第01撃「汐、吼える。(前編)」
「聞こえたかぁ~? いいからよぉ、早くとっとと吐いちまえよォ~?」
警察、と思わしき男がタバコの煙を撒き散らしながら、取り調べ用のテーブルを力強く何度も殴りつけて脅しを入れる。
「なんかこうムシャクシャしたんだろ? それを晴らすために殴っちまったんだろ? 正直に吐いちまえば、全てが楽になるぜ?」
何処か、人を小馬鹿にするような態度だった。
真面目に話を進める気があるのか分からない。証拠などを突き止めてのちゃんとした取り調べではなく、ただ“一方的な決めつけ”で終わらせようとしている空気が否めない。
「だからよぉ~……」
取り調べを受けている人物。
年齢からして17歳くらいだろうか。室内でも黒いキャップ帽子を被ったままの少年は、不満げに刑事の前で足を組んで舌打ちを放つ。
「最初にヤったのは俺じゃねぇ! 何億回言えばわかるんだよ! なぁッよ!?」
刑事の脅し。業務執行妨害だとか立場の心配を一切しない男は言い返す。
態度はそこらの不良生徒なんら変わらない。そこまで迫力があるわけでもない。暴力で応えようとはせず、ただ怒鳴り声と勢いだけで捲り返そうとしている。
「向こうが先に仕掛けてきたから俺はやり返してやっただけだッ! ムシャクシャしたのは事実だが理由はしっかりあるんだぜ? 正当防衛が成立する事案じゃねぇのかよ。刑事さんよぉ?」
……何の取り調べなのか、事案を纏めよう。
今から数時間前。都内某所、路地裏にて暴力事件があった。
その内容はそこらではよく見かける子供の喧嘩。不良生徒達の殴り合い。傍から見れば、その程度で済むくらいのありふれた風景だったと言えよう。
「……六人全員半殺しだろぉ? 下手すりゃ殺害事件になってたかもだろうが?」
「殺しにかかってきたのは向こうも一緒だったぜ。黙って殺されるわけにはいかねぇよ」
暴力事件。そう言われるまでに悪化したのは黒キャップの少年の行動が原因だ。
目撃者の証言によれば黒キャップの男は六人近くの不良相手に圧勝。殺害までには至らないが病院送りにするほどの半殺し。
やりすぎではないのかと。大袈裟気味に語った目撃者がいたという。
「俺、こう見えても頭いいんだぜ? 法律、ある程度知ってるんだからな?」
頭を人差し指で何度もさしながら、黒キャップの少年は刑事たちを挑発する。
自身は賢い。自分でそんなことを言い張るものなのか。彼の態度のデカさとその堂々さ。取調室という空気の重いこの一室でよくもデカく。
「……調子にのんなよ! チンカスのガキィ!」
だがそこで冷静になって対処。相手を落ち着かせ、上手くペースに持っていく。こういう混沌とした空気をスムーズに運んでいけるクールさをもってこそ、大人というものだ。
それが大人の仕事、というもの。
そう綺麗に片づけてこそ有終の美というものだ。
「ぐぁあっ!?」
んなこと関係あるかと全力で殴られる。
よりにもよって、刑事側が暴行という禁じ手で黒キャップの少年を制裁する。頬に飛んでくる拳、唇も何か所切れた事か。
「テメェは黙って『自分がやりました』と言えばいいんだよッ! そんでテメェを豚箱にブチ込んじまえば仕事は終わりなんだよッ! テメェみてぇな野郎は黙って人間サマの言う事聞いてればいいんだッ! えぇッ!?」
「ぐっ……ううぅう!?」
パイプ椅子から転がり落ち、黒キャップ帽子が外れてしまった少年に刑事は追い打ちをかける。
蹴りだ。何度も何度も腹に一発。腹を殴られないように体を丸めるなら今度は上から押し付けるように踏みつける。それを何度も、何度も、何度も、何度も。
「この化物がよっ!」
化物。ただ暴力事件に走っただけの人間に言える事なのか。
「……っ」
黒いキャップ帽子。そして、さっきから微かに見えていた“人が本来持たぬモノ”。
-----頭でひょこひょこと跳ねる狼の耳。
-----人のものとは明らかに尖り方に差がありすぎる犬歯。
-----肌色ではない。薄焦げた青白い、鱗のような右頬の肌。
まるで『怪物』。
その片鱗をチラつかせる少年は刑事を睨み、見上げている。
「おい、お前も手伝え! このっ、このっ!!」
