に隕石が降ってきた。大量の怪物を乗せて。
-----地上に着陸した宇宙人たちは人間を滅ぼし始めた。
-----人類を救ったのは……一人の天使だった。
嘘のように思えるだろう。作り話のように思えるだろう。
だがこれは全て本当の事。日本の歴史の記録にもしっかり記載され、当時の映像もしっかりと残されている、実際にあった事。
「地上から怪物は消えていったが……数か月後、街で異変が起きた」
カメラを睨みつけたまま。汐は何故そのような昔話をしだしたのか。
「俺のように、その怪物と似たような姿となった人間が現れ始めたんだ」
まるで動物のような部位。化け物のような姿。
それは……かつて東京を侵略しようとした怪物と全く同じもの。
「偉い人達が色々研究してさ。結果、それは姿に若干の変化が起きてるだけで異常はない。害はないってことが証明されたが……見た目が見た目だ」
怪物の姿に似た人間達。汐のような変化の起きた人物は他にもいる。
人としての意識はしっかりとあり、怪物のように本能のみで暴れ出すことはない。
「世の中は俺達みたいな変異種を、怪物だと言い張るんだよ」
危険性はなく体内の構造もごく普通の人間と一切変わらない。そう証明されているというのに-----
変異種と呼ばれた汐達は……怪物なんだと迫害を受け続けてきた。
「俺の体にも十二歳の頃に突然現れた。親は不気味がって、遠くのゴミ捨て場に俺を置いて何処かに行きやがった……捨てられたんだよ。俺は」
捨て子、だという。
汐は見た目が普通の人間と異なるだけで、心も体も普通の人間だ……だが彼の両親は『怪物だ』と息子を非難し、姿をくらましたのだ。
「だから俺に苗字はない。理解したかよ」
『……了解。ありがとう』
苗字が存在しない理由。それも正直に答えてくれた。
スピーカーから謝罪は来ない。だが答えてくれたことに礼はそっと添えていた。
『さっきのような話の後で悪いけど、生年月日を聞かせてくれるかな』
「2008年1月11日」
『出身は?』
「真宿」
『今は何処で住んでる?』
「今も真宿。役所から支援金と必要最低限の生活環境をもらって生活してる……いわゆる監査対象ってやつ。モルモットと同じだ」
批難の格好の的。役所から保護を受け、隠れ住んでいる身であることを明かす。
『……次の質問』
ここまでは軽いジャブ程度の質問だったのだろう。スピーカーの向こう側から空気を入れ替えるような呼吸音が聞こえた。
『君はさっき、変身して戦っていたが……その変身装置をどうやって手に入れて、どうやって怪物と戦った?』
それは、明らかに他所ではされないような質問だ。
「おっさんが。あぁいや、極堂さんがあのブレスレットを運んでて。その途中で怪物に襲われて……おっさんはブレスレットを持って逃げるように言ってたけど、俺、おっさんの事は見捨てられなくて……それであのブレスレット、映像で見たことがあるものだって気づいて」
そこからの汐の回答は何処か必死さが染みついていた。
「もしやと思ってつけてみたら変身出来て……そこからは何が何だか分からなかったけど、とにかく怪物を倒す事だけを考えて、」
『極堂将から奪い取ったわけじゃないんだね?』
「んなわけあるか!」
スピーカーの声に対し、またも汐は反抗的になる。
「おっさんはなぁ! 俺の恩人なんだよ!」
極堂将を襲った。そう決めつけたような質問に対し、苛立ちを見せていた。
「おっさんを手にかけるなんてさ! 殺すと脅されても絶対にやらねぇよ! クソッカスがッ!!」
『……OK、わかった。最後の質問だ』
必要以上の問いかけはなし。スピーカーからは淡々と最後の質問。
『君は人間だね?』
また、今までの質問とはどこか次元がかけ離れた内容。
「……馬鹿にすんなよ」
汐は回答する。
「見た目はこうだが、立派な人間だっつの」
怪物なんかじゃない。
敵意と真意。その一切を捻じ曲げることなく最後の問いに答えた。
『OK! お疲れ様!』
すると、どうだろうか。
『莉々、縄を解いてあげて。今からそっちに行くから』
「(コクッ)」
今までの重苦しい空気が一瞬にして消え去っていくような呑気ありふれる声。
途端に声の主は『汐を自由にしていい』と言い出したのだ。少女も何の躊躇いもなく拳銃をしまい、汐の鎖を解き、自由の身に。
「え、えっと……?」
割とあっさり解放された。汐は少し戸惑っている。
「俺との約束は?」
「安心しなさいな」
約束を守ってくれるのか。
そう聞こうとした矢先、ロックのかけられていたシャッター式の自動ドアが開く。
「ちゃぁんと、答えるからね~」
白衣姿の女性。長髪の金色ウェーブヘアーをなびかせる大人の女性が笑みを浮かべながら入ってくる。
大人びた印象と反して、見てて気が抜けそうなほどミーハーな人物だ。
「……んん?」
白衣姿の女性を見るなり、汐は目を凝らす。
「どうしたのかな? 私に見惚れたかい?」
