第01撃「汐、吼える。(後編)」


 最初は夢、白昼夢じゃないかと思っていた。

 警察に対してのストレスがたまりすぎたせいで頭がイカれていたのか。だから、あんな、この世のものとは思えない化物を目にしたのではないだろうか?

 きっとそうだ。と、汐はそう考えていた。

「いっつぅ……何だ、なんなんだ!?」

 だがどれだけ目を擦ろうが、目の前の現実は変わらない。

 あたり一帯に火の粉が飛び散る。爆発した車両の破片と骨が転がっている。経験したこともない痛みが体全体にのしかかる。

 爆発に巻き込まれ吹っ飛ばされた車両。滅茶苦茶にされた車の中で汐は目覚める。

「……はっ!?」

 少しずつ覚醒していく意識の中、ついに視認する。

「おっさん!?」

 隣の席、人形のように力が抜け切っている将の姿が。

「ぐぅうっ……無事か、汐?」

 頭から血を流している。体に力が入らない。意識はまだあるものの、炎の火傷と害ある空気と致命傷、将の体力は削られていく一方だ。

 余計な時間は刻一刻も許されぬ状況だ。いますぐに運転席から引きはがさなければならない。


「立てるか!?」

 汐は将につけられていたシートベルトを外し、扉を蹴飛ばして開放する。

あれだけの爆発、奇跡的に車に引火はしていないようだ。ひっくり返ってもいない。他の車の爆発に巻き込まれる前に、その場から離れなければ。

「汐! 俺のことはいい……奴が、奴が来るぞ……!」

「奴って何だよ!?」

 奴。一体何のことを言っているのか。

「アレだ……ついに、アイツらが来たんじゃ……!!」

 視線の先。その“奴”は近づいてくる。

 四つ足四つ腕。まるで蜘蛛人間。妖怪らしき化物が一歩ずつ、その重い体を亀のように近づけてくる。この世のものとはおもえない未知の怪物。


「マジで怪物ッ……アイツらは、確かッ……!?」

 汐はその怪物に見覚えがある。


 あの出来事から三十年。

 まだ人々の頭から、その恐怖が抜けきっていない。

 その時代に生まれていない人間の頭にも刻まれる惨劇の歴史。


「あの、怪物だ……ッ!?」

 三十年前。東京の人類は滅ぼされかけた。

 突然空から降ってきた……謎の怪物によって。


「なんでだよっ!? あの怪物は滅んだんじゃねーのかよっ!? 空から降ってきた隕石も粉々に砕いて残らず消して……怪物のいた痕跡全てをこの世から消したって!! 機械天使って奴が滅ぼしたんじゃねーのかよ!?」