近くにいた警察官にも声をかけ、鎮圧の為にと執拗以上の鉄槌を仕掛けてくる。顔、腹部、背中、脚。ありとあらゆる場所に何度も。
「今だったら軽く済ませるために俺が話を着けてやるって言ってるんだよ! 時間をとるようなら、もっと面倒な立場にしてやろうか!?」
警察、というにはあまりにも粗暴な言い方と態度だ。
「テメェみたいな怪物が何言っても信用される時代だと思うなよ!? そらっ、言っちまえ! 『人間という生き物が浅はかでムカツいたから、殺意の赴くままにヤっちゃいました~♪』って本性表せよ、ほらァ!!」
力はより増していく。このまま続けば不良生徒達同様に病院送りも免れない。下手をすれば、意識不明の重体も免れない。
「何なら俺をやっちまうかよォ! あのゴミみてぇなガキ共みたいにさ!」
「テメェ……!!」
狼少年は睨み上げる。
カラーコンタクトでも何でもない……真っ赤に光る右目をとがらせて。
「おら来いよッ! ほら、ほらほらっ!」
「何してやがる!!」
一戦免れないか。これ以上の惨事が訪れようとしていた瞬間、横槍が入る。
悲鳴、嗚咽。そして刑事の怒鳴り声。明らかに異常事態だと感じたためノックもなし。入ってきたのは刑事の男だ。
「……おいおい。随分と派手にやってるじゃねぇか」
今時古臭い角刈り。昭和の雰囲気を漂わせる刑事だ。
乱闘に割り込む際に胸ポケットから落ちた警察手帳。手帳には【
「何をしてるって、取り調べだよ」
「こんな乱暴な取り調べがあるか! ただの拷問じゃねぇか!」
暴力という名の拷問の間に割って入り、極堂将は実力行使で静止を呼びかける。
間一髪だった。少年が反撃に入る前に事態を鎮圧させることに成功する。少年も警察官も、刑事の登場で徐々に気を静めていく。
「……目撃者が他にいたぞ」
将が親指を突き立て、取り調べの入り口をさす。
それに合わせ入ってきたのは作業着姿の青年である。青年は自身のスマートフォンを取り出し、取調室内にて映像を流す。
それは黒キャップ帽の少年が、不良生徒達に絡まれているところだった。
それほど距離も遠くないため会話も聞こえる……不良生徒達が散々、黒キャップの帽子の男を馬鹿にした挙句、ナイフで先に切りつけてくる徹底的瞬間。
「正当防衛だ。やりすぎなのは否めないが厳重注意で終わらせろ」
刑事・将は少年の横腹に手を添える。
ナイフが掠った形跡。その切り傷がしっかりと残っていた。
「……ケッ」
警察官は腹を立てながら、何も言わずにそっぽを向く。
「取り調べはこれで終わりだ。いいな?」
無罪は証明された。これ以上の取り調べは無駄だと将は言いくるめる。
「立てるか?【
倒れていた少年の名を呼び、将はそっと彼を起き上がらせる。
「あ、あぁ」
暴行を加えた警察相手と違い、将に対しては明らかに態度が違う。
何処か優しい声。警戒も何もない解けた声で返事をし、将の伸ばした手を握り立ち上がる。暴行の末に眩暈もするのか肩を借りての退出となる。
「……怪物の仲間をするなんて、アンタもよっぽど頭イカれてんなぁ?」
去り際、捨てセリフ代わりに言葉が漏らされる。
「あぁッ?」
「汐ッ、やめろ!」
返事をするな。
「これ以上面倒なことを起こすな! お前もお前だ!」
反応をするな。
「……クソッカスが」
将は彼の名を呼ぶことで落ち着かせる。言い返すこともなく、汐と目撃者の青年と共に取調室を後にした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
数十分後、真宿区公道。
「ケッ!」
道路の真ん中で一台、エンブレムを輝かせるブランド車。GT-Rだ。
赤信号を睨みながら、汐と呼ばれた少年は運転席の隣で舌打ちをする。
「あんなのが警察やってるとか世も末だなッ!」
恨みつらみ。今までの鬱憤をこれでもかと吐くように愚痴をこぼしていた。
「……そうだな」
男・極堂将。今年で25歳の現役刑事。
何処かヤクザのような雰囲気を放つ強面の顔。紛らわしい名字だったりもあって、警察手帳を見せるまでは刑事とは信じてもらえない可愛そうな男。
「悪かったな。傷は痛むか?」