「いや、どこかで見たことがあるようなぁ~……って思って」
何処か既視感がある。汐は何度も首を横にかしげていた。
ちなみに彼女とは初対面だ。会った覚えはない。
「あっはっは! やっぱり私は有名人だね~?」
白衣の女性は何処か照れ笑いをするように片手を後頭部へ。何処か自慢げに、胸を張りながら大笑いしているではないか。
「……?」
汐は再度首を傾げた。
会ったことはない。だがどこかで見たことがあるような気がする。
この既視感の正体が何なのかと何度も首をひねり続けた。
「ああそうそう。莉々、突然だけどさ」
一度記憶の整理をしている汐を差し置いて、白衣の女性はパイプ椅子の近くで待機していた【莉々】という少女の下へ。
「例の奴が現れたよ」
「!」
少女の目つきが変わる。
「ポイントは301だ。いよいよ本番だが、向かって貰えるかい?」
「……ラジャー」
小声。本当に小声。
近場であろうと汐にすら聞き取れなかった小声。少女は白衣の女性の指示に従うと、敬礼をした後に尋問室から飛び出していった。
「さぁ、ついてきてね。汐君」
思考で固まったままの汐の背中を叩き、白衣の女性も尋問室を去っていく。
「あ! ちょっと待て!」
そこで我に返り、汐は早足で白衣の女性を追いかけた。
「約束だ! 俺の質問に答えやがれ! ここは何処だ!? お前は誰だ!? あと、おっさんの事知ってるようだったけど、知り合いか何かで」
「だ~か~ら~」
呆れたような声を上げながら白衣の女性は一室の扉の前でカードキーをかざす。
「返事は一つずつにしなさいって言ってるでしょうに」
質問は順序を追ってちゃんと一つずつ。聞こえてなかったのかと軽い説教だった。
「……ここが何処だって話だけど」
扉が開く。白衣の女性が部屋に入った瞬間、何かスイッチに触れたわけでもないのに部屋の電灯が勝手に起動する。
そこはモニター室。
部屋の奥には十六個以上のモニターと、ホワイトボードサイズの超巨大モニター。
「!!」
前方のモニターがすべて映りだし、見覚えのある真宿の街の風景が表示される。
-----怪物だ。
-----手首が恐ろしく長い猿のような怪物が、街中で暴れている。
-----近場にいる人間に襲い掛かっている。
「また、あの怪物がっ……!」
「そう焦る事はないよ~」
モニター前の椅子に腰かけ、そっとヘッドホンを耳に通す白衣の女性。
「あれくらいの相手なら、すぐに処理できると思うから」
十六個以上のモニターの前。そこにはパソコン装置が複数。
怪物のホログラム映像が表示されている。上のモニターに表示されている怪物の何かを算出しているように見える。
「なるほど。戦闘力もそう高くないか。注意すべきは長い腕……ぶつぶつ」
「何、呑気にパソコンなんていじって……ん!?」
目の前の映像には、怪物と逃げ惑う人々の姿。
そして-----怪物へと静かに歩いていく莉々の姿が。
「おい! アブねぇぞ!?」
「心配ご無用!!」
白衣の女性は笑顔で汐の焦りを宥めようとする。
「何が心配ご無用だ! 相手は怪物だ!? このままじゃブッ殺され……あっ!?」
モニターに映る黒ずくめの少女・莉々は逃げようとしない。
怪物の前に立ちはだかり……左手を突き出している。
【ブレスレット】だ。
「あれは!?」
汐が手にした、あのブレスレットと似た装置。
微かに装飾に違いがあるブレスレットを少女は怪物に見せつける。
『変身』
莉々はそっとつぶやく。
『GROW UP.』
ジャッカルの紋章が描かれたカードキーをブレスレットの端末に差し込んだ。
-----莉々の周りにホログラムが展開されていく。
装甲と思わしきパーツ。武器と思わしきパーツ。
ブレスレットの球体から放たれる緑色のイナズマが立体映像を作り上げていく。
ホログラムから現実のものに。実体化されていくパーツ。
『……っ!!』
それが一斉に莉々へと飛んでいく。
パーツの衝突と同時、莉々は緑色の極光に包まれた。
「これって、」
光が晴れていく。
映像には……三十年前の機械天使にそっくりな姿の戦士。
「機械、天使……!?」
伝説の戦士と似たような姿をした莉々。
黒ずくめの服を脱ぎ捨て、解放的なインナースーツに装甲アームドスーツ。
「【ドレッサー・レイド】。実験開始」
「ドレッサー……?」
白衣の女性の口から放たれた戦士の名を、汐はリピートする。
「我々は【研究機関DRESS】」
回転椅子を回し、汐の方を振り向き白衣の女性は語る。
「かつて東京を侵略しようとした異星人【ゼノバス】。それに対抗するため」
モニターを背に。
一人の戦士の姿を背に、汐の知りたかった真相全てが語られる。
「対ゼノバス兵器【ドレッサー・システム】を開発した、人類救済機関さ!」
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