 かつて日本を窮地に追いやった怪物は一掃された。一人の英雄の手で。

 だというのに、何故なのだ。 

 滅んだはずの怪物が。当時残された映像と何も変わらない諸悪の根源が、突如姿を現し目の前で暴れまわっている。

「……クソッカスがッ! おっさんに手を出してみろ! ブッ殺すぞッ!!」

「やめろ、汐ッ! 普通の人間が生身で勝てる相手じゃねぇ! お前でも無理だッ!」

「やらなきゃ分からねーだろ!」

「殺されるだけだぞ!!」

 生身で喧嘩に挑むなど自殺行為。将は説教じみた声で彼を意地でも押さえつける。ボロボロの姿になりながらも懸命に。汐の出陣を止めた。

「ついにこの日が来たってわけか……しかし俺をピンポイントで狙うって事はまさか、奴らは脅威となるアレに気づいて?」

「おっさん! さっきから何を言ってやがるんだ!?」

 爆発のショックでまともな思考が出来なくなっているのか。

怪物が近づいて来る前、少しでも遠くに逃げるために将の体を引っ張ろうとする。

「汐! 奴らの狙いは後ろの荷物だ!」

 後部座席に置いてあるのは、真っ白なアタッシュケースだ。

「それを持って、俺の言う場所まで逃げろ! そこまで逃げれば安全だ!!」

「ざけんなッ! おっさんを置いて逃げられるか!!」

「いいから行かんかいッ! はよせんと、間に合わんッ!!」

 将は『自分の事は見捨てて、後ろの荷物を届けてほしい』と懇願する。自身はもう助からないと悟っているのか。傷だらけの体でも力の限り声を上げる。

 そのたびに傷が広がる。筋肉が悲鳴を上げる。漏らしかける声を必死に堪えている姿があまりにも痛々しく感じてしまう。

「中に何が入ってるっていうんだよッ!?」

 命を犠牲にしてまで守り通すものがある。それがいったい何なのか。

汐は怒りの声を上げながらアタッシュケースに手を伸ばす。

「ろくでもない物なら許さねぇぞ!?」

「待て! それを開けるなっ!」

 将の静止の声も間に合わず、後部座席のアタッシュケースを汐は開く。


 “ブレスレット”と“カードキー”だ。

 ブレスレットにはコンピューター端末らしき何か。大昔のカセットタイプのミュージックプレイヤーみたいな見た目をした何かが取り付けられている。真横にはカードの差込口があった。

 装置の真ん中には“R”と書かれた半透明のガラス球。中では深紅の小さな光がろうそくの炎のように揺らめいている。


「これって----」

 まるで玩具だ。将はこんな訳の分からないアイテムの為に命を賭けようとしているのか。普通ならそう感じただろう。

「これも、見たことがあるぞ……! これって、確かッ!?」

 だが、汐はこれにも既視感がある。

 あの怪物と同様……そのアイテムをで見たことがある。

「……ってことはッ!!」

 アタッシュケースに入っていたブレスレット装置とカードキーを取り出す。ケースを放り捨て、将の下を離れて走り出す。


「俺の考えている通りならよ、これってそういうアイテムだろ……ッ!!」


 将は見捨てない。汐はその場から逃げようとしない。

 取り出したブレスレット装置を、汐は自身の腕に装着する。

 ブレスレット装置を腕に近づけると勝手にロックが解除され、ベルトらしきものが左腕の手首に巻き付けられ自動でセットされていく。

 赤色の炎が強く揺れ始める。汐に反応するかのように。


「よせッ! 汐ッ!」

 将は痛む体の痛みに耐え、汐の下へ向かおうとする。

「そいつは普通の人間には使えんッ! 馬鹿なことはやめろッ!!」

「黙ってろッ!!」

 どれだけ声を上げようが、汐は止まらない。近づくなとまで言い放つ。


(う゛ッ……!?)

 ブレスレットを腕に巻きつけただけ。だというのに。

 途端に頭痛が襲い掛かった。

 血液が熱くなる。体が痺れる。脳裏を誰かに弄り回されるような気味の悪い感覚に見舞われる。

 体全体が見えない何かで締め付けられているような。徐々に体の自由が何かに奪われていく感覚が、あまりにも心地悪い。

[ドレッサーコード、登録開始]

「うぐっ……うぅッ!?」

 その感覚。その根源。その始まりを“手首”から感じる。

 分かる。感覚だけで分かる。巻きつけられたブレスレットから“何かが体に流し込まれている”。

「あがっ、がぁあああッ!? はぁ、はぁああっ……!?」

 体が焼けそうだ。思考を放棄したくなるほどの痛みがより一層強くなっていく。

 気味の悪さ。心地の悪さ。頭をグチャグチャにされる感覚は吐き気を催す。筋肉がはち切れそうだ。骨が粉々に砕けそうだ。そのままミンチのように潰されそうだ!!

「汐! 早くはずせ! 聞こえてんのかぁッ!?」

「-----ぁあああああッッッ!!!!」

 発狂。悲鳴。 

 それはもう人間のそれとは違う。

 それこそ獣のような咆哮だった。







「へ、へへっ……」

 しかしそれは、

 苦痛の叫びなんかではない。

「何だか知らねぇが耐えてやったぜ、ゴルァッ……!」

 勝利の笑み。

 体全体にほとばしる痛みと熱さを“根性”だけで耐えきった。口から放たれたのは雄叫びにも似た方向のようなものだ。


[READY…?]

 ブレスレット装置から、ガイド音声が聞こえてくる。


 -----準備はいいか?