「おっさんが謝らなくてもいいだろ」
愚痴は鳴りを潜め、何も突っかかることなく素直になる少年。空気が取調室の時と真反対だ。
「いいんだよ。この耳と頬のせいで昔から嫌と言うほど痛い目あってんだ。慣れてんだから今更どうってことねぇよ」
さっきの言葉をすべて取り消したいのか。
将の気を遣うように己の体の頑丈さをアピールする汐。
「そうか、なら……話は早いッ!」
途端、将の態度が豹変。
「いてぇっ!?」
ゲンコツが飛んできた。
まだ無傷であった頭にドカンと一発。
「いきなり、何しやがるッ!?」
「あほんだらァッ!! 正当防衛とはいえ、やりすぎると庇えんくなるやろうがァッ! 」
正当防衛ではある……が、やり方にあまりにも問題があった。
「あの場は何とか収めたが一歩間違えればお前も犯罪者やぞ!」
一名は粉砕骨折。一名は歯を全部折られた。
一名は腕があらぬ方向に曲がり、一名はまともな日本語を喋れないほどにパニック状態。そのほかに関しては……口にするだけでもおぞましい状況だ。
やりすぎである。正当防衛がまかり通るかも怪しいラインだった。
「今日もサツに手を出しかけたんちゃうんかァッ!?」
「そ、それはぁ……」
警察に手を出しかけた。正直言うと将が割り込まなかった危なかった。
警察でも一戦交えたら、それはもう正当防衛以前の話になってくる。将の手には負えない事態となりかけていた。
「理不尽なのは分かる。だが、お前はそこらのガキ以上に喧嘩早いし沸点が低い。耐えれるところは耐えるようになれ」
まるで雷親父の説教だ。
「いってぇ……」
もうそういった空気が終わりだと思ったものだから、汐は頭を押さえながら文句を垂れている。
「立場が立場じゃ。これ以上危うい立場になったらどうするつもりじゃ」
立場。それは汐の現状を心配しての説教だ。
「……わかってる」
わかってない。だから、そういう返事をする。
「わかってるけど、よォ」
若者らしい言い訳だ。
「黙ったままってのは……なんか、悔しいだろうが」
しかし、汐の言い分は----
そこらの子供の駄々にしては、あまりに重苦しい何かを感じさせた。
ブツブツ言いながら何気なく車列を眺めている。見た目はこんなにもワガママな少年らしいというのに。
「汐、ちょい寄り道があるんだが、家に送るのはそれからでいいか?」
移動中、赤信号が青に変わる。これ以上無駄に長い説教はしないつもりのようだ。
「買い物か?」
「後ろの荷物を届けに行く途中だったんだ。お前を送ってからだと遠回りになる」
「仕事中に、助けてくれたのかよ……なぁ、おっさん」
窓を開き、外の空気を吸う汐。
「その、ありが、」
「!!」
瞬間。急ブレーキ。
「おわぁああーーーっ!?」
突然のブレーキ。何処か上の空を眺め続けていた数秒間、突然の急ブレーキに舌を噛みそうになる。シートベルトで締め付けられた体に襲う反動が傷に追い打ちをかけてくる。
「おっさん!? 急に止めんじゃねぇよ!?」
「……あれは」
将は前方を見ながら震えている。
「あれはぁ、まさか……!」
将の視線の先。
「追々なんだよ。何が見えてんだ? 懐柔かなんかでも現れたのかよ?」
こんなにも怯える将の姿は初めてだったという。彼をここまでビビらせるとなれば非現実的なモノレベルくらいにならなきゃビクともしない。
興味津々だった。ニヤつきながら将の視線の向く方を見る。
浮いている。
車の列の中。そのうちの一台が浮いている。
誰かが車を持ち上げている。
青白いウロコだらけの肌。車を軽々超える巨体。
四つ足、四つ腕。額に数百眼を持つ怪物。
「……え?」
「汐! 捕まっとれッ!」
瞬間、将はハンドルを右に回し、列から無理やりにでも外れようとする。
怪物はそれを見逃さなかった。明らかに狙いを定めていた。
人が乗ったままの車両をミサイルのように、将達の乗る車両へとぶん投げてきた。
大爆発。それは、あたり一帯の車も巻き込んだ。
将と汐は噴き出すオイルの熱爆発に飲み込まれていった。
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