「行くぜっ!」

 ガイド音声と共に装置のロックが解除され、カードキーの差込口らしきものが開かれる。

「あんなクソッカスな蟲相手に……ヒーヒー逃げ回る汐様じゃねぇんだよッ!!」

 オオカミの紋章が描かれたカードキーをセット。

 

 -----読み込み開始。

 -----赤色の光が、半透明のガラス球から勢いよく光を放つ。


 力の限り、ブレスレット装置のついた左手を突き出す。


『GROW UP!!』

「こう言えばいいんだろ! 変身ッ!!」


 瞬間、ガラスの球体から電流が放たれる。

 汐の体の周りにホログラムで次々と何かが現れる。


 鎧のようなパーツだ。ホログラムで構成された謎のパーツは次々と汐の周りに展開されていく。兜、胴、籠手、ブーツ。鎧というにはその見た目は近代的で機械的。

 所謂、外骨格スーツ! その身全てを包むパワードスーツというべきか!

「えっ、なんだこれ?」

 次第にそれはホログラム映像にしては、妙にリアルさを増した何かに変わっていく。まるで映像であったものが“実物に変換”されたような。

 これは一体何なのか。彼が理解するよりも先に---

「おわーーーーッ!?」

 そのパーツが一斉に汐に目掛けて飛んできた。

 パーツが体に命中。瞬間、ガラス球が放つ光と同じように、汐の体全てを赤色の光を包み込む。



 -----赤の光が、消えていく。

「……おい、嘘だろ」

 将はその光景に驚愕を隠せない。


 -----まるで獣のように尖ったデザインのフルフェイスメット。 

 -----ところどころに目立つ刺々しいデザインのスーツ。


 狼男をイメージしたようなアーマードスーツの戦士。

 純白の狼の戦士が今、赤い光から解き放たれ、怪物の前に現れたのだ。


「……おおっ!? やっぱり思った通りだぜぇえ! できたぁー! 変身したぜッ! ゴルアァアッ!!」

 狼男の戦士・汐は高らかに両手を挙げて歓喜している。


 -----かつて、怪物を滅ぼしたのは一人の機械天使。

 その戦士は左手に、汐がつけているようなブレスレット装置をつけていた。

汐が思い描いている通りなら……アタッシュケースに入っていた装置はそのブレスレット装置で間違いないと考えていた。


 結果、装着してみればどうだ。

 見た目はあの機械天使とは程遠いが似たような変身ヒーローへと姿を変えた。予想通りの展開に汐は興奮している。


「なんてこった……」

 将は思わず腰を抜かし、狼男の戦士に視線を向ける。

「適合手術もなしに変身しやがった……あのバカ……」

 本来なら、やるべきことをしないと変身できないはず。不安の籠る言葉を残し、そこで将の意識が遠のいていく。


「よおっ、クソッカスな猿野郎!」

 拳を鳴らしながら、汐は首をかしげる怪物へと迫る。

「俺に喧嘩を挑むなんてな……一億年はえぇんだよォッ!!」

 決め文句、と言うべきなのか。

 小学生が思いつくようなぶっとんだスケール数値叩き込んだセリフをかまし、怪物相手に挑発してみせた。


『……また、タちはだカルか』

 人間とは思えない怪物は、あろうことか人の言葉で返事をした。

『我ラの繁栄ヲ拒む憎き人間ガァアアアアアアア!!』

 拳を振り下ろす。車一つ軽々と持ち上げて見せた剛腕、四つすべての腕を!


「おっと!?」

 後ろへステップ。自慢の反射神経で回避。

「……おおっ、な、なんだぁあ!?」

 軽く後ろに跳ねた。そのくらいの感覚で移動しただけだ。

 しかし、体は“バッタ”のように大きく跳ね上がる。

 想像以上の飛躍に汐はアタフタとしだす。着地地点も何もない。既に運転手のいない廃車のボンネット目掛けて飛んでいく。

「ぐへぇーーー!?」

 そのまま背中から衝突。

 車はそのままペシャンコ。ガラスをあたりに飛び散らせる。凹んだボンネットからは壊れた装置の火花が噴き出していた。

「……なんてこった、こんなにも体が軽い!?」

 見るからに重苦しい装甲を身に纏ったというのに体がこんなにも軽く感じる。人間とは違う何かに変貌したような、そのような感覚を肌身に感じている。


[WEAPON. BLAZE SABER.]

「え?」

 ボンネットにぶつかった衝撃で、ブレスレット装置が勝手に何かを作動させた。

 まただ、半透明のガラス球から電流が放たれ、その電流からまたもやホログラムで何かを映し出していき、やがてそれを実体化させていく。

 “刃”だ。

 ナイフというには少しばかり反っている刃。ホログラムから実体化した兵器は、またも汐の体目掛けて飛んでいく。

「おおおっ! なんか知らねぇけどカッケェエーーーッ!?」

 二つの刃は両手首に装着される。

 右手には直に。左手には装置の真横に。刃はトンファーにも似た形でセット。

「よっしゃぁああッ!」

 刃を展開。汐が戦闘態勢に入ると純白の刃は赤色の光を放ち始める。


「いくぜぇ! ひっさーつ-----」

 怪物目掛けて突っ込んでいく。

 かなりのスピードだ。元より足も速い汐であるが、そのスピードは生身の五倍以上はある。忍者だとか、サバンナの動物になった気分だ。

 想像以上のスピードで突っ込んでいく汐。怪物はそのスピードに反応しきれず、反撃ではなく防御の姿勢をとらざるを得ない。拳を構え、汐は高らかに叫ぶ。


「汐、パァアアアンチッ!!!」

 -----それっぽい武器が出たのに、それを無視して顔面にストレートなパンチ。

 -----刃は光輝いているだけ。結局、彼が選んだのは拳。


『我ら、復活、始マリぃいいッ……』

 拳を顔面へまともに受けた怪物は、悲痛と無念にまみれた叫びを漏らす。

 屈教とも思える筋肉を晒していた怪物の頭はトマトのように破裂。脳を失った体は力なく倒れる。

 徐々に、怪物の体が粒子となって消えてなくなっていく。

 何かに分解されているように粉々に。熱風と共に空へ消えていった。


「へっへっへ」

 敵がいなくなった。それに反応したのかブレスレット装置が自然に機能を停止する。汐は元の姿になり、戻ってきた体の重さに戸惑うと姿勢を崩し転びそうになる。

「……言っただろ。俺様に喧嘩を挑むのは一億年はえぇってさ」

 粒子となって消えていった怪物に、再度挑発する。『喧嘩に勝ったのは俺だ』……そう、自慢げに。


「さぁって、早くおっさんを運ばねぇと、」

「止まれ!」

 敵はいなくなった。その矢先のことだ。

「なぜ、それを装着している!?」

 突然の事。汐は粒子となった怪物に気を取られ、気が付かなかった。


 囲まれている。

 全身防弾スーツ。顔もガスマスクに似たフェイスに覆われ、その正体は何かもわからない。マシンガンを生身の汐に向け威嚇している。

「え、えぇ!? なんだなんだ!?」

 アレは一体なんだ。

 警察の部隊か。しかしここまで怪しく物騒な見た目の部隊がいるものなのか。


「待てって! 一体、こいつは!?」

「……本来の所持者である、極堂将の負傷を確認」

 特殊部隊と思わしき武装兵の一人が、車に背もたれ気を失っている将の状況を口にする。

「所持者を奇襲、ドレス・リモーターは強奪された可能性がある!」

 マシンガンの引き金に指が添えられる。全員、一斉だ。

「待て! その、ドレなんたらってこれの事か!?」

 ブレスレット装置を指差し、汐は叫ぶ。

「何か勘違いしてねぇか!? 俺がおっさんを襲うわけ……というか、おっさんは無事なのか!? おいッ!?」

 将は生きているのかどうか。せめてそれくらいは教えてくれないか。懇願の末、彼に帰ってきた返答は-----。


 銃声だった。

 たった一発の銃声。

 そっと胸を見ると、弾丸が撃ち込まれた穴が体に空いている。


(……なんなん、だよ)

 意識が遠のいていく。

 撃たれた。すなわち、これから死ぬという事なのか。

(なんで、俺はいっつも、こう……)

 自分の不幸。そして、最後目に映った将の姿。

(クソッ、カスが-----)

 何もかもが報われない。汐は悲痛を訴える事すら出来ず。

 灼熱の中、ヒビわれたアスファルトの地面に抵抗なく倒れ込んだ。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


<タランチュラ・ゼノバス>

蜘蛛型のゼノバス。四本の巨大な腕と四本の巨大な脚をもつ。

その屈強な下半身と剛腕な上半身による怪力であらゆるものを薙ぎ倒す。

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